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158【真実㉒】
しおりを挟む駐車場にとめてあったのは、ごく普通の白い乗用車。以前、ケガをした美加ちゃんを迎えに行ったときに乗せてもらったのと、同じ車だ。
荷物を後部座席に乗せて、私は助手席におさまった。飾りっ気のない車内に、思わず頬が緩む。たぶん、乗ろうと思えばどんな高級車だって乗れるんだろうに。
自分の力と経済力を見せつけるよううに、会社の前にリムジンを乗り付けたどこぞの蛇親父に、課長の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
あんな強欲野郎を選ばずに課長を後継者に選んだというなら、きっと谷田部総次郎と言う人は、人間の本質を見抜く目を持っているのだろう。
なんだか、まだ見ぬその人の人となりが見えるようだ。
――そうよね。
九年前、課長を救ってくれた人だもの。
きっと、良い人に違いない。
課長なら、どんな仕事も完璧にこなして立派な後継者になるんだろう。そうなったら、ますます遠い存在になっちゃうな……。
――って、あれ?
不意に、あることに気付いてしまった私は、シートベルトを締める手を止めた。
それは素朴な疑問だった。
「どうした?」
日本屈指の大企業グループを統べる人物。
その後継者として選ばれた人間。
そんな人がなぜ、傘下企業でもない太陽工業の一課長をしているのだろう?
「え……っとあの、課長は、いずれご実家の事業を継がれるんですよね?」
課長は、私の問いに痛い所を突かれたような渋面を作った。
「もともと太陽工業に来たのは、木村課長が復帰するまでの代打でいいからと、社長に頼まれたから――」
「そう、なんですか」
「というのは、建前」
――建前? ということは、裏に隠れた真実があるってこと?
「親父の……、死んだ親父の携わっていた、鉄骨建築の仕事をしてみたかった。それが、本音」
そう言って、課長は少し照れたように笑う。
「谷田部の義父も、谷田部のしがらみのない会社で働くのもいい社会勉強になるだろうからと、最長1年の約束で許可してくれたんだ」
――最長1年の期間限定……。
「そうだったんですか……」
「まあ、親父が経営していたのは、鉄工所というよりは『鍛冶屋さん』といった方がいいような、小さな町工場だったけど、いつだって活気があふれていて――」
在りし日の懐かしい風景に思いを馳せるように、課長は優しく目をすがめる。
「ただの鋼材が刻々と姿を変え確実に形作られていく、その過程を見ているのがガキの頃は好きだった」
それが誇らしかったと、淡々と語るその表情から垣間見える亡き人への憧憬の想いに、胸が熱くなる。
同じだ。
私も、課長と同じ想いを、死んだ父に抱いている。
大工だった、父。
何の変哲もない木材が、その手で、命を吹き込まれていく。
まるで魔法でもかけられたようなその様を、驚きと尊敬の眼差しで見つめていた、幼い日々。
たぶんあの日々があるから、こうして今、私は、建築に携わる仕事に就いているのだと思う。
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