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25【追憶⑪】
しおりを挟むカラカラと陽気な笑いが頭上から降ってきて、私のコメカミにピキリと青筋が浮く。
「榊……先輩っ、私をからかって遊んでますよね?」
「うん」
うんって、そんな楽しそうに言わないでよ。なんだか、それでも良いかって気になっちゃうじゃない。
「ほら、次行くぞ」
頬を膨らましてそっぽを向く私の手に、さりげなく大きな手のひらが重なり、そのまま次の展示ゾーンへと引っ張られていく。
伝わる手のぬくもりでドキドキと鼓動が早まり、頬が熱を帯びる。そのことを悟られまいと私はけんめいに話を振った。
「せ、先輩って、子供のころ女の子に意地悪した口でしょう?」
「さあて、どうだったかな? 気になる子には、ちょっかいをかける 質ではあったかな」
やっぱり、そうだと思った。
「あ、呼び方だけど、その先輩ってのは、ナシな」
「そんなこと言われても、先輩は先輩ですから」
「んじゃ、東悟で。俺は梓って呼ぶから。OK? さあ、はいどうぞ」
私の言うこと聞いてないよ、この人。
さあはいどうぞって言われても、いきなり呼び捨てになんかできるわけない。そう思うのに、期待の眼で返事を待たれたら、言ってみようか? なんて思ったりして。
「何事も練習練習。さあ、言ってみ?」
スッと更に顔が寄せられ顔に血が上り、思わず、そぞろ歩きだった足が止まる。
「と、東悟……先輩?」
更に距離がつまり、目の前、五十センチ。
「先輩は、ナシ」
ズイっと更に近づき、その距離実に、三十センチ。
うわー、イケメンは近くで見てもイケメンだぁ。
って違うっ、顔が近い、近いってばっ。
公衆の面前で何をするんだこの人!
これ以上近づいたら、きっと貧血を起こして倒れてしまう。それを回避しようと、なけなしの勇気を振り絞り、おずおずと口を開く。
「……東悟……さん?」
「さんは、いらない」
スッと近づく限界点。
近づき過ぎて、もうピンボケになった先輩の息遣いを頬に感じて、プチリと心の中で、何かが切れた。
「東悟、東悟、東悟、東悟-っ!」
やけっぱちの名前連呼攻撃で、ぜえはあ息が上がってしまった私の脇を、高校生くらいのカップルがクスクス笑いをもらしながら通り過ぎていく。その声にハッと現実に引き戻され全身に駆け巡るのは、これでもかと自己主張する羞恥心。
あああああ。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
いい年して何やってるの、私たち。
恥ずかしさでもう脳内パンク寸前の私に、これでもかと、先輩の追い打ちがかかる。
「良くできました。んじゃご褒美を」
笑いを含んだ声と共に唇に走ったのは、今までに経験したことがないほどの、柔らかい感触。
それは本当に一瞬の出来事で、何が起こっているのか理解する間もなく、その感触はすぐに消えてしまった。
近づきすぎてピンボケだった先輩の顔が少し離れて、呆然と見つめる私の目の前ですっきりと像を結ぶ。くっきり二重の黒い瞳が少し照れたような色をたたえて、それでも真っ直ぐに私の視線を捉える。
そして先輩は微かに口の端を上げて愉快そうに笑いながら、今日何度目かのセリフを吐いた。
「良くできました」と。
もう、自分の敗北を認めざるをえない。私は、この人には敵わない。
そしてたぶん、愛さずにはいられないだろうと、
驚きや羞恥心よりももっと心の奥深い場所で、私はそう感じていた。
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