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147【真実⑪】
しおりを挟む「昔から君は、何に対しても一生懸命だった。不器用なくせに、こうと決めたら頑固で、ぜったい自分を曲げない――」
一生懸命、不器用、頑固。
ほめられているのか、けなされているのか。判断がつかない私は、反応に困ってしまう。
「いくら無理だって言っても、ムキになって突き進んでいくんだ」
ゆっくりと、課長の仮面が、はがれていく。谷田部課長という大人な上司の仮面ではなく、私がよく知っていた、恋人、榊東悟の素の顔が見えてくる。
「失敗しても失敗しても、絶対あきらめなかった。そんなひたむきさが、俺にはまぶしくて――」
まっすぐ向けられる課長の瞳は、なんだかとても優しい色合いに見えて、私は言葉もなくその声に耳を傾けた。
「誰よりも、愛おしかった……」
『ダレヨリモ、イトオシカッタ』
ストン――と、心の一番奥深い場所に落ちた言葉は、見事に私の琴線に触れた。もう、これ以上ないってくらい、甘く綺麗な音色を上げて心の隅々に響き渡る。
「な……んで……」
心に共鳴するように、全身が、震えていた。こみ上げてくる熱い波が、抑えきれない。
今まで、必死になって抑えてきた色々な感情が一気に噴き出して、後から後から涙に姿を変えてあふれ出してくる。ついでに鼻水もあふれ出してきて、もう、私の顔は『ダム決壊状態』だ。
「な……んで?」
今、この場面で、そんな顔をして、そのセリフを言うのか。
どうしてくれるのよ、この惨状を。
ああ、やだ。
なんで、私、こんなに泣いているんだろう。
悲しいんじゃない。
悔しいんでもない。
私は、嬉しいんだ。
たとえ過去形であっても、自分を『愛おしかった』と、『誰よりも、愛おしかった』と言ってくれた。
その言葉が嬉しい。
あふれ出すものを止める術もなく、大人気もなく『えぐえぐ』と、しゃくりあげていたら、フワリと抱き込まれた。すっぽりと、力強い腕の中に包み込まれてしまった私は、それでも、ただ泣いていた。
「そんなに、泣かないでくれ……」
困ったような囁きが、耳元に落とされる。
抱きしめるのではなく幼子をあやすような柔らかい抱擁に、こみ上げるのは募る想い。溢れんばかりの、愛おしさ。
――ダメだって、イケナイって、頭の隅で誰かが囁いている。それでも、この温もりをふりほどけない。この想いが誰かを傷付けても、何かに背いても、それでも私は、この腕を振りほどきたくなかった。
このまま、この温もりに包まれたまま、時が止められたら、どんなにいいだろう。でも、現実にはそんな奇跡は起こるはずがない。
「……とうとう言ってしまったな」
課長はポツリとつぶやくと、私の背に回していた両腕をすうっと外して、まるで『お手上げ』というように、小さくバンザイしてみせた。
そう、ちょうど、『ホールド・アップ』するみたいに。
そんなに力いっぱい抱きしめられていたわけじゃない。すっぽりと、包み込まれていただけ。なのに、とたんに襲ってきた喪失感に耐えられずに、私は思わず自分をかき抱いた。
――分かっている。
これが、ボーダーライン。
これ以上は、踏み込んだらダメだ。
そう、必死に自分に言い聞かせていたのに――。
領空侵犯してきたのは、課長の方だった。
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