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その後(侍女マリアの回想)
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上級貴族の、見目麗しい男性を5人も侍らすなんて、どれだけ美しく魅惑的な方なのかと思ったが、拝見した感じ、それほどでもないように思えた。
噂はあてにならないものね、と思いながら奥様に付き従っていたが、日々を過ごすにつれ、その魅力に引き込まれていった。
恵まれない子供たちを引き取っているため、支出が多く、裕福とは言えないけど、それなりのお給金を頂いており、不満はない。なにより、奥様は私を頼りにして、大事にしてくれるし、この仕事にやりがいも覚えている。以前に働いていた勤め先より人間関係も良好で、良い職場だと思う。
だが、このお屋敷の複雑な夫婦関係には、いまだ慣れない。
「マリア。ドレスの後ろのボタン、外してくれなぁい? なんかちょっときついのよ」
「奥様。食べすぎではないのですか?」
「いいのよぉ、肉付きの良い女のほうが好みだって言ってたし。そのほうが抱いている時に気持ちがいいらしいの」
サミュエル様も、エドモン様も、旦那様は全員少し痩せたほうがいいのではと仰っていましたけど。と言いたくなるのを喉の奥に詰め、笑顔で「そうなんですか」と受け流す。
いったい奥様が、誰のことを思い浮かべながら言っているのか、すぐに検討がつく。
奥様は常々「私が愛しているのは、ドミニクだけよ」と言う。驚くべきことに奥様は、夫ではなく愛人好みの女になろうと、努力をされているのだ。そして、それを隠そうともしない。
ドミニクという男と密通して、子を妊娠した時は大騒ぎになったらしい。奥様は旦那様、特にサミュエル様から烈火の如く怒りを買ったそうだ。しかし、奥様の自殺未遂があり、それから1か月に1回だけ通うのを許されたそうで、今となっては公然の秘密ではあるが奥様の愛人として、10年以上通われているのだ。
いくら旦那様方が奥様を愛しているからといって、愛人との不貞行為を見逃すだなんて、奥様を甘やかしすぎなのではないだろうか、と思う。奥様は子供に対して、平等に愛を注いでいらっしゃるつもりかもしれないけれど、愛人との間に出来た子供にだけ、格別に愛情が深く、他のお坊ちゃまが哀れに感じるほどである。
「コレット。久しぶりだな」
「ドミニク、逢いたかったわ♡」
旦那様の前だと笑顔も少ないが、その男の前では、まるで恋する少女のように、自然な笑顔になる。奥様は、この愛人と逢えない期間が長引くと、すぐに不機嫌になるのだから、わかりやすい。ドミニクという男に向ける愛情を、奥様を愛されている旦那様方にも与えることが出来れば、どれほどに良いことか。
「ああ、ドミニクのにおい……ねぇ、コレットを抱いてくださる?」
「もちろんだ。愛しているぞ、コレット」
「きっと、私のほうがドミニクを愛していますわ♡」
こんな明け透けに奥様がベットに誘う相手は、この男だけだろう。それほど奥様は、この男の事を一途に愛されている。
だからこそ、旦那様方も最終的に折れるしかなかったのだろう。そもそも形式的には奥様は旦那様方と結婚しているが、この2人が相思相愛で、愛し合っているところを横から奪ったのだと聞く。私がコレット様のお屋敷で勤め始めてから10年が経過しても、仲は深まるばかりで切れる様子がない。
だからこそ、ベットの中でも燃え上がるのだろう。この男が通われる時は、奥様はベットから出てこない。ずっと睦言を喋り合いながら、限られた時間の中で愛し合うのだ。
うっかりそんな時の奥様を直視してしまった時があるのだが、まるで豊穣の女神のように、艶やかな表情と色気に、絶句した。
「マリアぁ、居るんでしょう? この前、お母様から頂いた葡萄酒があったでしょう? ドミニクと飲みたいわ」
「はい、ただいま」
この男が通う日は、他の旦那様はアラン様以外寄り付かない。「顔を見たら殺したくなるからね」とサミュエル様が零していたが、その気持ちが分かるような気がした。
この奥様を見ていると常々思うのだ。――私は、恋に溺れたりしない。
奥様のようにはならないようにしよう、と。
噂はあてにならないものね、と思いながら奥様に付き従っていたが、日々を過ごすにつれ、その魅力に引き込まれていった。
恵まれない子供たちを引き取っているため、支出が多く、裕福とは言えないけど、それなりのお給金を頂いており、不満はない。なにより、奥様は私を頼りにして、大事にしてくれるし、この仕事にやりがいも覚えている。以前に働いていた勤め先より人間関係も良好で、良い職場だと思う。
だが、このお屋敷の複雑な夫婦関係には、いまだ慣れない。
「マリア。ドレスの後ろのボタン、外してくれなぁい? なんかちょっときついのよ」
「奥様。食べすぎではないのですか?」
「いいのよぉ、肉付きの良い女のほうが好みだって言ってたし。そのほうが抱いている時に気持ちがいいらしいの」
サミュエル様も、エドモン様も、旦那様は全員少し痩せたほうがいいのではと仰っていましたけど。と言いたくなるのを喉の奥に詰め、笑顔で「そうなんですか」と受け流す。
いったい奥様が、誰のことを思い浮かべながら言っているのか、すぐに検討がつく。
奥様は常々「私が愛しているのは、ドミニクだけよ」と言う。驚くべきことに奥様は、夫ではなく愛人好みの女になろうと、努力をされているのだ。そして、それを隠そうともしない。
ドミニクという男と密通して、子を妊娠した時は大騒ぎになったらしい。奥様は旦那様、特にサミュエル様から烈火の如く怒りを買ったそうだ。しかし、奥様の自殺未遂があり、それから1か月に1回だけ通うのを許されたそうで、今となっては公然の秘密ではあるが奥様の愛人として、10年以上通われているのだ。
いくら旦那様方が奥様を愛しているからといって、愛人との不貞行為を見逃すだなんて、奥様を甘やかしすぎなのではないだろうか、と思う。奥様は子供に対して、平等に愛を注いでいらっしゃるつもりかもしれないけれど、愛人との間に出来た子供にだけ、格別に愛情が深く、他のお坊ちゃまが哀れに感じるほどである。
「コレット。久しぶりだな」
「ドミニク、逢いたかったわ♡」
旦那様の前だと笑顔も少ないが、その男の前では、まるで恋する少女のように、自然な笑顔になる。奥様は、この愛人と逢えない期間が長引くと、すぐに不機嫌になるのだから、わかりやすい。ドミニクという男に向ける愛情を、奥様を愛されている旦那様方にも与えることが出来れば、どれほどに良いことか。
「ああ、ドミニクのにおい……ねぇ、コレットを抱いてくださる?」
「もちろんだ。愛しているぞ、コレット」
「きっと、私のほうがドミニクを愛していますわ♡」
こんな明け透けに奥様がベットに誘う相手は、この男だけだろう。それほど奥様は、この男の事を一途に愛されている。
だからこそ、旦那様方も最終的に折れるしかなかったのだろう。そもそも形式的には奥様は旦那様方と結婚しているが、この2人が相思相愛で、愛し合っているところを横から奪ったのだと聞く。私がコレット様のお屋敷で勤め始めてから10年が経過しても、仲は深まるばかりで切れる様子がない。
だからこそ、ベットの中でも燃え上がるのだろう。この男が通われる時は、奥様はベットから出てこない。ずっと睦言を喋り合いながら、限られた時間の中で愛し合うのだ。
うっかりそんな時の奥様を直視してしまった時があるのだが、まるで豊穣の女神のように、艶やかな表情と色気に、絶句した。
「マリアぁ、居るんでしょう? この前、お母様から頂いた葡萄酒があったでしょう? ドミニクと飲みたいわ」
「はい、ただいま」
この男が通う日は、他の旦那様はアラン様以外寄り付かない。「顔を見たら殺したくなるからね」とサミュエル様が零していたが、その気持ちが分かるような気がした。
この奥様を見ていると常々思うのだ。――私は、恋に溺れたりしない。
奥様のようにはならないようにしよう、と。
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