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34. 点火

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 他の出品者たちにも声をかけながら審査員席に戻っていくレオンを見送り、炭色の角燈に近寄る。フクロウが月を抱いた意匠の、あの太い指から作られたとは思えない繊細で優美な角燈。その台座は他の角燈が置かれたテーブルより高く、特別なものであることを示している。羽の一本一本まで丁寧に彫られたフクロウは、今すぐにでも両翼を開いて飛び立ちそうだ――いや、きっと、角燈をつけた瞬間、このフクロウは幻影となって音もなく飛び立つのだろう。

(いつか、僕だって……)

 じっとフクロウの丸みを見つめながら、ヴィクトールは自分の中に静かに炎がつくのを感じた。
 取り巻く人はみな、ただ無言でフクロウの角燈に魅入っているようだった。見る人の魂を引き付けて捕らえてしまう、不思議な魅力がある。ちらちらとした光の反射が、フクロウの羽が風に逆立つ様子のようだ。
 素敵だ、と思う。だが、敵わない、とは今のヴィクトールは思わなかった。繋いだままだったカイの手に力を込める。今すぐには無理かもしれない。だが、カイとなら、いつか越えられる気がした。

(まあ、それまでいてくれたら……だけど)

 じっとレオンの角燈を見つめるカイを見下ろす。その顔は真剣そのものだ。しばらく角燈を見つめたのち、後ろの群衆に押されるように前から離れる。

「そういえばさ、今回エックハルトとアルマは呼ばなかったの?」
「ん?」

 ヴィクトールが振り向くと、後ろではロジウムがいつの間にか屋台で買ってきた花びら揚げを頬張っていた。二世花を象った薄く白い揚げパイは、口に入れると甘く崩れていく夏のお祭りの名物だ。

「呼んだんですけど、なんか忙しいみたいで」

 ロジウムから貰った花びら揚げをサクリと齧り、カイが答えた。ヴィクトールの誘いや頼みをめったに断らないエックハルトにしては珍しいことだ。ボロボロと口元からこぼれるパイの欠片を手で受け止め、「ちょ、これ美味しいですけど食べづらくありません?」と困った顔をするカイ。

「それはね、カイ。そういう食べ物なの。諦めなさい。にしても、せっかくの晴れ舞台なのに残念ね」
「まあ、そのうちまた機会はあると思いますし。2人に見られてると思うと余計に緊張するんで来なくてほっとしましたよ」

 来なくてほっとした、という点はヴィクトールも同意である。未だに、どんな表情でエックハルトに接したらいいのか分からない。ただ、ヴィクトールがエックハルトから聞いた理由と、カイがアルマから告げられた理由は異なっているようだった。

(「アルマの体調が悪いから」って言ってたけどな……)

 彼女を差し置いて自分1人で楽しむのも嫌だから、と申し訳なさそうな声色を出したエックハルトはその割に若干にやついていた、というのをここでカイとロジウムに教えたら後でアルマが激怒するに違いない。また無神経なことを、と思いながらヴィクトールは自分の心中にそれをしまっておくことにした。いずれ分かるだろう。
 ロジウムの持った紙袋から花びら揚げを取り、口に放り込む。粉砂糖のかかった薄い生地が、軽い歯ごたえを残して消えていく。

 幻影披露はすぐに始まった。観光客、他の魔道具師たちに混じり、広場の隅から舞台の上を食い入るように見る。本当は家の2階の窓から見たほうがよく見えるのだが、なんだかじっとしていられなかったのだ。
 各工房が、製作者が順に彼らの角燈を点け、観客の前にかざす。竜が飛び、宝石のような踊り子が舞い、極上の料理が輝いた。伝説の古代王朝を再現したものがあり、リスとウサギが歌い、荒野を往く旅人がいた。
 それぞれが、持てる想像力と技術を最大限に使い、彼らの全力を表現している。
 夏の終わりに、一時の夢を見せる――まさに、幻影。

 あっという間に日は傾き、ヴィクトールたちの番が近づいてきた。

「いよいよですね」

 舞台袖から前のヨウメイ工房の発表を覗いたカイが小声で囁いた。夏らしい、爽やかなバカンスとアップテンポの音楽、弾ける水滴と輝く太陽の幻影だ。震える背中に手を置き、声を出さずに頷き返す。
 拍手と共に壇上の女性が戻ってくると、ついにヴィクトールたちの番だ。

『エントリーナンバー118、クラコット村 ゼーア工房!』
「行こう」

 拡散魔法の掛けられた司会の声に合わせ、二人で壇上の中央に立つ。

『第二十三代、当代ヴィクトール・ゼーアになってからの沈黙を破り、ついに今年、最古の幻影角燈工房であるゼーアが復帰の狼煙を上げます! 題名は「二世花の海」、クラコット村に伝わるエミールとクリスティーネの民話をモチーフとしております。見どころは村をそのまま切り取ったかのような自然描写と、繊細で美しい人物の表情です。ゼーアらしいロマンチックでクラシカルな幻影をご照覧あれ!』

 ヴィクトールは頭を上げ、客席を見た。一番前列の審査員席にレオンが、中ほどにロジウムがいるのが見える。それだけではない。用意された椅子に座っている人、その後ろで立ち見している人、会場にいる全員が壇上にいるヴィクトールとカイに注目していた。
 司会の声が余韻を残して消え、耳が痛いほどの沈黙があたりを支配する。

(僕らのすべてを、ぶつけてやる)

 言葉も合図も、もう必要ない。破壊的なまでの思いを込めて客席を睨んだヴィクトールが小さく息を吸って角燈を持ち上げると、横に立ったカイがそこに点火した。二人の手を重ね、客席の前に幻影角燈を掲げる。
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