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第7章 再びの嵐の向こう側
127 再びの嵐①
しおりを挟むワインを注ぎ終わったとき、高崎さんが口を開いた。
「ありがとう。見ての通り、連れが帰ってしまってね。一杯だけでいいから、付き合ってくれないか?」
「えっ!?」
予想外の誘いの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げた。
――相手に逃げられたからって、ここで私を誘いますか、ふつう。
「あ、申し訳ございません。あいにく仕事中ですので……」
そう言ってぺこりと頭を下げて踵を返そうとしたとき、ふいに高崎さんの手が伸びてきて手首をつかまれた。
――えっ!?
突然のことに驚いて、反射的に腕を引いたら『ガチャン』と派手な音を立ててワイングラスが倒れてしまった。幸い、グラスは割れなかったものの、こぼれた赤ワインが高崎さんの袖とズボンの膝のあたりを濡らしている。
「す、すみませんっ!」
慌てて膝をつくと、セットしたばかりのナプキンで濡れてしまった高崎さんの服を拭こうとするけど、ナプキンは赤ワインを吸っていて使い物にならない。
「今、お拭きしますので、少々お待ちくださいっ」
部屋の中でナプキンの代わりになるものは、ベッドの枕元にセットしてあるティッシュペーパーくらいしかない。私は慌てて立ち上がると、ソファーセットの向こう側、部屋の奥にあるクイーンサイズのベッドの方へ足を向けた。
ベッドの枕元のティッシュボックスをつかんで、ソファーセットの方へ身をひるがえしたその時、すぐ背後に立っていた人物にドン、と体がぶつかった。
「あ、すみませ……!?」
謝罪の言葉を言い終わるよりも早く、私の体は強い力で背後に押し倒された。
――え、何?
驚きで一瞬、思考が止まる。
見開いた視線の先、すぐ目の前に、覆いかぶさるように私の肩の上に両手をついた高崎さんの顔があった。
二ヤリ、と歪な笑みをその口元に張りつけ、欲望に目をぎらつかせたその顔を、私はただ驚きの眼で見つめた。
「な、……にを?」
するんだ、このすっとこどっこい!
いくら元婚約者だって、やっていいことと、悪いことがあるでしょう!?
驚きは、せりあがってくる恐怖を蹴り飛ばし、すぐさま憤りに転化した。
「どいてくれませんか、お客様」
私は、一度大きく深呼吸して怒りを逃してから、極力落ち着いた声でそう言った。
一応、仮にも『お客様だ』。
もちろん『何してくれるんだコノヤロウ』っていう怒りの気持ちを瞳に込めて、相手を見据えるのを忘れない。
友好的とは程遠い視線が交錯する中、高崎さんは面白そうに口の端を上げる。
――この人は、こんなふうに歪んだ嗤い方をする人だっただろうか?
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