魔法の呪文は愛のコトバ

riiko

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9 呪文の言葉

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 一瞬、見ていた鏡が歪んだ。そして、何かが耳に入る。

(ダレトクブラコン……ダレ……トク……ブラコン……)

 ん? 空耳? その時、急になにかが耳に入ってきた。でも、この声は自分の声と同じだった。

(だれ、得、ブラコン。誰が得だよ、そのブラコン!)

 今度はハッキリ聞こえてしまった。ブラコンと言えば、僕でしかない。いったい何だろう。思わず声に出てしまった。

「え? なに?」

 上下に動く自分が初めて声を発したことに、夫は驚いて腰を振るのをやめた。この行為は結婚の代償だと思って耐え抜いてきた僕は、情事を早く終わらせるためにも、夫の行為を止めたことなどなかった。止めたことで、痛みが先延ばしにされるのも嫌だったのもあるけれど。

「どうした?」
「え、あ、いえ、なんでもありません」

 僕の言葉に怪訝に思う顔をするも、夫はいいところだったのだろう。すぐに抽挿は再開された。ああ、いたい、いたい、いたい。

 痛みに耐えて、また姿見を見た。

 すると、そこには変な服を着た自分の姿が見えた。今度こそ目視で人を確認できたのだった。なんていうかテロテロの袖が寸足らずの白いシャツ、首元が丸い感じで、貧民層が着る服に見える。だぼだぼのゆるそうななんともしまりのないグレーのズボンを履いていた。ズボンの中には紐が見える、きっとそれがベルトなのだろか。でもおへそ見えてるよ。

(え? な、なに?)

 僕は頭の中で、言葉を唱えた。

(俺俺、俺だよ。俺)

 すると頭の中に自分と同じ声が返ってきた。

(だ、だれ?)
(だから、お前だよ。俺は日本ってところにいるお前)
(え、ニホン?)

 頭の中で、もう一人の鏡に映る自分と会話が成立している。

 鏡の中で、楽しそうにこちらを見て、手振り身振りをしながら自分の頭の中に会話が響く。僕はあまりに辛い状況で、頭がおかしくなったらしい。

(大丈夫、俺さ、ゲイで、男根大好きなんだ。お前の旦那、デカいから、お前みたいなテクなしじゃ痛いだけだろ。痛いのを快感に変えてやるから、俺に任せろ)
(え? ゲイってなに、というかどういうこと? あなたは僕?)

 僕と会話をしているという可笑しなことが起きている。その間も夫は僕を揺さぶる。痛みに顔をゆがめながら、ずっと鏡を見ていた。そしてその自分は、ゲイ、ニホン、などという聞いたことのない言葉を言う。

(ああ、そうだよ。パラレルワールドってやつだな。同じ時間軸の別世界)
(パラ? え、え?)
(あっ、パラレルワールドではないか? たぶん同じ時間ってのだけ合ってる、俺のところも今は夜だし、そっちもそうだろ。異世界に自分がいるって、なんていう現象なんだろう? ま、いっか!)
(???)

 自分というか彼はなにかブツブツ言っていた。

(まぁいいから、任せろよ。俺がそいつに抱かれてやる。そしてそいつを教育してやるからな! とにかく頷け)

 嘘! 夫を教育とか、できるの? 

 なんだか鏡の中の自分はとてつもなく頼もしかった。これからの一生をこの男に抱かれるのなら、どうにか、痛くないように導いて欲しい。自分も、もしかしたら夫も、男と交わるという行為をよくわからないまま続けていると思う。鏡の中の自分と同じ顔の男は、なんだか手慣れている感じがして、心強かった。ここは素直に頷くという選択肢しかなかった。というかもう神にも縋りたいほど、僕は疲弊していたんだ。

 こんな経験今までしてきたことがなかったから、どう対処していいのかわからないし、夫とは夜伽のときしか会わないから、彼がどうして僕を抱くのかも聞けない。だって、痛くて、会話なんかできないもん!
 
 本当におかしな状況だとは思う。だけど、もう、これは神様が僕に与えてくれた機会だと思って、素直に頷いた。

(う、うん。わかった)
(よし、こういうときはな、こっちの世界では有名な魔法があるんだよ)
(あなたは魔法が使えるのですか?)

 すごい! そっちの世界の僕と同じ顔の人は、魔導師様だった。

(いや? 使ったことないけど。でも異世界なんてなんでもありだろ? 多分いけるはず)
(異世界……。よくわからないけど、お願いします!)
(本当はさ、正式なコトバがあるんだけど、俺、世代じゃないからニュアンスだけな?)
(はい!)

 よくわからないけど、お尻の痛さから解放されたくて頷いた。

(魔法の呪文を唱えたら、俺とお前は入れ替わる。お前は鏡の中で俺の行動を見て勉強しろよ。ほい! ダレトクブラコン、ダレトクブラコン、俺になぁれ! はい、お前も一緒に)

 その言葉は、先ほどの? 

 誰が得だよそのブラコンって、さっきの言葉、僕ちゃんと聞き取ったけど、これは僕が招いたブラコンである自分の責任。弟可愛さというか強引さで、ここでこの夫に組み敷かれているのは、まぎれもなく僕がブラコンだからだ。

(おい、聞いてんのかよ!)
(は、はい!)
(よし、じゃあ行くぞ!)
((ダレトクブラコンダレトクブラコン、俺・僕、になぁれれれ!))

 すると、僕は鏡の中に移動した。

 というか僕が移動したというより、僕が彼になった。そしてここは鏡の中ではない。ここは、彼の住居? 見慣れない四角い薄い板はチカチカと何か眩しい光が出ていた。手のひらサイズの長方形の無機質なもの、人が動いている映像が流れている。しかもそこからは美しい歌声が聞こえてくる。なに、これ? ここにも魔導師様がいるのかな?


 魔導師様は可視魔法がお使いになられると聞いたことがある。しかも、ルミエール様のような王宮に出入りできるほどの上位の魔導師様に限る。

 この男は、いったい何者なのだろう。僕を自分と入れ替えることができるなんて、魔塔が知ったら破格の金額で囲われるに違いない。それほどまでに不可解な能力を持っている僕と同じ顔の人。

 部屋にはそれ以外にも可笑しなものが置いてある気がする。唯一ベッドと、大きな姿見鏡は認識できた。僕はその姿見の前で座っていた。先ほどの彼が着ていた服をそのまま僕が着ている。というか、僕は彼になっていた。

(大丈夫だよ、俺がこの男を調教してやるから、お前はそこから見とけ! きっとうまくいけば交代できるはずだからな)

 不安そうにしていたら、彼から声がかかった。よく見ると、先ほどの僕だった。夫に組み敷かれて痛みに耐える顔で鏡を見ている僕。客観的に見ても、犯罪にしか見えない。野獣が子鹿に跨る、そんな感じ。僕はいたたまれなくなり、慌てて返事をした。

(は、はい。わかりました)
(にしても、いてぇ、尻がいてぇ、お前、よくこんなのを我慢していたな。いってぇぇぇ!)
(ごめんなさいっ、夫は僕しか抱けないから、僕の中に精を出したら終わると思うので、少し我慢を……)

「できるか! ボケエエィ!」
「え?」

 そこで僕は……ううん、紛らわしいな。先ほど体を入れ替えてくれた僕と同じ顔をした彼が、声にだしてなんか汚い言葉を発した。僕の中に……僕と交代した彼の中に、半身が入っていた夫が驚いていた。

 それを僕は、鏡の中から見ている。

 これはいったい。
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