ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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156【真実⑳】

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 脳内で、『おててーつないでー』の、ノスタルジックなメロディが、リフレインしている。

――課長が、変。やっぱり、変だ。

 その場の、雰囲気?
 気まぐれ?
 特に、意味はない?
 それとも、何か、特別な意味があるの?

 病室を出てエレベーターに向かうさして長くもない距離をよろよろとヨロメキ歩きながら、課長のこの奇行の理由を忙しなく考えてみる。が、エスパーならぬ常人の私には、課長の心の中など見えるわけもなく。

 エレベーターの前に着いたときに、これはさすがに本人に聞くしかない、と覚悟を決めて口を開いた。

「あの、課長……?」

 呼びかけてはみたものの、なんと言葉を続ければいいのか分からず、繋がれた手にぎゅっと力を込める。

「うん?」
「手……」
「うん」

 課長は、私の驚きも戸惑いもみんな分かっているように、穏やかな笑みを浮かべている。その笑顔から答えを読み取ろうと必死で見つめるけど、私には分からない。課長が何を考えているのか、ちゃんと言葉にしてくれなきゃ、わからない。

 切ないような、やるせないような、もどかしいような。複雑に絡み合った感情が、心の中をかき乱す。ふと、風間さんが言い残していった課長へのアドバイスが、脳裏に浮かんだ。

『君は、昔っから、肝心な時に言葉が足りない』。本当にそうだ。でも、それは課長だけじゃない。私も言葉が足りない。想いを言葉にする、勇気が足りない。

『あなたが、好きです』。たったそれだけのこと。単純明快で簡単な言葉。なのにどうして、こんなにも口にすることが難しいのだろう。

 迷う心を急かすように、薄闇にチンとエレベーターの到着を知らせるベルの音が鳴り響く。ゆっくりと開く扉の向こう側へ手を引かれたまま乗り込み、扉が閉まった次の瞬間だった。

「あー、もう、限界」

 ボソリとため息交じりの呟きをもらした課長は、手に持っていた荷物を床に落とした。否、ほとんど放り投げた。次に私が肩にかけていた荷物も掴んで、同じように床に投げ落とす。

――な、なに?
何か、気に障った?

 気付かないうちに何かやらかしたんだろうかとギョッと身をこわばらせていると、両肩を掴まれて顔を覗き込まれた。笑いを消したその表情は、怒っているように見えなくもない。

「か、課長……?」
「ダメだな」

 課長は憤ったように、ボソリと言葉を吐き捨てた。

「は、……はい?」

『ダメ』って、何がダメ?
 意味が、ぜんぜん分からない。

 課長の言いたいことが理解できない私は、困り果てて無言で見つめ返すしかできない。

「ったく、風間の言う通りだ。だから、俺は……」

『ダメなんだ』と消える語尾を飲み込み、課長は苛立ったように自分の前髪を手のひらで、わしゃわしゃっとかき回した。額に落ちかかる前髪が、眉間に刻まれた縦ジワを覆い隠す。

 自分の言葉の足らなさに、苛立ってるの?
 なんとなくそう理解したけど、肝心の課長が何を言いたいのかが想像できない。

「風間に言われるまでもなく、自分の言葉の足らなさは俺自身が一番よく分かっている――けど、そうそう昔みたいに、自分の気持ちだけをぶつけるわけにはいかないじゃないか」

『自分の気持ちだけをぶつける』

 その言葉に、ドキンと鼓動が大きな音を上げる。



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