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16.赤の魔族

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 グレンくんが隠していた船は壊れていた。

「「えっ」」

 膝から崩れ落ちるグレンくんとウチ。

「はぁ……」

 ノエルは溜息を吐き、船に近寄る。

「魔力とは、無機物にも宿ります」

 真っ白な光が船を包み込む。
 ノエルは呆れた表情で振り向くと、グレンくんに向かって言った。

「これは魔力伝導体で作られた船。魔力の供給を怠れば壊れて当たり前です。こんな状態だと、わたくし以外には直せないでしょうね」
「……すまない」
「イッくん様に迷惑をかけないでください」

 ノエルはグレンくんに厳しい言葉を告げた。そしてウチにチラチラと目線を送る。

 なんだろう。微かにドヤ顔だ。
 もしかして褒めて欲しいのかな?

「ありがとう。ノエルが居てくれて良かった」
「はゎぁ~!?」

 ノエルの表情が急に幼くなった。

「聖女、魔力を込め過ぎじゃないか? 大丈夫なのか?」
「イッくん様が、わた、わたくしに、これからもずっと一緒に居て欲しいと!?」

 言ってない。

「落ち着け聖女! 船から嫌な音が聞こえてくる!」
「うへへ、うへ。ダメですよイッくん様。聖女の力は遺伝するわけではありません。もちろん貴方が望むのならば何人でも産みますがそれはもう少し情勢が落ち着いた後にしないと」
「やめろやめろ! それ以上は船が壊れる!」

 ……ノエルとグレンくんが仲良くなってる! 
 最初はウチを挟んで睨み合ってたのに……パジャマパーティでもしたのかな?

 うんうん、やっぱり仲良しが一番だよね。
 でも、根に持つからね。ウチが寝てる間に、ウチを除け者にして……許せない。

「あんっ、ダメぇ、イッくん様ァ、そこは違う穴ですぅ♡」
「聖女ォ!? 船を見ろ! 船ェェェェ!」

 これが、七日前の出来事。
 そして──


 *  *  *


 たった今、楽園に辿り着いた。
 ウチは田舎の開放的な田園風景を想像してたけど、全然違った。

 まず出入口に巨大な壁がある。
 緑の魔力が感じられるから、船と同じ「魔力伝導体」という物質なのかな?

 ノエルの修理を見た時にも思ったけど、魔力を込めるだけで形が変わるなんて凄いよね。

 セキュリティとか心配だけど、多分なんか良い感じにやってるのだろう。

「今後の流れは道中お伝えした通りです」

 グレンくんが誇らしげな様子で言った。
 ウチは軽く頷いて、彼の話を思い出す。

 三大魔族に認められること。
 それが魔王として君臨するための条件。

 グレンくんには宗教があるようで、ウチのことを魔王様と呼ぶ。きっと、不良から助ける姿が神様的な存在に見えたのだろう。

 だから彼の説明は言葉の綾。
 多分よくある入国審査みたいなものだ。

「まずは赤の魔族の代表と話をします」
「案内よろしくね」
「はい! この命に代えても!」

 グレンくんは直ぐに命をかける。
 多分、これも宗教の影響なのだろう。

 その刹那、爆発音が聞こえた。

 何事かと目を向ける。
 門の向こう側。土煙が舞い上がっていた。

(……誰か居る)

 土煙の内側に赤い魔力を感じる。
 
「イッくん様、おさがりください」

 ノエルも感じたのだろう。
 彼女はウチを守るような格好で前に出た。

 土煙が晴れる。
 姿を現したのは一人の少女だった。

 凛とした雰囲気。
 紅い長髪と宝石みたいな蒼い瞳。

(……かっこいい)

 魔族の民族衣装なのか露出が多く、そこそこ引き締まった褐色の肌がよく見える。スタイル抜群で、女の子が憧れるクール系って感じだ。

 彼女はその鋭い目をウチ達に向ける。
 そしてノエルみたいな幼い笑顔を見せた。

「兄さん!」

 彼女は両手を広げ、グレンくんに向かって駆け出した。その無邪気な姿に直前までの面影は無い。

「スカーレット!」

 グレンくんも両手を広げて応じる。
 妹さんは五メートルくらい離れた位置で地面を蹴った。

「ぐぇぁっ!?」

 グレンくんは吹き飛ばされた。

「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん!」

 二十メートルくらい先。
 大の字で仰向けに倒れたグレンくんが頬ずりされている。

 前世だったらヤバいけど、ここは五歳児が拳で岩を破壊できる世界。再会を喜んだハグが今みたいな威力になっても不思議ではない。

(……仲の良い兄妹だ)

 ほっこりした気持ちになる。
 その感情を共有しようと思ってノエルを見ると……あれ? ドン引きしてる?

「兄さん! 生きてた! 五年も戻らないから死んだと思ったじゃない! 兄さんのバカバカ大嫌い! やっぱり好きぃィィィィィ!」

 どう見ても感動の再会シーンだけど……あ、グレンくん白目になってる。

「止めますか?」

 ノエルが提案した。
 ウチはちょっと悩んでから頷いた。


 *  *  *


 グレンくんの実家。
 古き良き日本を思わせる畳の上。

「気に入らないわねぇ!」

 彼が妹さんにウチのことを紹介すると、彼女はウチを睨みながら言った。

「このパッとしないのが魔王ぅ?」
「やめろスカーレット! 無礼だぞ!」

 妹さんは脹れっ面になった。
 その姿を見てウチは完全に理解する。

(……ははーん、嫉妬だな)

 先程の再会シーンを思い出せば分かる。
 彼女はお兄ちゃんが大好きだ。せっかく五年振りに再会した兄が、知らない相手のことを大絶賛していたらムカッとして当然である。

「スカーレット、忘れたのか。三大魔族に力を示した者を、我々は」
「だったら見せて貰おうじゃないの!」

 妹さんはグレンくんの言葉を遮った。
 そしてウチの前でドンと畳を鳴らして、鼻先が触れる程に顔を近づけて言う。

「決闘よ! あたしはスカーレット。赤魔族の代表として、あんたを消し炭にしてやる!」

 ……また決闘かぁ。


 *  *  *


 人がいっぱい(遠い目)。
 妹さん……スカーレットちゃんが皆に声をかけた結果、たくさん集まった。

 なんかすごい既視感があるよ。
 今回の相手は下半身がヤバい王子じゃなくて可愛い妹ちゃんだけど……。

「逃げなかったことだけは褒めてあげる!」

 なんか前回も同じこと言われた気がする。
 この世界における決闘の流儀なのかな? 覚えておこう。

「おい、あれが魔王候補だって?」
「ああ、グレンが連れてきたらしいぞ」
「グレンだって!? あいつ生きてたのか!?」

 ギャラリーの皆さん、良い感じに盛り上がってる。
 人の話を盗み聞きするのは良くないけど、グレンくんは有名人みたいだ。

 ……あっ、思い出した。
 スカーレットちゃん、赤魔族の代表とか言ってた。

 そっか、そういうことか。
 完全に理解したよ。これが、入国審査なんだね。

「何を笑っている!?」

 怒られちゃった。
 でも分かるよ。演技なんだよね。

 だって、グレンくんずっと笑顔だもん。
 やったぜ。計画通りだぜ。そんな感じの表情。

「何を笑っていると聞いている!?」
「……いや、なんでもない」

 ウチは表情を引き締める。
 この決闘、確実に八百長だ。

 きっと良い感じに手加減してくれる。
 それでウチがサクッと勝利したら、皆が「わー!」って褒めてくれる流れだ。実家の書庫で読んだ本の中に、そんな感じの話があった気がする。

 あー、また読みたくなっちゃった。
 勉強を優先してたけど、やっぱり娯楽小説とかも大好きなんだよね。前世では前のページとか覚えられなかったから、シリーズ物とか追いかけるの楽しくて……。

「そのニヤケ面、必ず消し炭にしてやる」

 スカーレットちゃんから赤色の魔力が溢れ出た。
 おー、凄い演出だ。ウチの髪が揺れるレベルの風が吹いてるよ。

「おい、これもっと離れなくて大丈夫か?」
「……逃げる準備はしておこう」

 ふふっ、観客の皆様もグルなんだね。
 良い感じに場を盛り上げるようなこと言ってるよ。

 でも、ごめんね。
 ウチの前世には「どっきり」という文化がある。

 よく覚えてないけど。
 なんか、こんな感じだった気がするよ!

「コインを投げる」

 スカーレットちゃんが言う。

「これが地面に落ちた瞬間、それが決闘開始の合図だ」

 そしてコインを指で弾いた。
 
(……いきなりか)

 コインは空高く舞い上がり、シュルシュルと音を立てて地面に落ちた。

(……うわっ、地面抉れてる)

 ビックリした直後、魔力探知に反応。
 瞬間、体感時間が短くなる。これは母上さまから教わった技術。魔力探知の範囲内に脅威が迫った時、条件反射で青の魔力を練り上げる。基本中の基本だ。

 だって、一万分の一秒とかで動ける世界だからね。
 こういう技術が無いと、どんな人でも不意打ちで即死だよ。怖い怖い。

(……これは、どういう感じなのかな)

 スカーレットちゃん真っ直ぐ突っ込んでくる。
 めっちゃ怖い顔してるけど隙だらけだ。動きも遅い。

(……なるほど、そういうことか)

 これはウチを歓迎する為の演出。
 あえて隙を晒すことで、華麗に倒すチャンスを与えてくれているに違いない。

 そういうことなら、ちょっと派手にやろうかな。
 周囲を盛り上げることを意識して……そうだ、あれをやろう。

「なっ、何が起きたんだ?」
「まさか避けたのか? スカーレット様の一撃を?」

 ふふっ、良いリアクションだね。
 彼女の背後に移動しただけなのに。

「なっ!?」

 背中にすっごく驚いた気配を感じる。
 きっとスカーレットちゃんが迫真の演技をしているのだろう。

「このぉ!」

 再び赤い魔力が空気を揺らした。
 わざわざ動くタイミングを教えてくれるなんて親切だなぁ。

「……おい、嘘だろ?」
「一回目はまぐれじゃなかったのか?」

 二度、三度、繰り返す。
 その度、盛り上がっていた観客達は静かになった。

(……スカーレットちゃん、合図、待ってるよ!)


 *  スカーレット  *
 

 あたしの攻撃が、当たらない。
 ありえない。あんなに弱そうなのに。魔力なんて、ちっとも感じないのに!

「こんのぉ!」

 こんなところで負けられない。
 皆を救う為に、あたしは誰よりも強くなきゃダメなんだ!

「……どう、して」

 脚の筋肉が軋む程に魔力を込めた。
 本気で、殺すつもりで攻撃をした。

「……どうして、当たらないの」

 しかし、彼は簡単に躱した。
 その動きは……あたしには見えなかった。

「どうした?」

 彼が初めて言葉を発した。
 あたしは背筋が凍り付くような恐怖を感じながら振り返る。

「終わりか?」

 反射的に距離を取った。
 
(……引いたの? このあたしが?)

 今まで、どんな強敵が相手でも引かなかった。
 だから皆に認められた。赤の魔族の代表になれた。

「じゃあ、ボクの番だね」

 一瞬の静寂。
 そして彼の体から魔力が噴き出た。

「……なに、これ」

 赤、緑、青の三色だけじゃない。
 無数の色が目に見える全てを包み込んだ。

「ありがとう。楽しかったよ」

 そして次の瞬間。
 あたしは、地面に倒れていた。

「…………」

 音は聞こえない。
 真夜中かと思う程の静寂がある。

「……負け、たの?」

 ふと顔を上げる。
 幼い兄妹の姿が目に映った。

 あたしを慕ってくれる二人だ。
 彼らの表情を見て、ようやく理解できた。
 
「……う、ぁ」

 負けたのは初めてじゃない。
 幼い頃は何度も敗北を味わった。

 でも最近は違う。
 特に、赤の魔族の代表になってからは一度も負けなかった。

 負けた。完敗だった。
 これまでは「次は勝つ」という気持ちになった。

 だけど今は違う。
 絶対に勝てないと思ってしまった。

 視界が歪む。目の奥が熱くなる。
 そしてあたしは、子供のように声をあげて泣いた。

「うぇっ!? ごめん、痛かった?」

 背中から慌てたような声が聞こえた。
 それは絶対的な強者とは思えないような声だった。

 多分、気のせいだ。
 あまりにも悔しくて、幻聴が聞こえたのだろう。

「ノエル! 治療して!」
「はゎぁ~」
「ノエル!? 聞こえてる!?」

 あたしは大声で泣き続けた。
 もう終わりだ。こんな無様を晒したら、誰も代表とは認めてくれない。

 だけど……どうしてだろう。
 少しだけ、心が軽くなったような気がした。
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