5 / 49
第壱話
5
しおりを挟む
「お前の言う通り、邪魔者を排除したいからといって、異世界へ放り出すなど、通常では考えれんことだ。そうあることではない――が、容易ではなくとも出来ぬものでもない」
「……え?」
呆然としている私を他所に、朱皇くんは話を進める。その話の、特に後半部分によって我に返った私に、朱皇くんの口は重苦しいものを吐き出すように語る。
「何処へと繋がるとも知れぬ、異界への扉が存在するのだ。それを見付け、数百の命を捧げれば扉は開く。命といっても、生き物であれば何でも構わぬらしいからな。虫を含めれば数は何とかなるだろう。そこへ邪魔者を放りこめば、帰る標を持たない限りその者は元の世界には戻れないという話だ」
「……そ……」
そんな。自分にとって邪魔だからってだけで、そんなことされてしまうくらいなら、私だったら一思いに殺して欲しい。だって、これから先、朱皇くんはどうやって生きていけばいいの? 私でいいならずっと一緒にいてもいい。だけど、迂闊に外に出ることも誰かの目に触れさせるのも危険だ。朱皇くんの姿は、好奇の目に晒されるか、異形の者として扱われるだろう。完全に見せ物として扱われるか、研究対象として色々実験されてしまうかもしれない。
だからといって籠の中の鳥のようにしてしまうのは辛い。
仮に朱皇くんが今のままの姿であるなら、或いは私一人でも何とか守ってあげられるかもしれないけれど、もしもこの先、あるべき姿へと戻ったり、成長するようなことがあったら、とても隠し続けることは出来ずに守れなくなってしまうだろう。
どうしよう。私なんかじゃきっと無理だ。でも私が何とかしなきゃ。朱皇くんがこの世界でも幸せに生きられるように。息苦しい思いをさせないように、ちゃんと外に出ても大丈夫そうなところに連れて行ったりして、それから――。
「青子」
呼ばれて、気が付くと朱皇くんが私の隣に来ていて、両手で私の腕を優しく掴んでいた。
「お前にこれ以上世話になるつもりはない。だから安心しろ。そのように思い詰めた顔をするな」
「でも」
「俺は諦めてはいない。どうしても戻らねばならん。兄上を支えると決めていた。俺は皇帝になるには向かない男だ。微力ではあるが支える側に回るのが正しい。俺がこのような事態に陥った今、現皇帝の身も危うい気がする。俺がいなくなっただけで事が済むならば良いのだが、それだけで終わらぬ気がするのだ」
正直なところ、朱皇くんの話の全てをそのまま鵜呑みにしてはいなかった。
それは、朱皇くんの姿をもってしても尚、信じることが出来ないからというのじゃなくて、あまりにも私が知っている日常とかけ離れ過ぎていて受け止めきれていないからだと思う。
一応は信じているつもりでも、この先、朱皇くんをどうすべきか考える方を優先させてしまって、朱皇くん自身の言い分を聞こうともしないで、軽く……本人が抱えている重さと秤にかければということであって、決して軽んじているつもりはない……聞き流し過ぎていたことに気付いた。
そうだ。朱皇くんは帰りたいのだ。ここに留まるなんて選択肢を手にしてはいなかった。
「わ、私も、協力するよ!」
意気込んで言うと、朱皇くんは一瞬目を丸くさせ、それから少し迷惑そうに見える表情になる。
「何故? お前に何の得がある?」
「だって、無事に帰れたかどうか気になるよ」
「気にするな」
「なっちゃうに決まってるでしょう? 朱皇くん、こんななんだよ?」
身分の高さに戸惑ったけれど、この世界ではそれは通用しないからと、ひょいと朱皇くんを抱き上げる。
「うぅっ」
暴れるかと思ったけれど、尻尾は煩わしげに払うような動きをさせただけだった。
「標さえあれば……」
くっ、と唇を噛み締める朱皇くん。
思わず抱き締めるとさすがに今度は暴れ始め、もがいた手の爪が私の首筋を引っ掻いた。
「いたっ……」
思わず声をあげ、朱皇くんを離さないままに首筋に手をあてる。指先にぬるりとした感触があって、確認すると結構な量の血が。
「あ……すまない、青子」
「うん。大丈夫だよ。絆創膏貼るから手伝って貰ってもいいかな?」
怯えたような朱皇くんの頭を撫で、ティシュペーパーで軽くおさえようとした時だった。
「あ、れ?」
立ち上がろうとした膝から力が抜けた。再び座り込むかと思われたのに、絨毯はおろか床の感触がなかった。
途端に視界が真っ暗になり、抱き締めたままの筈の朱皇くんの存在も感じない。
何が起きたの? 何が起きてるの?
闇の中で浮かんでいる状態なのか、全ての感覚が失われてしまったのか分からず、手足を動かしてみるものの、そうしている自覚はあるのに実際にはどうなのか自信がない。
やだ、怖い!
首筋を切ったから、私は死んでしまったのだろうか。たったあれだけの傷で。
朱皇くんに協力するって言ったのに。死んだら駄目なのに。
怖い。怖い。怖い。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。何もない闇の中、私は溶けて消えていくのか。
せめて、あの小さな子が元の世界へ戻れますように。
お父さんお母さん、藤四郎くん……どうか元気で……。
そのまま意識を手放すものだと感じていた。薄らいでいくそれを嘆く間もなく、もう終わりなのだと諦めていた。
けれどすぐにまた意識は浮上していき、同時に視界に光が差し込んだかと思うと――。
「………え?」
私は何故か自分の部屋ではなく外にいて。
獣耳と尻尾を生やした人たちが行き交う往来の真ん中に座り込んでいたのだった。
「……え?」
呆然としている私を他所に、朱皇くんは話を進める。その話の、特に後半部分によって我に返った私に、朱皇くんの口は重苦しいものを吐き出すように語る。
「何処へと繋がるとも知れぬ、異界への扉が存在するのだ。それを見付け、数百の命を捧げれば扉は開く。命といっても、生き物であれば何でも構わぬらしいからな。虫を含めれば数は何とかなるだろう。そこへ邪魔者を放りこめば、帰る標を持たない限りその者は元の世界には戻れないという話だ」
「……そ……」
そんな。自分にとって邪魔だからってだけで、そんなことされてしまうくらいなら、私だったら一思いに殺して欲しい。だって、これから先、朱皇くんはどうやって生きていけばいいの? 私でいいならずっと一緒にいてもいい。だけど、迂闊に外に出ることも誰かの目に触れさせるのも危険だ。朱皇くんの姿は、好奇の目に晒されるか、異形の者として扱われるだろう。完全に見せ物として扱われるか、研究対象として色々実験されてしまうかもしれない。
だからといって籠の中の鳥のようにしてしまうのは辛い。
仮に朱皇くんが今のままの姿であるなら、或いは私一人でも何とか守ってあげられるかもしれないけれど、もしもこの先、あるべき姿へと戻ったり、成長するようなことがあったら、とても隠し続けることは出来ずに守れなくなってしまうだろう。
どうしよう。私なんかじゃきっと無理だ。でも私が何とかしなきゃ。朱皇くんがこの世界でも幸せに生きられるように。息苦しい思いをさせないように、ちゃんと外に出ても大丈夫そうなところに連れて行ったりして、それから――。
「青子」
呼ばれて、気が付くと朱皇くんが私の隣に来ていて、両手で私の腕を優しく掴んでいた。
「お前にこれ以上世話になるつもりはない。だから安心しろ。そのように思い詰めた顔をするな」
「でも」
「俺は諦めてはいない。どうしても戻らねばならん。兄上を支えると決めていた。俺は皇帝になるには向かない男だ。微力ではあるが支える側に回るのが正しい。俺がこのような事態に陥った今、現皇帝の身も危うい気がする。俺がいなくなっただけで事が済むならば良いのだが、それだけで終わらぬ気がするのだ」
正直なところ、朱皇くんの話の全てをそのまま鵜呑みにしてはいなかった。
それは、朱皇くんの姿をもってしても尚、信じることが出来ないからというのじゃなくて、あまりにも私が知っている日常とかけ離れ過ぎていて受け止めきれていないからだと思う。
一応は信じているつもりでも、この先、朱皇くんをどうすべきか考える方を優先させてしまって、朱皇くん自身の言い分を聞こうともしないで、軽く……本人が抱えている重さと秤にかければということであって、決して軽んじているつもりはない……聞き流し過ぎていたことに気付いた。
そうだ。朱皇くんは帰りたいのだ。ここに留まるなんて選択肢を手にしてはいなかった。
「わ、私も、協力するよ!」
意気込んで言うと、朱皇くんは一瞬目を丸くさせ、それから少し迷惑そうに見える表情になる。
「何故? お前に何の得がある?」
「だって、無事に帰れたかどうか気になるよ」
「気にするな」
「なっちゃうに決まってるでしょう? 朱皇くん、こんななんだよ?」
身分の高さに戸惑ったけれど、この世界ではそれは通用しないからと、ひょいと朱皇くんを抱き上げる。
「うぅっ」
暴れるかと思ったけれど、尻尾は煩わしげに払うような動きをさせただけだった。
「標さえあれば……」
くっ、と唇を噛み締める朱皇くん。
思わず抱き締めるとさすがに今度は暴れ始め、もがいた手の爪が私の首筋を引っ掻いた。
「いたっ……」
思わず声をあげ、朱皇くんを離さないままに首筋に手をあてる。指先にぬるりとした感触があって、確認すると結構な量の血が。
「あ……すまない、青子」
「うん。大丈夫だよ。絆創膏貼るから手伝って貰ってもいいかな?」
怯えたような朱皇くんの頭を撫で、ティシュペーパーで軽くおさえようとした時だった。
「あ、れ?」
立ち上がろうとした膝から力が抜けた。再び座り込むかと思われたのに、絨毯はおろか床の感触がなかった。
途端に視界が真っ暗になり、抱き締めたままの筈の朱皇くんの存在も感じない。
何が起きたの? 何が起きてるの?
闇の中で浮かんでいる状態なのか、全ての感覚が失われてしまったのか分からず、手足を動かしてみるものの、そうしている自覚はあるのに実際にはどうなのか自信がない。
やだ、怖い!
首筋を切ったから、私は死んでしまったのだろうか。たったあれだけの傷で。
朱皇くんに協力するって言ったのに。死んだら駄目なのに。
怖い。怖い。怖い。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。何もない闇の中、私は溶けて消えていくのか。
せめて、あの小さな子が元の世界へ戻れますように。
お父さんお母さん、藤四郎くん……どうか元気で……。
そのまま意識を手放すものだと感じていた。薄らいでいくそれを嘆く間もなく、もう終わりなのだと諦めていた。
けれどすぐにまた意識は浮上していき、同時に視界に光が差し込んだかと思うと――。
「………え?」
私は何故か自分の部屋ではなく外にいて。
獣耳と尻尾を生やした人たちが行き交う往来の真ん中に座り込んでいたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
モブっと異世界転生
月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。
ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。
目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。
サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。
死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?!
しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ!
*誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる