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21.ライムさん拉致事件

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 *  イーロン  *

 朝、ウチは日の出と共に目を覚ました。
 
「……眠い」

 遅くまでノエルと語り合ってしまった。
 まだ入国審査の途中なのに……気を引き締めないと。

「……お風呂」

 起き上がる途中、抵抗を感じた。
 見る。ノエルがコアラみたいに抱きついていた。

 なんだか感慨深い。
 ざっくり十五年前、ウチはこの世界に転生した。

 最初は学園の三年生だった。
 ウチはノエルに全力で媚びたけど、最後は刺されちゃった。死の恐怖を感じた時、いきなり魔力が暴走して、気が付いたら赤ちゃんだった。

 マジで意味が分からない。
 どうしてゲームの世界と酷似しているのか。どうして赤ちゃんに戻ったのか。

 最初の頃は戸惑った。
 でも最近あんまり興味ない。

 大切なのは、今日を生きること。

 ウチはメッチャ修行した。
 目標はノエルを返り討ちにすることだった。

 それなのに。
 こんな距離で一緒に寝ても、ちっとも恐怖を感じないような関係になった。

(……これも、おちんちんの力か)

 ウチは生命の真理に感謝した。
 もしもイーロンが女だったら、ノエルと分かり合えなかったかもしれない。いや、確実に分かり合えなかった。ウチはおちんちんに命を救われたのだ。

(……さて、どうしようかな)

 眠っているノエルは、とても綺麗だ。
 白銀の髪、真っ白な肌、整った顔立ち。

 ウチには朝の日課がある。
 その為には彼女を退かす必要があるんだけど……もうちょっとだけ待とうかな。

 ノエルなんか良い匂いするんだよね。
 あと、すっごい柔らかい。ウチと比べたら差は歴然。本人には言えないけど、少し食べ過ぎなのかもね。多分、王族と一緒に豪華な食事を食べ過ぎたのだろう。まあ、いつかの王子と比べたら健康的だけどね。

(……あれ?)

 なんでだろう。
 ノエルのこと考えてたらトイレに行きたくなってきた。

「ごめんね」

 その後、ウチは部屋を後にした。
 まずはトイレを済ませる。それから露天風呂へ向かった。

「よし、温かい」

 良い感じに目も覚めた。
 これから日課を始めることにしよう。

 最初は入念にストレッチ。
 それから腹筋百回、腕立て百回、背筋百回。最後に亜音速で百キロ走れば終わり。

「筋トレは、ここでやろうかな」

 大切なのは、数よりも質。
 魔力量に応じた負荷をかけることで、今の実力に応じたトレーニングとなる。

 これぞ、母上さま直伝の自己魔力負荷トレーニング。
 漢字が並ぶのってかっこいいよね。ちょっとテンション上がる。

「……むぅ」

 開始直後、酷い違和感を覚えた。

「……揺れる」

 何が、とは言わない。

「知らなかった。全裸で筋トレすると、こうなるのか」

 ウチは少しだけ悩む。
 体を拭き、服を着るべきか。それとも。

「続けよう」

 五歳の時、ウチは真理に至った。
 しかし成長する度に「浅はかだった」と思い知らされている。

 そう、成長である。

 年齢を重ねるにつれ、それは大きくなっていった。
 五歳の頃は小指サイズだったのに、今では親指ほど太く、人差し指ほど長い。

 まさに生命の縮図。
 ウチは日々、相棒から世界を学んでいる。

「よし、筋トレ終わり」

 良い具合に汗が出た。
 ちょうど風呂場なので、ササッと流す。

 脱衣所に戻る。
 体を拭き、着替えを済ませた。

「なんか調子いいかも。露天風呂効果かな?」

 最後は亜音速ランニング。
 ウチはスキップしながら青の楽園を出た。

 ルートは決まってない。
 とりあえず、その辺を雑に走る。

「知らない場所を走るのって、ワクワクするよね」

 ちょっとした冒険気分。
 ウチは軽く息を吸い込み、走り始めた。


 *  ノエル  *


「……騒がしいですね」

 最悪の気分です。
 騒音で目が覚めたと思ったら、イッくん様の姿も無い。昨夜は、甘い朝を期待して眠りに就いたのに……はぁ、何事でしょうか。

 わたくしは体を起こし、部屋の外に出ました。

「ノエル様! お目覚めでしたか!」

 彼女は……コメットさん、でしたっけ?

「何事ですの?」
「ライム様が、何者かに連れ去られました!」
「……どちら様?」
「失礼しました。ライム様は、緑の楽園の代表です!」

 ……。

「まあ」

 目が覚めました。
 想像していたよりも大変なことになっているようです。

「犯人について、何か心当たりは?」
「……国の者かと思われます」

 わたくしは首を傾ける。
 その直後、学園の大図書館で見つけた手記を思い出した。

 楽園は口減らしの為に存在している。
 コメットさんは、それを行っている人物、あるいは集団のことを「国」と呼称しているのだろう。

「……あぁ、なるほど。そういうことですのね」
「何か分かったのですか!?」
「ええ、心配は不要です。既に、彼が動きましたので」

 昨夜、二人の心は確実に近づいた。
 しかし彼はわたくしに何も言わず部屋を出た。

 おかしいですわ。

 普通は「おはよう♡ ノエルは今日も美しいな」「まぁ! イッくん様ったら♡」みたいな会話があるべき。しかし、無かった。それはつまり、わたくしと二人で甘い朝を過ごすよりも優先する事柄があったということ。

 今この状況において、該当する事柄はひとつしかない。
 ふふ、全て理解しました。流石はイッくん様です。ならば、わたくしも自分の仕事をしなければなりません。今回の場合は、仕事を終えた彼を労うこと。

 こほん、と喉の調子を整える。
 それからコメットさんに指示を出した。

「皆に伝えてください。彼が仕事を終えて戻るまでに、食事の用意をしなさい、と」


 *  ライム  *


 現在、ライムさんは腕一本で抱えられ、どこかへ運ばれている。

(スパイが潜り込んでたのかな?)

 今は攻撃手段が無い。
 なるべく相手を刺激せず、まずは情報を集めることにしよう。

「どこに行くの?」

 返事は無し、か。
 困った。とても困った。

 こんなこともあろうかと開発した「助けて電波くん2号」は既に起動した。でも、あんまり遠くへ行かれると、電波が届かない。

 ライムさん一人で「国」を相手にするのは無理。
 あー、困った。どうしよう。どうにか足止めして、時間を稼がないと。

(……洞窟?)

 そろそろ魔力を集中させた方が良いかな?
 ライムさんは防御特化。本気出せば、半日は無敵になれる。攻撃できないけどね。

 地面に降ろされた。無駄に丁寧だね。
 ここが目的地なのかな。ライムさん、何されるの?

「初めまして、賢き者よ」

 咄嗟に息を止めて体を高質化させる。
 それから、ゆっくりと声の方に目を向けた。

「手荒な真似をして悪かった。今のところ敵意は無い。安心してくれ」

 黒い髪、赤い瞳。
 どうやら内側の敵みたいだね。

「安心した」

 ライムさんは体に込めた魔力をゼロにした。
 相手を信頼したわけじゃない。現状を分析して、最も合理的な判断をしただけ。

「ほう? 随分と簡単に。目的は……そうか、温存か」
「……温存?」
「賢き者、あなたは一秒でも長く時間を稼ぎたいはずだ。吾輩は会話を求めている。その間は攻撃されないと考えれば、魔力を使っても無駄になる」

 百点の回答だ。
 困った。相手がバカなら隙を作れたのに。無理そうだ。

「何を話したいの?」
「我々の元へ来い。あなたの為に、理想の環境を用意する」

 彼は柔らかい笑みを浮かべ、ライムさんに向かって手を伸ばした。

「何が何だか分からない。ゼロから説明してよ」

 彼は軽く眉を上げた後、呆れた様子で溜息を吐いた。

「分かった。時間を稼ぎに協力しよう。何が知りたい?」
「意外と協力的だね」
「我々は賢き者に敬意を払う。あなたには、それだけの価値がある」
「光栄だね。でも、大丈夫? 無駄な時間を使うと後悔するかもよ」
「どれだけ時間を稼がれたところで、楽園の家畜どもは現れない」

 ……家畜?

「仮に現れたとしても、全く問題にならない。スカーレットだったかな? あの女が持つ力は吾輩の足元にも及ばない。この言葉の真偽、あなたには分かるはずだ」
「……そうだね。大した自信家だ」

 多分、本当のこと。
 彼はスカーレットに勝てると確信している。

(……これは、いよいよヤバいかもね)

 先日スカーレットが負けた。
 その直後に、これ。タイミングが良過ぎる。
 
(……グレンが連れて来た男、あいつの仲間だったりしてね)

 どうしようかな。
 彼に従う振りをして、敵地に潜り込む方が合理的かも。

 だけど……やだなぁ。
 だってそれ、研究室に幽閉されちゃうよね。

(リサーチ不足)

 彼はライムさんの趣味を分かってない。
 ライムさんとしては、まだ楽園の方が魅力的だ。

 それにちょっとムカッとした。
 だって、あいつは楽園の人達を家畜呼ばわりしたんだ。

「お名前を聞いても良いかな?」
「ゼクス。ゼクス・ウリナテキゴ」

 ウリナテキゴは、今居る大陸の名前。
 それを家名に冠するのだ。敵の中でも極めて上位の存在という可能性がある。

(……わぁ、大物来ちゃったかも)

 いよいよ逃げられる気がしない。
 それに彼直属のスパイが楽園に入り込んでいたことも問題だ。

 ライムさん達は敵と何度も衝突している。
 もちろん双方に死者が出たけど、ライムさん達は常に劣勢だった。

 だから隠れることにした。
 今の場所に逃げてから、一度も襲われていない。

 だけど相手はスパイを潜り込ませていた。
 そして、今このタイミングでライムさんを拉致した。

 彼は「賢い者」という表現をした。
 そういう人物を連れ去るのは、旧来の楽園の方針と同じだ。

「ライムさんがそっちに行ったら、楽園、焼いちゃう?」
「……なぜ、その結論に至った?」

 あー、正解か。そういう顔してる。
 じゃあライムさんが説明するのは無駄だな。

「ライムさん、逃げたくなっちゃった」
「吾輩が会話を選んだ理由を考えないのか?」

 めんどくさい喋り方だな。
 もっと直接的に伝えてくれればいいのに。

「ライムさんを有効活用したいんでしょう。無理に研究させても成果は出ないから」
「その通りだ」
「今は楽園が人質になってるわけだ」
「その通りだ」
「ライムさんが非協力的な態度を取る度、誰かが死んじゃうんだね」
「ああ、その通りだ」

 あー、やだやだ。
 悪い方向で想像通りだ。

「君達は、何が目的なのかな」
「それは楽園を作った意味か? それとも、あなたを脅迫していることか?」
「両方かな」

 彼は考え込むような様子で目を伏せた。

「ふむ、そうだな。我々の理念を伝えた方が良いか」

 彼は顔を上げる。

「手短に話そう」

 そして、ゆっくりと歩き始めた。
 一見すると無防備だけど、不意打ちでも勝てる気がしない。そんな雰囲気がある。

「人が集まれば国が生まれる。人が増えれば国は発展する。だが常に一定数の弱者が発生し、国の発展を妨げる。古の時代、我々の祖先は弱者を保護した。最初は上手く行った。弱者は国に感謝し、勤勉になった」

 彼はライムさんの周りをクルクル回りながら話を続ける。

「だが、どうにも帳尻が合わない。弱者を支援する為に使ったコストは、永遠に回収できないことが分かった。我々は無駄が嫌いだ。あなたもそうだろう?」
「……そうだね。ライムさんも無駄なことは大嫌いだよ」

 とりあえず肯定した。
 彼はフッと笑い、気持ち良さそうに語り続ける。

「だから楽園を生み出したのだ。海の外から懲りずに現れる愚者どもを利用してゴミを処分するためにな」

 ……ライムさん達はゴミ扱いか。ムカつくなぁ。

「無論、その対価として報酬を受け取っている。それは楽園を維持するためのコストよりも遥かに多い。だから、家畜と呼ぶことにしたのだよ」

 また言いやがった。
 しかも家畜って言葉を強調して……。

 こいつ意外と人の表情を読めるのか。
 つまり相手の気持ちとか分かった上で言ってるんだね。友達少なそう。

「その先は?」

 ライムさんは彼に問いかける。

「利益を生み続けて、国家を発展させて、何を求めているの?」
「……良い質問だ」

 彼は足を止めた。

「あなたが我々に大きく貢献したならば、それを知る機会もあるんだろう」
「教えてくれないんだ」
「これは我々の中でも価値の高い情報だ。今のあなたに知る権利は無い」

 どうしよう。会話が途切れちゃった。
 これ以上は何も教えてくれなそうだし、今の状況を打開したいんだけど……。

「閣下!」
「やっと来たか」

 ライムさんは振り向いた。
 人影がふたつ。見覚えのある女、スパイと、それから……。

「……アイビー?」

 ライムさんの便利な助手。
 全身、血塗れの状態で気を失ってる。

「まずは一人、処分することにした」

 ……は?

「十秒だけ待つ。その間に答えを出せば、助けてやろう」
「何を言って」
「十、九……」

 くそっ、考える時間を与えないつもりか。

「ライムさん、もっと反抗的になるかもよ」
「八、七……」
「待て。待って。返事する」
「六、五……」
「分かった。分かったってば」
「四、三……」
「カウントを止めてよ!」
「……そうか」

 カウントが止まった。
 ライムさんはホッと息を吐く。

 アイビー、風呂に入れとか飯を食えとか、いつも口うるさいと思ってたけど……。あはは、そっか。ライムさん、割と彼女を気に入ってたのか。

「……へ?」

 ビチャッ、という音がした。
 ライムさんの頬に、何かが当たった。

 手が震える。
 触れると、ほんのり温かい。真っ赤な液体。

「……なん、で」

 アイビーの左腕、肩から先を……あいつが、ゼクスが持っていた。

「なんでぇ!?」
「落ち着け、殺したわけではない。ただ、こっちの方が、緊張感があるだろう?」

 ライムさんはゼクスを睨み付けた。
 こういう時、戦闘能力が無いことが憎い。
 怒りに任せてぶっ殺してやりたいのに、攻撃手段が無い。

「応急処置」
「はっ」

 彼の命令を受けて、スパイの女が治療を始めた。
 ああ、ダメだ、どうしよう。頭が回らない。落ち着け。こういうこそ考えないと。

「……くっ、ふふ」
「何笑ってるの」
「いや、すまない。随分と愉快な悲鳴が聞こえたから、つい」

 我慢できなかった。
 ライムさんはゼクスに殴りかかって、次の瞬間、遠くの壁に埋まっていた。

「……」

 痛みは無い。緑の魔力を展開していた。
 だけど……途方もない無力感が、ライムさんをぐったりさせた。

 もう、どうにもならない。
 全部諦めた。その瞬間だった。

「誰だ」

 ゼクスの声。
 ライムさんは顔を上げる。

(……あの顔、資料で見た)

「誰だと聞いている」

 ゼクスは苛立った様子で言った。
 彼……多分、イーロンさんは、ただ無表情で周囲を見ていた。

(……彼は、味方? それとも敵?)

 どうやらゼクスとは面識が無いらしい。
 でも、まだ味方と決まったわけではない。

 だけど、だけど……。

「お願い」

 声を振り絞る。
 彼はライムさんに目を向けた。

「……助けて」

 アイビーを見て言った。

「分かった」

 彼は、ただ一言、返事をした。

「く、はは。誰だか知らないが、実に愚かだ。吾輩のことを知らないのか? ならば教えてやる。吾輩はゼクスぐぇぁっ!?」

 風が吹いた。頬を掠めたそれが魔力の余波だと気が付いたのは、お腹を抱え、地面に跪いたゼクスを見た後だった。

(……何、今の)

 ライムさんは、そこそこ魔力が見える方だ。
 アクアの動きとか目で追うことはできないけど、魔力の残滓くらいは見える。

 彼の魔力が見えた。
 それは、凄いとか、凄くないとか、そういう次元を逸脱していた。

 ──轟音。
 その後、腹を蹴られたゼクスが血を吐いた。

「ぐばぅぁっ!? バカなっ、なんだ、その力は!?」

 彼は何も言わない。
 ただ静かに、ゼクスを睨み付けている。

「……くっ、ふふ。そうか。ならば吾輩も本気をォォォッォ!?」

 あまりにも圧倒的だった。
 その姿を見て、ライムさんは、状況も忘れてうっとりしてしまった。

(……ああ、ああ、ああ)

 ライムさんには、誰にも言えない秘密がある。

(……すごく、痛そう)

 痛いのが、気持ちい。

(……やっと、会えた。理想の人)

 ゼクスが大量の血を吐いた。
 その音でハッとして、ライムさんは首を振る。

「待って!」

 彼は無造作に振り向いた。

「生け捕りにして!」
「……分かった」

 彼はただ一言だけ返事をして、次の一撃でゼクスの意識を刈り取った。


 こうしてライムさん拉致事件は解決した。
 だけど、全ての者が後に知る。これは、まだ始まりですらなかったのだと。
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