後ろ向きな工房店主は、泣き虫新人君にベタ惚れです! - 幻影角燈の夜 -

二ッ木ヨウカ

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5. 毎朝の日課

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 毎朝の散歩は、病後のヴィクトールに体力をつけさせるためにロジウムが勧めたものだった。最初は嫌々村の中をうろついていたヴィクトールだったが、今ではすっかりルーティンとなっている。

 裏手にある住居用の玄関から外に出ると、朝のしんとした空気が頬を刺した。寝起きの頭が覚醒していくようで気持ちがいい。店の前の広場を横切ったヴィクトールは、今日は古城の横を通って湖畔の方に行くことにした。
 融雪魔法のかかっている広場を抜け、城の左側に伸びる道を進む。石畳の道の横にはまだ腰くらいまで雪が山になっている。だが、氷のまばらに浮かぶ湖面は確実に春が近づいていることを告げていた。対岸にうっすら見えるのは、「機械の国」ヘレヴィリアのラクレル村である。冬はスケート、夏はボートで30分もあれば行けるので、隣国だが一番交流がある地域だ。

「ふー……」

 湖畔の遊歩道、立ち並ぶ魔道具店の前を歩きながらマフラーを外す。襟元をぱたぱたさせ、服の中にこもった熱を外に追いやる。
 薄手のコートにしてはいたものの、ヴィクトールの体はそれすらも必要ないほど熱くなっていた。何せついに今日カイが来るのである。興奮するなというほうが無理だ。
 雪の上を走り回り、叫びながら湖に飛び込みたい気分だった。勿論そんなことをしたら「ついにゼーアの奴が発狂したか」と思われるだけだろうから自重するが、それでも足取りはいつもより軽い。

湖畔をしばらく歩いて村の端まで行き、せかせかと工房に戻る。いつもよりだいぶ早く戻ってきてしまったようで、ロジウムはまだ毛づくろいの最中だった。
 手持ち無沙汰でうろうろしていると、「邪魔」と睨まれる。まだ先だとわかってはいても、あとカイが来るまでどれくらいなのか、気になって懐中時計を何度も確認してしまう。元々多くの職人が住んでいた家なので、ダイニングにある机もそれに合わせて異様に大きい。その端に座り、突然気になってきた白い輪じみを指先でこすっていると、フンと呆れたような鼻息がした。白い毛むくじゃらの手がヴィクトールの前に丸パンとコーヒーを置く。朝のお決まりのメニューである。

「いつ来るのよ、カイは」
「夕刻の乗合で来るって」

 完全に見透かされている。手元の懐中時計に投げかけた視線をさりげなくそらしながらヴィクトールは答えた。乗合とは乗合馬車のことで、下の街とクラコット村を往復する便が日に2度走っている。
 自分用にミルクとパンを用意し、ダイニングの斜め前に腰掛けたロジウムは首を傾げた。毛づくろいを終えたばかりの長い毛がふわりと弾む。

「乗合? 箒とか樽で飛んでくるんじゃないの? エックハルトのところで魔法の修業してたんじゃなかったっけ?」
「いや、カイはほとんど魔力がないんだ。魔法が得意なのは妹のアルマの方」
「あら、そうだったの」

 くるくるとロジウムは耳を動かした。コボルトは優れた鍛冶技術を持ち長命で頑強な代わりに、魔法適性が非常に低い。魔道具師に魔力は必須ではないとはいえ、やはり魔法が使えるものがほとんどだ。仲間が増えたようで嬉しいのだろう。
「それにしても、人間の成長は早いわね。あのカイが後継者として来てくれるなんて。ついこの前まで子供だったじゃないの」
「まだ後継者と決まったわけでは……」
「そうだヴィー、あんたカイと結婚したらいいじゃない! そうすれば逃げられる心配もないし、アンタも伴侶ができて一つの火で2つの鉄塊が融かせる一石二鳥でしょう? アタシもヴィーがいつ死ぬか気を揉まなくて済むし」
「ロジー……頼むからカイの前でそれは口にしないでくれよ」

 ロジウムにとってこの工房が何よりも大切なのはヴィクトールも理解しているつもりだ。おそらくヴィクトール以上に現状を憂いていることも。だが、そんな言い方はないだろう。

「なによ。相手が同性じゃ不満? 結婚すれば情が湧くから大丈夫よ」
「そういうことじゃない」

 朝食のパンをなんとか口に押し込み、ソワソワした気持ちで作業場に向かう。どうにも集中できないので、今日はあまり考えなくていい角燈本体の組み立てや細工作業を片付けていくことにした。真鍮を溶接したり部品をメッキ液に漬けたりしているうちに、いつにも増して緩慢だった時計の針も午後を指す。
 もういいだろう。炎熱魔法で乾かした花の飾りを棚に置くと、ヴィクトールは壁のフックにかかっていたローブを取り、代わりに外した深緑色のエプロンを引っ掛けた。その横にはカイ用に新しく作ったエプロンが掛けられている。

「ロジー、カイを迎えに行ってくるから」
「はーい」

 ローブを羽織り、小さく開けた扉越しに声をかけながら、店内を覗く。ちらりと見えた室内には相変わらず客がおらず、広場の向こうで別の店のショーウインドーを眺める客がピカピカのガラスの向こうに見えた。カイのことでぷくぷくと沸いていた気持ちに水を差された気持ちになりながら、そっと裏手の道に出る。
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