ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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139【真実③】

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――ああ、なんだか疲れたなぁ……。

 身体の内側にわだかまっていた恐怖の残滓とともに、ふうっと、大きく息を吐きだす。

――谷田部課長、来てくれるんだ。
 きっと、怒るだろうなぁ……。
……ちょっと、怖いかも。

 あ、美加ちゃん、もしかしたら、会社で待っててくれているかも。

 ああ、もうだめ。
 眠い……。

 取り留めもない思考が、ゆるゆると浮かんでは消える。安心したせいか、意識がすうっと眠りの底に引き込まれていく。

 恐怖心はない。

 だだ、心地よい眠りに落ちる寸前のような倦怠感に包まれながら、夢と現実の狭間を、うつらうつらしていたのだと思う。

 私は風間さんと蛇親父の会話の様子を、ぼんやりとした意識の下でみつめていた。

「どうせ、東悟あたりに雇われたのだろうが、とんだ勇み足だったようだな」

 本気でそう思っているのだろう、蛇親父の声には余裕の響きが聞いて取れる。風間さんは、脈をとっていた私の手首をそっと放して立ち上がった。ヒョロリとした痩躯は、その存在感に反してやや頼りなげだ。

 彼は、少し困ったような笑みを浮かべると、ポリポリと右手の人差し指でこめかみを掻きながら静かに口を開いた。

「確かに、高橋さんのボディーガードの依頼主は谷田部東悟くんですが、実は、あなたの身辺調査に関しては、もう一人、別に大口の依頼主がいるんです」

 淡々とした言葉には大きな破壊力があった。蛇親父の顔から、さっと余裕の笑みが消える。

「大口の依頼主……?」

 困惑気に呟きを落とす蛇親父に、風間さんの『淡々攻撃』は、尚も続く。

「そう。『大口』のね。それは、あなたがよく知っている人物です。この録音データは警察ではなく、その人に渡ってこそ意味があるものなんですよ」

 息を飲む気配。蛇親父は、自分の想像が信じられないように呟きを落とす。

「……まさか、叔父貴……なのか?」

「はい、ご明察。大口の依頼主はあなたの叔父上、YATABEグループ現代表・谷田部総次郎氏です」

 見事答えを的中させた蛇親父にパチパチパチと拍手を送り、風間さんは、にっこりと会心の笑みを浮かべる。

「いくらで請け負ったのか知らないが、その金額の倍を出そう。録音データを売ってくれ」

 焦ったように早口でまくし立てる蛇親父に、風間さんは、やや声を低めてピシャリと言い渡す。

「お断りです」
「3倍、いや、5倍でもいい」

「あなたは、色々と、やりすぎたんですよ」

 落とされた小さな溜息は、風間さんのもの。

「あなたの地位や資産目当てで寄ってくる女性相手の火遊びで、満足しておけばよかったんです。今回、高橋さんに手を出したのはまずかった。彼女が、東悟くんにとって大切な人だと知った上での、この犯行。あなたは、東悟君を本気で怒らせてしまった」

「……ふん。あいつが怒り狂ったところで、痛くも痒くもないわ」

「あなたは彼を見誤っている。彼は、谷田部総次郎氏が後継と決めて育てた男です。血のつながりだけでなら、長兄の遺児であるあなたが選ばれていたでしょうが、そうはならなかった。その意味を、よく考えてみることです」

「そんな御託ごたくは、どうでもいい。だからどうだというんだ? あんな運だけで叔父貴に取り入ったような男など、私は認めない」

 それに、と、蛇親父は語気を強める。

「証拠にもならない盗聴データだけでは、私は裁けない。たとえ叔父が依頼主だとしても、いくらでも言い逃れはできる」

 買収がかなわないと悟ったのか、蛇親父は開き直る作戦に出たようだ。

「まあ、高橋さんの件は、用意周到で狡猾なあなたなら、そのくらいやってのけるでしょう。でもこちらの件は、そうはいかないですよ?」

 風間さんが手を伸ばしたのは、割れたワイングラスや、ひっくり返ったワインボトルが散乱したテーブルの上。

 手に取ったのは、放り投げられたままだった赤いワインまみれの白い紙片。

 金額の書かれていない、小切手だった。


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