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157【真実㉑】
しおりを挟む「何を愚痴ってるんだ俺は。いい年をして、我ながら往生際が悪いな」
苦笑を口の端に浮かべた課長は、気合いを入れるように自分の両頬をペちりと叩いた。そうしてもう一度、私の両肩に手をかける。
向けられるのは真剣そのものの、深い色を湛えたまっすぐな瞳。その眼差しの強さに気おされて、私は、思わず一歩後ずさった。
トンと、さして広くもないエレベーターの壁に背中が当たり、ビクリと身をすくませる。
「高橋さん」
「は、はいっ」
低い声で名を呼ばれ、背筋がしゃきんと伸びる。
「じゃない……、梓」
若干トーンダウンした声でなぜか苗字ではなく名前で呼び直されて、目を瞬かせた。
「は、はい?」
「梓、俺は――」
課長が意を決したように口を開いたまさに、その瞬間。チーーーーンと物悲しい音を上げて、無情のベルが鳴った。
「……着いたな」
「……着きましたね」
奪力したような課長の呟きに私も小さくうなずいて呟き返す。
『さあ着いたぜ、とっとと降りろ。本日の営業は終了だ!』、とばかりに、重い音を響かせてゆっくりとドアが開いた。時間が深夜なだけに、1階のフロアも明かりが落とされていて人気はまったくない。
課長と私は、それぞれ足元に寂しげに転がっていた荷物を淡々と手にして、つかのまの密室から足を踏み出した。
何かを語るには、エレベーターの昇降時間は短かすぎたらしい。
うっかり、場所柄を失念していた。そんなこと、冷静に考えれば分かりそうなものなのに。テンパっていたのは、私だけじゃなかったみたいだ。不意にこみ上げたのは、笑いの衝動。
――やだ、おかしい。
肩を並べて数メートル歩いたところで、二人同時に『プッ!』と、噴き出した。
笑っちゃだめだ。
そう思えば思うほど、笑いの衝動は抑えきれない。
――だ、だめだ。腹筋が、痛い。
「何、笑ってるんだ?」
ワザと怒ったような低めた声音に、チラリと視線を上げて目を合わせれば、とうのご本人様も相好を崩している。
「課長だって、笑ってるじゃないですか」
「笑ってない」
「笑ってます」
類は、友を呼ぶ?
不器用になってしまうのは、誰のせい?
良い年をした大人が二人して、何をやってるんだか。
くすくす笑いが、止まらない。
夜間の出入り口になっている救急用玄関を抜けて外へ出れば、そこは夜の帳に包まれていた。シンと静まり返った広いアスファルト敷きの駐車場に、二人の歩く足音だけが響いている。
低い、どっしりとした足音は、課長。
やや高めの、軽い足音は、私。
同じリズムを刻むその響きは、とても優しく心に響く。
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