ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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137【真実①】

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『高橋さん、大丈夫ですか!?』

 再び耳朶を叩いた救いの声に、私の意識は闇の淵から現実へと強引に引き上げられる。

――この、声は……。
 聞くものを安心させるような、温かみを持った、この声音は――。

 名前を呼ばれただけなら、願望が生んだ空耳かもしれないと思っただろう。でも、空耳ではありえない。その証拠に、私を抱え、ベット・ルームへと向かっていた男の足の動きが、ぴたりと止まった。

「――貴様、誰だ?」

 明らかに動揺の色が隠せない様子の男の低い声が、広い空間に虚ろに響く。

 この部屋に私たち以外の人間がいないことは、この男自身が一番よく知っているはず。いないはずの第三者の声が、室内で上がったのだから、厚顔無恥な蛇親父も、さすがに動揺しているのだろう。男は私をその場で床に降ろすと、声の主の姿を求めて周囲をぐるりと見渡し始めた。

 飲まされた薬の効果で、まだ身体に力が入らない私は、冷たい大理石調のオフ・ホワイトの床に横たわったまま、その様子を見ていることしかできない。

『谷田部凌。あなたの罪状は明らかです。それ以上、罪の上塗りは止めなさい』

 動きながら声を発しているように、幾分語尾が乱れて、ノイズが混じる。肉声と言うよりは、何か機械を介して流れる、そう、まるでラジオの音源のようだ。

「ここか!?」

 声の出所を辿っていた男が手に取ったのは、床に転がっていた、私のハンドバック。乱暴に金具を外して、中身を床にぶちまける。すかさず定期券サイズの黒い箱を手に取り、指先でクルクルと回して、茫然としたようすで呟きを落とした。

「盗聴器……か?」

――盗聴器……?
 どうして、そんなものが私のハンドバックに?

 盗聴器なんて物騒なモノを持ち歩く危ない趣味は持ち合わせていない。考えられるのは、私の知らないうちに、『誰か』が、ハンドバックに入れた可能性。

 いったい、誰が?
 何か、見落としている気がする。
 でも、ノロノロと亀並にしか回らない思考では、答えにたどりつかない。

『ご名答。最新式の送受信機能付き高性能盗聴器ですよ』

 出来の悪い生徒を褒めたたえる教師のように、喜色満面な声が、男の手にする黒い箱から流れ出す。

『ちなみに、あなた方の会話はすべて録音済みですので、あしからず』

 悪びれない、ひょうひょうとした言い回しが癇に障ったのか、男は『チッ』と、低い舌打ちを鳴らして唸るように声を絞り出す。

「……貴様、何者だ?」

『そんなの、決まっているでしょう――』

 ガチャリと、ドアを開けて部屋に入って来たその人は、どこかチェシャ猫めいた笑みを浮かべて、愉快気に言い放った。

「正義の味方ですよ」

 床に横たわったままの私にチラリと、『大丈夫だよ』と言うみたいに優しげな視線を投げて、その人は男には目もくれずに、まっすぐ私の元へ歩み寄る。

「何を、ふざけたことを――」

 阻もうと身を乗り出した男をひらりとかわしざま、右手で男の右手首を掴んで進行方向に引き倒し、すかさず両足を払いのける。

 一連の動きに無駄はなく、流れるように滑らかで美しささえ感じてしまう。相手の動きや力を利用して相手を制する、合気道――と言われる類の武術かもしれない。

「うっ……」

 一瞬にして、その身を床に沈められてしまった男は、動くこともできずに、うつぶせのまま苦悶のうめき声を上げている。

「警察が来るまで、そのまま少し大人しくしていてくださいよ」

 自称正義の味方さんは、うつぶせで唸っている男の手を腰の後ろでクロスさせ、どこからともなく取り出した細身の縄で器用に縛りあげた。痛みの余波に顔をしかめながらも膝立ちになった男の目は、憤怒のあまり血走っている。

「警察だと? 何の容疑だ? 言っておくが、この女は自分からここにきたのであって、私が強要したのではないからな」

「まあ、その辺は、録音したものを分析してもらえば、はっきりするでしょう」

 向けられる、射抜くような鋭い視線にも動じる様子はみじんもなく、正義の味方さんは、苦笑を浮かべて肩をすくめた。

 そのまま男には目もくれずに、床に横たわる私の元へ、足早に歩み寄ってくる。


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