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138【真実②】
しおりを挟む私をそっと抱き起した彼は、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。部屋のキーロックを外すのに、少々時間がかかってしまいました。だいぶ、怖い思いをさせてしまいましたね」
「風間……さん……」
私は、つい一カ月半前に、この部屋のお向いさん、谷田部課長宅で知り合ったばかりの、課長の幼なじみの探偵・風間太郎さんの名前を掠れる声で呟いた。
声が震えてしまったのは、抜けきらない睡眠なんたら薬の影響と、危機を脱したことへの安堵感から。
――ああ、助かった……。
最悪の事態も覚悟した。
自分の浅はかさが招いた結果だと、もう谷田部課長に顔向けできないと、そう、あきらめかけた。
でも、助かった。
「あり……がと、ござ……ます」
「礼は、僕に君のボディーガードを依頼してきた、東悟くんに、言ってあげて下さい」
「課長……が……私の?」
「ええ」
――そうか、以前、谷田部課長が風間さんに依頼していた『新規でガード』というのは、私のボディーガードのことだったんだ……。
感謝の気持ちと、申し訳ない気持ち、そして、すっかり行動を読まれている気恥ずかしさが入り交じる。
一言でいえば、かなり、心の中は複雑だ。
「盗聴したものに何の証拠能力もない。証拠もないのに逮捕などできるものか。反対に、住居不法侵入と暴行罪で訴えてやろうか?」
すぐ近くで、膝立ちになったままの蛇親父が語り出した。縛り上げられているというのに、ニヤリと浮かべた皮肉交じりの笑みに、余裕が戻ってきたのが垣間見える。海千山千。これくらいのことで、ダメージを受ける蛇親父ではなさそうだ。
でも、風間さんの方も負けてはいない。
「おや。いろいろと、法律には詳しいようですね」
「それくらい、常識だろう」
「非常識な人が語る常識というのも、なかなか笑えるものがありますね」
「興信所だか何だかしらないが、警察が来て逮捕されるのは、むしろ貴様の方だろう」
「それは心配しなくても、もうすぐ、わかりますよ」
高圧的な男の脅しとも取れる言葉にも臆する様子はなく、鼻先で笑ってさらりとかわし、
「あ、一応、ご忠告。ちなみに今も録音継続中ですので、少し口を慎んだ方が身のためですよ」と、倍の反撃でその口を封じてしまった。
風間さんは私をソファーに横たえると、真剣な面持ちで手首の脈を取って、にこりと人好きのする柔和そうな笑顔を向けてくれる。
「すぐに東悟くんも来ますから。そうしたら病院で診てもらいましょうね」
「……」
まだうまく声が出ない私は、答えの代わりに小さくうなずき返す。
――なんだろう、この絶対的な安心感。
上背はあるけれど、けっして筋骨隆々とか言うわけではなく、どちらかというと痩せぎすでヒョロリとした体形をしていて、特徴と言えるのは、ひょうきんな丸メガネの奥のつぶらな瞳くらいで。
漂うのは、のほほんとした優しい大型の草食獣、例えばキリンのような、そんなイメージ。その風貌も、どこにでもいるごく普通のサラリーマンという感じなのに。
この人にまかせておけば大丈夫。
そう思わせる、何かがある。
もしかしたらこの人は、私が思っているよりも凄い人なのかもしれない。
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