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【9】和希の過去
④
しおりを挟むふと手元のグラスを見ると和希は話に夢中で1杯目の焼酎が半分しか減っていなかった。澪は早くも3杯目に突入していたが、由唯はいつも前半は料理を堪能するため、お酒はあまり進んでいなかった。
テーブルには明太のり味とふわふわソース味のたこ焼き。だし巻き玉子に3人の定番のきゅうり一本漬けが並んでいた。
「それからどうなったん?」と澪が聞いたが「一回休憩させて」と、和希が言うとたこ焼きに手を伸ばして残りの焼酎を飲み干した。それでも飲み足らずにもう1杯一気に飲んで和希は続きを話し出した。
「なっ? 給料急に下げられるとかたまらんやろ? このまま仕事してても不幸になるだけやから辞めよう思ってタイミングをみててん。そんな時、俺の部下が社長に呼び出されて『神楽も一緒に来い!』って言われたから、辞めるならここやなと思って《退職願い》をポケットに忍ばせて社長のいる本社に行ってん」
由唯と澪は「ふむふむ」と聞いていた。
「部下は訪問点検チームのチーム長で、お客さんの車の点検が効率よく訪問できるように4台のサービスカーを管理する仕事やねん。その効率が悪いって社長に怒られるのは仕方がないと思うねんけど……。俺と目が合った瞬間、今度は俺を怒りだすねん。毎日電話がないって……。『仕事が終わる時に管理職は今日の報告を毎日連絡してこい』って言うから、指示通り社長に電話を掛けてるねんけど、みんなが一斉に電話をするのでいつ掛けても話中で繋がらんねん。それやのに電話がないって怒り狂って怒鳴り散らすからもうやってられへんって思って退職願いを《バーン》って机に叩きつけて辞めたってん」
「すごい会社やな。現実にこんな会社あるん? ほんまドラマみたいな話やなー」
澪が本当に? っていうような疑いの目で和希を見た。
「これほんまやで! ほんまの話やから! あの頃の数年間の時間を返してほしいって思うわ 笑」
和希は続けた。
「もし、時間戻せるんやったらあの会社には入ってないな。そうやなぁ、時間戻せるんやったらいつに戻りたいかなぁ? 俺は小学1年生かな?」
「あはははは、マジで? 小学1年生から? あはははは」と由唯が大爆笑した。
「由唯、笑いすぎやぞ。なんでやねん。ええやんけー」
「だってー。小学1年生は1+1=2からやでー。それはめんどくさいやん」
「いいねん。いいねん。俺はそこからやりなおす!」
「あはははははは」と3人で大笑いした。
「じゃー、由唯はいつに戻りたいん?」
「私は小学の4年ぐらいからかな」
由唯が言うと、
「あはははは、俺の小学1年生からと変わらんやんけー」
「全然ちがうやん! 掛け算・割り算は出来るねんで!」
「確かに。1年生は掛け算・割り算でけへんけどな。そんなん言わんと一緒に1年生からやらんか? 笑」
「やらん! 澪はいつに戻りたい?」
「んー、私は高校生からやり直したいな」
「さすがやなぁ~! 俺たちとはスタート地点が違うな 笑」
「そんなことないよー。じゃー中学生からにしようかな」
「どっちにしろ私たちより上やん 笑笑 ゴホッ ゴホッ……」
「由唯、大丈夫か? 笑いながら、お酒飲むから器官に入ったん? 俺たちアラフィフやねんから『食べる』『笑う』は分けんとな 笑」
「あはははは、そやなぁ。ゴホッ」
3人はバカな妄想話に盛り上がり、お酒のペースが早くなった。気がつけば焼酎1本が空き、由唯がマスターに2本目のボトルを頼んだ。
「本日2本目入りまーす!」と由唯にしては少し酔った口調で2人に笑って見せた。
和希と由唯は、澪の「飲んでー」という言葉にのせられ3人はいつになくベロンベロンに酔ってしまい店を出た。
「和希ー飲み過ぎじゃない? 大丈夫?」
「由唯、何言ってんの? そんな飲んでへんやろ。じぇんじぇん大丈夫やでー」
「あはははは。和希、ろれつ回ってへんやん! 笑」澪が絡んだ。
「あー、酔っ払ったー。頭痛いー。俺ちょっとベンチに座ってから帰るから先に帰っといてー」
と言いながら和希がベンチに座り込んだ。そんな和希をひとり放っておけず澪と由唯もベンチに座ったが、さすがに寒すぎて耐えられない。すぐにタクシーを止めて和希を乗せ、運転手さんに住所を伝えて見送った。続いて由唯と澪もタクシーで帰った。
和希は、なんとか家にたどり着いたが、部屋に入るとそのまま死んだように眠りについた。
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