異世界スロースターター

宇野 肇

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四章 清算

大事の前の……

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「ぃやったぁー! ボロ儲けだぜ!」
 モンスターから剥ぎ取った素材で依頼を消化した俺たちは成功報酬を受け取って、一旦酒場で腰を落ち着けた。少なめに昼食を取って休憩し、今度こそ王都内を観光するためだ。
 ロゼオとブルーノはドラクマ銀貨を嬉しそうに積み上げている。計算は簡単な四則計算ならできるようで、彼らの取り分――最終的に一人2050ドラクマになった――を確かめているのだ。二人は財布として使っている皮袋の強度が不安になって来たらしく、まず財布を見たいと言っていたから最初に革製品を扱う店を見て回るつもりだ。
「……オボルス小銀貨とドラクマ銀貨だけってなかなか重そうだなあ」
「でも、金貨にするとお釣りの計算が面倒ですよ」
「それはそうなんだけど。持ち運びは不便だって。この機会にインベ……いや、重さを感じない効果がついてるものでも買えばいいのに」
「ばっかオメー、いいんだよ。普段遣いでそんな大金持たねえし」
 俺とシズの会話に、ロゼオが気安く入ってくる。しかしブルーノは苦笑気味だ。
「カネより、食いモンを長い間置いとけるのがありゃあ随分助かるなあ。保存食で食い繋ぐのにも限界があっから」
「時止めの収納袋か……。そういう魔道具は普通の店じゃなく冒険者向けの店じゃないと置いてないぞ」
 保存食というものは押し並べて美味とは言い難いし、食べるためには湯で戻したり何度もじっくり口の中に含んで噛み続けたりと難がある。長持ちさせるために乾燥させた塩漬けにしたりするためだ。収納する容量が少なくても、あれば重宝するだろう。因みに、インベントリとは異なり、収納袋は基本的に袋の大きさ以上のものは入れることができなくなっている。
 俺もなにか見繕ってみようか、とも思うのだが、シズとギルは既に個人的に持っているから新たに買い足す必要はない。ありすぎても整理が大変だし、ダンジョンに潜らないからそんなに必要ないし、何より、魔道具はそれ自体が貴重品だ。大きなものだとパーティで一つ持つくらいが一般的で、個人で一つずつだとか、複数持つのは珍しく、しかも収納袋の場合、服の中に隠すにも限度がある。お金を持っている、羽振りがいい、と思わせるには十分な要素になるので、目をつけられないためにもあまり無闇に持ち歩かないほうがいいのである。
 ちなみに、時止め、つまり時間経過による品質の劣化を抑えるものには薬草やモンスターから剥ぎ取った素材などを。重力不感、重さを感じさせなくするものには硬貨や鉱石などを入れるのが普通だ。
「今の時期は祭で多少値下げされてることもあるし、じっくり見て回ればいいんじゃないか? 掘り出し物もあるだろう。まあ、何せ人も物も集まるから、好みのものを吟味するにはあまりいい時期ではないんだがな……」
 競りもあるらしく、全てを網羅するのはかなり厳しい。まあ、元々なにか目当てのものがあるわけでもなし、空気だけ楽しめばいいだろう。
 取り敢えずと頼んだエールと搾りたての牛乳で乾杯すると、慰労もそこそこに酒場を後にした。


******


 リーオットさんは静かに車を引いてくれるのだが、何せ王都の賑わいは凄い。馬車の中でもいろんな声を拾うため、『聴力強化』は切っておくしかなかった。
 結局財布も収納袋から選ぶことになり、俺たちは一路、高ランク冒険者向けの店へ移動していた。普通の店なら富裕層の住宅地近辺が店のランクも高くなるのだが、冒険者の場合は変則的で、組合の近くや路地裏、地下など、奇をてらった場所にある場合が多い。『知る人ぞ知る名店』扱いなのだ。一見や冷やかしを嫌ってのことで、店主も揃えた品物には自身の誇りを持っているから質はいい。
 今回ジンが案内してくれたのはそう言った店で、スラムにはそこそこ近いが客として出入りする冒険者のせいだろうか、人の気配はあまりなかった。
「へえ、着きましたよ」
 リーオットさんの声を受けて静かに止まった車から出る。馴染みだというジンが先頭に立ち、アドルフを馬車内に残して皆連なるようにして店内へ入った。
 王都の街並みは、ランクが上であるほど石造りのしっかりした家で、スラムへ行くほど木製や布を張っただけ、といった非常に粗野なものへ変わっていく。その中にあって【Khumos】と小さな看板を掲げるその店は堅牢そうな石の佇まいをしていた。
 ドアを開けて一歩中に入ると、どこかひやりとした空気が身体を撫でていく。店主の姿は見えないが、代わりに、レジカウンターには二股の尻尾を持つ猫が丸まっていた。
「この猫、店主の使い魔な。錬金術士なんだ」
 錬金術士はホムンクルスを創り、従えることができる。俺も錬金術の熟練度を上げて行けば作ることは可能だが、時間もお金も労力も半端じゃないから錬金術を極めたい人向けだ。スキルとしては『調合』の上位スキルが『錬金術』で、魔法系のスキルがあれば特殊効果の付与がしやすいと言う利点がある。
「凄いんですね」
「腕は確かさ。ここのは製造から販売までやってるから、ものも確かだし。常連になって金さえ払えばオーダーメイドも出来る」
 これはなかなか期待できるのでは。
 店内に並ぶ多種多様な道具を眺めながら、いつしか俺も商品に見入っていた。

 店主は作ることが好きらしく、よほどのことがなければ姿を見せないのだそうで、結局支払いも使い魔だという猫が行った。計算が出来るだとか、喋れはしなくても言葉がわかるだとかでシズが興味深そうに眺めているところを、子どもをあやすような顔をして尻尾の先で頬をくすぐっていた。シズは感動して騒ぎそうなのをこらえながらも全身で歓喜を示していて、なんとも微笑ましい光景だった。他の客にもこうして適度に相手をして虜にしているのかと思わないでもないが、実際、収納袋は多種多様で、見た目にはベルトに差し込めるジョイント付きのポーチであったり、肩掛け鞄風であったりと実用的で、もし今使っているものが駄目になったらここで、と思わせるしっかりとした造りだった。
 ロゼオは硬貨を入れるための小さめのものを、ブルーノは食べるものを入れておきたいという言葉通り、ナップザックタイプのものをそれぞれ一つずつ手にしてほくほくと笑顔を見せている。
 これで心置きなく買い物ができるというものだ。
 俺まで頬が緩んでしまいそうになっていると、いきなりジンに肩を叩かれた。
「ところでヒューイくん」
「は、はい?」
 やけに溌剌とした笑顔でジンがずいっと距離を詰めてくる。反射的に仰け反ると、ジンは笑顔を浮かべたまま俺を手招いた。
「こっちの奥の部屋に、面白いものが揃ってるんだ」
 含み笑いをそのままに、レジカウンターの脇にある扉を開ける。呼ばれているのは俺だが、警戒しているのかギルがぴったりとついてくる。そうなるとロゼオとブルーノも後を追いかけてくるわけで、シズを一人残すこともできず、結局全員で移動することになった。
 ジンに誘われた先の部屋は店内の雰囲気を残していて、何の気なしに辺りを見渡す。店内の雰囲気は装飾品店のそれに近く、何やら煌びやかな光沢のある……置物、のようなものが並んでいる。形は抽象的でよく分からない。中には明確に鳥の羽や草花の意匠が施されたものもあるが、やはりそれらも何やらぐねぐねとしたグリップのような部分がある。他にはピアスらしきものもあるが、形状が独特で、鈴が付いていたり、針のようだったりと、どんな用途として使われるものなのか判断しにくい。
 壁際に佇むコートハンガーにはネックレスとしてはやや太めの鎖。部屋の中に場所を問わず鎮座する緩やかな曲線やあまり鋭さの感じられないシルエットの、大小様々なオブジェ。そのどれもが艶やかな銀や金の光沢を放っていて、所々に宝石が埋め込まれている。時々細い鎖でパーツが連なっていたりしているが……身に着けるもの、だろうか。
 少し目線をずらすと、透けるほど薄い布がハンガーにかかっているのも見えた。
「……ここは?」
 冒険者向けの店なのだから、何かしら効果のあるものなのだろう。しかし、鎖はともかく、この携帯しにくそうなオブジェは一体なんなのか。武器としても弱い針状のものも気になる。
「冒険者の従える奴隷向けの品々さ」
 ジンの言葉に、俺はさらに首を傾げた。
 通常、冒険者が好んで選ぶ奴隷とは戦闘が行える者の他に、荷物持ちや野営におけるあらゆる雑用をこなせる者だ。その中には性衝動を収めることができることも含まれている。男の方が多いパーティなどでは性的興奮のコントロールのために従えていることがままある。パーティメンバー内での爛れた関係や、それにまつわるいざこざを回避するためだ。
 少なくとも目の前に置かれている商品は武器には見えない。綺麗な見た目からもそうだが、雑用に必要だとも思えない。薄い布はハンガーにかかっているから衣類なのだろうが、そんなものを着ても防御力的には紙にも劣るだろう。それを覆すほどのなんらかの効果が見込めるのだろうか。
 一向に答えを見出せない俺を助けてくれたのはシズだった。
「ああ、これプラグですね」
「プラグ?」
「簡単に言うとお尻に蓋をするためのものです。予め準備を整えたお尻から潤滑剤が零れてこないようにしたり、これを入れておくことでお尻に入れやすくしておくんです。あとは……あ、こういうのは前から出してしまわないようにするためのリングとセットでチェーンで繋がってて、見た目にも華やかでいいですよね。後は……僕が知っているのだと、動物の尻尾みたいになってるのもあ」
「わああああああああああああ! 分かったもういい!」
 丁寧な説明どうもありがとう!
 俺はそっとシズの口を塞ぐと、ジンを睨め付けた。
「なんですかこれ!」
 まさか俺がこういったもので楽しむ嗜好を持っているとでも思っているのか。非常に心外だし、使ったことも……マギの小屋で使われたことはあるが、俺が使いたがったわけじゃないし。
 俺の羞恥を纏った怒りにもジンは怯まなかった。
「王都じゃ一般的なもんなんだけどなあ。下手な店に入ると身体を傷つけるから」
「そっ……の気遣いは嬉しいですけど、俺は人に着けて楽しむような趣味はないですから」
「ヒューイが着けるのは?」
「あってたまりますか」
 ちらと視線を走らせると、ロゼオとブルーノが何とも言えない顔でジンを見ていた。ドン引きと言うのはこういうときに使うのだろう。
 俺も同じ気持ちだ、とジンへ目を戻す。彼は珍しく渋るような表情で唸った。
「うーん、まあ無理にとは言わないけど……王都では一定のランク以上の人間は贔屓にしている奴隷を着飾る。んで、そうやって手を入れて着飾った奴隷は主人に気に入られてるってことで、周りも扱いには気をつけるようになるから是非ともお勧めしたいんだけど」
 声色は思ったよりもまともな響きをしていた。少し申し訳なさそうなと言えばいいのか、困ったような表情と併せて、それが真実であることを示したがっているような。
 ギルを仰ぎ、真偽について目配せをする。商品そのものには興味のなさそうな顔をしていたギルは俺の視線を受けとめると、そっと小さく頷いた。……本当、なのか。
「ヒューイさま、僕は構いませんよ?」
 シズが俺の服の袖を引っ張って、耳打ちしてくる。うん、シズの覚悟は嬉しいんだけど、俺にも覚悟するだけの時間をくれないかな?
 シズをそういう風に・・・・・・着飾らせ、しかもそれで外を歩かせているのは俺になるわけで。いくら王都では珍しくないことだとしても、シズがやる気に満ちていても、俺の心のエンジンは直ぐにはかからないからね?
 そう思いつつ俺が言葉を出し渋っていると、シズが前向きなことに気づいたジンがたたみ掛けてきた。
「それだけ財力があるってことで、主人を見る目も相応しいものになるしね。貴族に対しては特に効果がある。侯爵への謁見もそうだけど、高級商店街なんかを歩くときはそうした方が見下されずにすむよ」
 ジンが浮かべる綺麗な笑みは、嘘くさくはないがどこか威圧を感じるものだった。柔らかくはない。本心を隠しているように思えるほどひたすら美しい笑みだ。
 笑みを素直に受け取れないのは、ジンが発した内容の所為でもある。絶対分かって言ったはずだ。そんな風に言われたら……
「ヒューイさま! 是非! やりましょう!」
 ……シズがやる気にならないわけ、ないんだよなあ。




 魔道具を眺めるはずが、どうしてこうなったのか。
「これなんか綺麗だけど」
「んー、でも中に入っちゃう部分ですから、見た目を気にするならやっぱり外に出ている部分を見ないと」
「こっちのは?」
「あ、リングじゃなくて鈴口に差し込むタイプなんですね。でもちょっとデザインがシンプル過ぎません?」
 ジンとシズがテンポよく話を進めていくのを聞きながら、俺は未だに心のエンジンがかからないでいた。いっそこのままエンストしているべきだとも思うのだが、シズが乗り気な以上、他人に任せるわけにも行かない。
 ギルは護衛を兼ねているので別の店で衣類だけ見ることになったのだが、そのせいで余計にシズの身に着ける……ある意味装飾具を吟味するのに熱が入っている。ロゼオは過去の経験からつけさせられる側であることを意識してしまうらしく、ブルーノと共に先に車へ戻って貰った。
「シズ」
「ヒューイさま、ヒューイさまはどのようなものがお好きですか? 僕は黒目黒髪ですし、ヒューイさまの翡翠色や落ち着いた金色をアクセントにしてはどうかと思うのですが」
 純粋に機嫌のいいシズに、うん、変なことは考えずにシズを普通に着飾らせるものだとして付き合うべきだという気持ちが湧いてくる。分からないものは説明するからと傍に居るジンの存在をひしひしと感じながらも、俺はどうにかシズの意識を此方へ引き寄せた。
「シズにはもうイメージがある?」
「どちらかと言うとギルは赤と黒、ヒューイ様は白と翠ですから、重ならないように青を取り入れるべきか、それともギルと髪色が揃っているのでギルと揃えるべきか、はたまたヒューイ様のお色を頂いて黒と翠かで迷っています。装飾の大半は金か銀ですから、金を入れれば黒も翠も良く映えるのではと。ヒューイさまから頂いたデリンジャーは小さいですからいくらでも隠し様はありますし、武器の類はそれしかありませんので上半身は着込まないほうが胸元に飾りをあしらえますよね」
「お、おお……慣れてるね」
「ただ、僕、ピアス穴はどこにも開けていませんし、乳首は挟むタイプじゃないとつけられないですけど」
「……え?」
「これ、乳首にするピアスですよ」
 固まっていると、シズが商品を指さし、説明してくれる。それは武器としては弱すぎると思った、細い針状のもの。先には小さな鈴がついていて、微かながらも音を立てる。言われてから見てみると、他にもつけると蝶が留まっているように見えるものや、乳首が宝石で隠れるようなものもある。耳に着けるタイプとはやや趣が違うように思えるのは世界が異なるからなのか、部位が部位だからなのか。
「基本的にチェーンは乳首同士を繋げるように想定されてますが、こっちのはネックレスとセットになってます。これは……ネックレスのトップが背中に来るタイプですね。重みで乳首が引っ張られるんです」
 いつも通りてきぱきとした姿で、卑猥なことをあっさりと口にしていく。
「随分詳しいけど、シズは前、そういう格好してたりしたの……?」
「ええ、まあ。そういうのが好きな人って珍しくはないですよ。貞操帯をつけさせたり……ああ、これです、こういうものなんですが」
 平然とした顔のまま――実際心を乱すようなことではないのだろう――シズは金属の、バナナでも入れるのかと思うような部品を手に取った。勃起して上反ることの無いよう、やや下を向いている。根元には南京錠。これを外さないと苦しいことになるのだろう。
「あ、ありがとう……でもいいや、つけさせたいわけじゃないし」
「そうですか……?」
「うん。いやほらやっぱりシズだって戦闘に貢献してないわけじゃないし、いざという時ぱっと動けないものを身に着けさせるのは……ね」
 お尻に挿入するらしいプラグを意識しながらそう言うと、シズはくすっと笑う。
「流石に常時付けるわけでもありませんし、お気になさらずに。それに……ヒューイさまがその気になられたら、直ぐにできるわけですから」
「いや、そういうフォローが欲しかったわけじゃなくて」
「分かってます。分かっていますから大丈夫です。僕がヒューイさまが過小評価されるのが嫌なんです」
 そう言ってシズははにかんだ。いじらしい、健気だ、そんな風に素直に思えばいいのか、いつの間にそんな風に言って貰えるほど好かれたのか、シズこそ過大評価なんじゃないのかと敢えて思考を逸らせばいいのか考えあぐねる。どちらにせよ、俺もそろそろ腹を括らねばならないようだ。そもそも、王都に居る間中ずっと同じ格好をさせるわけでもないのだし。
「……取り敢えず、無難なところから手を付けようか。こっちの頭飾りは? 耳のところに綺麗な孔雀の意匠がある。翠の宝石も入ってるし」
「わ、いいですね。重くも無さそうです」
 ころころと笑うシズを見ながら、そっとジンとギルを窺い見る。ジンも、そして分かりにくいながらもギルまで微笑んでいて、俺の背を押してくれていた。……出来れば出費は抑えたかったのだが、勉強代だと思って、納得いくまでやってみよう。
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