恋愛ファンタジー短編集【宵闇】

ちゃむにい

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聖女失格【1】※R18

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「ふふ。酷い顔ね」

化粧を落とし、鏡を覗き込むと、今にも倒れそうなほど、顔色が悪い女が映った。

きっと魂が抜けたように、歩いていたことだろう。

聖女アリアは、親友の魔法使いマーガレットと魔法剣士クリスの結婚式に出席したが、どうやって宿まで帰ったのか覚えていなかった。

結婚式では薄く張り付けた偽りの笑顔を保つのが大変だった。
ずっと泣き叫びたくなる衝動を、辛うじて圧し殺していた。

聖女アリアは室内に誰も居ないことを確認すると、ポツリと呟いた。

「もう……、我慢しなくていいよね」

聖女アリアは、人の目を憚らずに泣いた。

人払いをしているわけでも、結界を張っているわけでもない。

壁が薄いから、他の宿泊者に聞かれている危険性があったが、もう全てがどうでも良く、投げ槍な気分だった。

(もう無理。私には無理だわ……!)

明日から神殿で、治癒魔法を使って人々を治療する予定になっていた。

アリアが婚約破棄されたことは誰もが知るところで、常に好奇の視線に晒されていた。
その視線に耐えながら、笑顔を張り付けて治療することを想像するだけで苦痛でたまらなかった。

例え目を泣き腫らしたとしても、治癒魔法で自己回復させればいい。だが、そこまでして他者を気にする余裕が、今のアリアにはなかった。

(なんて、惨めなんだろう)

魔法剣士クリスがパーティーメンバーである魔法使いのマーガレットに想いを寄せていることに気がついたのは大分前のことだった。

聖女アリアは聖女となる前、クリスの幼なじみであり、婚約者だった。
幼い頃「アリアと結婚したい」と言ってくれたクリスと結婚するのは当たり前だと思っていた。

だが、少しずつクリスと心の距離が離れていき、当たり前のことが当たり前ではなくなった時、アリアはクリスと共に冒険者として旅に出たことを初めて後悔した。

旅に出なければクリスは精霊王の加護を受けることなく、平凡な剣士クリスのままで、アリアと結婚する道を選んでいたかもしれない。

クリスとの婚約が破棄された後、アリアに言い寄る男は数を知れなかった。
だが、信用することが出来ず、全ての縁談を断った。

(悔しい悔しい悔しい!!! 私の何がダメだったの!?)

愛は憎しみとなり、アリアの無垢な心に黒い炎を宿した。

それは婚約を一方的に破棄したクリスだけではなく、親友のマーガレットにも向けられた。

(私が婚約者だってこと、知っていたくせに!)

クリスに言い寄られたとしても、マーガレットが断れば良かったのだ。

しかも、結婚式に元婚約者であるアリアを招くだなんて、その無神経さにアリアは苛立った。

(なんで神様は、このような試練を私に与えるの……?)

アリアは絶望していた。ほのかに抱いていた恋心を踏みにじられ、将来の展望を描けなくなっていた。

クリスへの失恋は男性不信に変わったが、我が子を抱きたいという気持ちはさらに強くなった。

(私が死んだら、家系は途絶えてしまう。それだけは許されないことだわ)

それは亡くなった母との約束でもあった。母は病弱な女性だったが神通力があり、神の言葉を聞くことが出来た。

それは、アリアの子供か、子孫のいずれから、魔王を倒して世界を救う勇者が生まれるという、にわかには信じられない話だった。

「この神託は貴方以外には伝えてないわ。そのことで神様に失望されてもいいわ。子供が出来なくとも、私は貴方が幸せなら、それでいいの」

弱々しくアリアの手を握った母の言葉を、アリアは心に刻んで生きてきた。

母が望んだように、愛する人と幸せになるために旅に出たが、何もかも失ってしまった。

(もしかして、これは天罰なのかしら?)

魔物を倒し、人々の怪我を癒すのは聖女としての役割だったが、アリアにとって最も重要なのは、多くの子を作り、慈しむことだった。

気がつけば聖女となって、かなりの年月が経ち、新たな聖女候補もいるのに、結実する見込みのない恋愛に現を抜かし、時間を費やしてきた。

信仰心は薄れていないつもりだが、神聖力は歳を重ねるにつれ、少しずつ陰りが見えてきている。

いずれは聖女も代替わりすることになるだろう。

(もう神殿にも私の居場所はない。これからは神様のためだけに生きよう)

翌日、アリアは決意した。
病気療養と称して、アリアは行方をくらませた。

(まずは、お金を稼がないと)

何をするにもお金は必要だった。
聖女として稼いだお金は微々たるもので、しかも報酬の殆どは貧しい人々の手に渡り、手元には何も残って居なかった。

アリアは冒険者として登録し、依頼を受けた。そして手にした報酬で、髪を切ることにした。

「いいのかい? こんなに綺麗な髪なのに」
「いいの。私は変わりたいから。それにプラチナブロンドは高く売れるんでしょ?」

長かった髪は短く切り落とし、アリアは前を向いた。


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