黒豚の優雅な復讐 ~「お前は醜い」と追放された王子、美醜逆転世界で虐げられた美少女達と共に幸せを摑む~

下城米雪

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2-4. 現在地

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 迷宮を出た時、辺りは暗くなっていた。
 戦闘中は自覚していなかったが、時間経過を認識した直後、一気に疲労を感じた。恐らく都市に戻った安心感で緊張が解けたのだろう。

 私はまず、魔石を換金するため冒険者協会へ向かった。買取額は6742マリとなった。

 これが一日の稼ぎとして多いのか少ないのかは分からない。ただ、一日分の宿代と食費を支払うには十分な額だった。

 私は協会から最も近い宿屋へ向かった。
 幸いにして空きがあったので、二つの部屋を頼むと、レイアが鋭い声で言った。

「ダメよ」

 理由を問う。
 彼女は目を細めて返事をした。
 
「契約違反よ」

 その言葉を聞き、私は納得した。
 このような少女と寝室を共にするのは何かと良くない気がするけれど、疲労によって思考力が低下しているせいか、あまり深く考えることができなかった。

 案内された部屋は思ったよりも広かった。
 色々と置いてあるような気がする。しかし私には目の前にある寝床しか見えない。当然だが、一人用の寝床である。
 
「……ねぇ」

 レイアの声。
 目を向ける。

「先にシャワーを浴びてもいいかしら?」

「……しゃわー、とは、なんだ?」

「は? え、知らないの?」

「すまない。ここには、来たばかりなんだ」

「そうなんだ……はぁ、仕方ないわね。教えてあげるから聞きなさい」

 シャワー。
 魔石を媒介にした魔道具のひとつ。程良い温度の水を出せる。ここでは、このシャワーを使って身を清めることが一般的らしい。

「ありがとう。レイアは物知りだな」

「……べつに、常識よ。こんなの」

 説明の後、レイアは浴室に入った。

 私は床に座る。
 そして不思議に思った。

 この疲労感は、何なのだろう。

 迷宮に入ったのは初めてだった。
 薄暗い不気味な場所で、恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。初見の魔物を相手に何度かヒヤリとさせられた。あれだけ長時間の戦闘を経験したのは初めてだった。

 しかし、それだけだ。
 祖国に居た頃は、一日中何かしらの仕事をしていた。戦闘のような緊張感は無いが、今のような疲労を感じたことは無い。

「……お待たせ」

 声が聞こえた。
 ゆっくりと顔を上げる。

「……あぁ、レイアか」

 彼女が現れたということは、次は私が身を清める番だ。

「ちょっと、大丈夫?」

 彼女が心配そうな様子で言った。

「大丈夫。少し疲れただけだよ」

 私はどうにか笑みを浮かべて返事をした。
 
 浴室へ入り、服を脱ぐ。
 レイアに教わった通りにシャワーを使って身体を清める。

「……温かい」

 もう少し心に余裕があれば、感動していたと思う。だけど今は、その程度の感想しか浮かばなかった。

 私は手を使って髪をすく。
 硬い。恐らく、迷宮を走り回ったことで舞い上がった細かい砂や埃が付着しているのだろう。

 ──心だけは美しく。

 私は母の遺言に忠実だった。
 当然、身嗜みにも気を配っていた。

 これ程の疲労感があっても身を清める行動が滞らないのは、きっと過去の経験が染み付いているからなのだろう。

 今日の戦闘も同じだ。
 祖国で何度も魔物と戦った経験が無ければ、もっと無様を晒していたはずだ。

 私は空っぽだ。
 しかし、それでも、これまで生きた時間が何らかの形で残っているらしい。

「……ああ、そうか」

 私は、ようやく気が付いた。

「……あの目だ」

 ツギハギが私を見る目。
 明確な殺意を感じさせる視線。

 それが私の日常だった。
 だから私は、いつも俯いている。

 私は人の目が怖い。
 レイアのような例外を除けば、五秒と見続けることができない。

 しかし、戦闘において相手から目を逸らすことは死を意味する。嫌でも向き合う必要があった。

 これだ。
 これが、疲労の原因だ。

「……私は、弱いな」

 ぽつりと呟いた声は、シャワーから次々と出てくる水の音に掻き消された。

 しばらくその音だけを耳に入れた後、私は力強く両手を握り締め、壁に押し当てた。

 悔しい。

 私は、私を虐げ続けた国から解放された。
 だけど、染み付いた弱さを捨てられない。

 痛感する。
 これが私の現在地だ。

 握り締めた拳が震える。
 目の奥が焼けるように熱い。

「強くなりたい」

 そして私は、無意識に願い事を呟いた。
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