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【16】新たなる道に向かって
⑤
しおりを挟むゴールデンウィーク初日、和希はキャリーバッグと一緒に重たい気持ちを引きずりながら東京の家の玄関の前に立った。
由唯に電話しなさい。と言われていたが、結局電話はせず、帰った時に話そう。とメールをしただけで家に帰ってきた。
嫁からはそのメールに返信はなかった。
「ただいま」
玄関を開けたが返事はない。嫁はソファに座って動画配信サイトの韓流ドラマを見ていた。
和希がリビングに入ると、びっくりしたようで、一瞬ハッとして「おかえり」と一言だけ言うとまたドラマを見た。
和希が荷物を置いてテーブルの向かい側に座り「今いいか?」と聞いた。
「ハンコ押してくれた?」
「まだ押してない。急にハンコだけ押して。って送ってこられても、はい、押します。ってわけにはいかんやろ」
「……」
「離婚したい理由は何なん?」
「和希は私と一緒にいて楽しい?」
「楽しくないから別れたいのか?」
「それだけじゃない。価値観とか全然違うよね?」
「それは分かる。俺もそう思う。一緒に遊びに行ける趣味もないしな」
「あと、私が話してもちゃんと聞いてくれないし」
「そんなことないやろ。話はちゃんと聞いてるよ。だけど、俺が意見言うても納得出来なかったらすぐに機嫌悪くなってケンカになるから最小限の回答にしてるだけや」
「それは言い訳で、最初から聴く気がないのがわかる。単身赴任する前からそうだったから」
「そんなことないやろ?」
「電話もすぐに切ろうとするし」
「それは、電話でダラダラ愚痴られても俺もわからんし辛い……」
「昔は聞いてくれてたのに……」
「若い時は我慢出来たり、気にならんかったことも、何十年も一緒にいるとしんどくなることもある」
「ほら、和希も私といるのしんどいって事でしょ?」
「……」
「考え直す気はないのか?」
「ない」
「1週間に数日しかパートに行ってないのに別れた後の生活はどうするねん?」
「それは和希に慰謝料として毎月払ってもらう」
「慰謝料って。気持ち的には俺が慰謝料もらいたいぐらいやぞ……」
「何言ってるの。嫌な思いさせられたのは私の方でしょ?」
「だから……俺も嫌な思いしてるから」
「和希とこれ以上話しても気分悪くなるだけだよ」
「わかった。じゃー、俺が大阪に帰るまでにもう一回本当に離婚でいいのか考えてくれ。それで気持ち変わらんかったら離婚しよ」
「うん」
和希はそこまで一気に話して、由唯と澪に向かって「と、いうことや。」と言った。
「えっ、結局奥さんの気持ち変わらんかったん?」
「そういうこと」
「……」
「まぁ、話してきたってのは分かったよ」澪は細々とした声で言った。
「そういうことで俺も晴れて独身の仲間入りや。ん? 出戻りか? 笑」
「和希はそれで本当にええの?」
そう言って由唯は和希の顔を覗き込んだ。連休前のカラオケ店で泣いてるのを見た時は、話し合いをすれば仲直りして帰ってくると思っていたからあまり心配してなかった。
「うん。俺も今までのモヤモヤがすっきりした。これからは1人で気楽に生きていくわ 笑」
「う、う、うん」
微妙な返事をした2人に和希は「おいおい」と突っ込んだ。
由唯と澪は返事に窮した。
「親身になって話を聞いてくれて、由唯と澪には本当に感謝してる。俺にとって2人は一生の仲間だよ。これからも宜しくな」
真面目な顔をして言う和希に2人は笑った。
「おい~! 真面目に言ってんねんぞー」
「これからも和希に何かあった時は力になりたいと思ってるよ」
澪が言うと続いて由唯も、
「これからも和希は親友やで。お互い何かあった時は助け合おうね」
「もちろん。俺も2人はずっと親友やと思ってる。何かあった時は一番に駆けつけるで!」
「ほんまやな? 2番やったら親友解消やからね 笑」
「あははははは、そんなこと言うなや~ 笑」
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