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第壱話
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「お前の言う通り、邪魔者を排除したいからといって、異世界へ放り出すなど、通常では考えれんことだ。そうあることではない――が、容易ではなくとも出来ぬものでもない」
「……え?」
呆然としている私を他所に、朱皇くんは話を進める。その話の、特に後半部分によって我に返った私に、朱皇くんの口は重苦しいものを吐き出すように語る。
「何処へと繋がるとも知れぬ、異界への扉が存在するのだ。それを見付け、数百の命を捧げれば扉は開く。命といっても、生き物であれば何でも構わぬらしいからな。虫を含めれば数は何とかなるだろう。そこへ邪魔者を放りこめば、帰る標を持たない限りその者は元の世界には戻れないという話だ」
「……そ……」
そんな。自分にとって邪魔だからってだけで、そんなことされてしまうくらいなら、私だったら一思いに殺して欲しい。だって、これから先、朱皇くんはどうやって生きていけばいいの? 私でいいならずっと一緒にいてもいい。だけど、迂闊に外に出ることも誰かの目に触れさせるのも危険だ。朱皇くんの姿は、好奇の目に晒されるか、異形の者として扱われるだろう。完全に見せ物として扱われるか、研究対象として色々実験されてしまうかもしれない。
だからといって籠の中の鳥のようにしてしまうのは辛い。
仮に朱皇くんが今のままの姿であるなら、或いは私一人でも何とか守ってあげられるかもしれないけれど、もしもこの先、あるべき姿へと戻ったり、成長するようなことがあったら、とても隠し続けることは出来ずに守れなくなってしまうだろう。
どうしよう。私なんかじゃきっと無理だ。でも私が何とかしなきゃ。朱皇くんがこの世界でも幸せに生きられるように。息苦しい思いをさせないように、ちゃんと外に出ても大丈夫そうなところに連れて行ったりして、それから――。
「青子」
呼ばれて、気が付くと朱皇くんが私の隣に来ていて、両手で私の腕を優しく掴んでいた。
「お前にこれ以上世話になるつもりはない。だから安心しろ。そのように思い詰めた顔をするな」
「でも」
「俺は諦めてはいない。どうしても戻らねばならん。兄上を支えると決めていた。俺は皇帝になるには向かない男だ。微力ではあるが支える側に回るのが正しい。俺がこのような事態に陥った今、現皇帝の身も危うい気がする。俺がいなくなっただけで事が済むならば良いのだが、それだけで終わらぬ気がするのだ」
正直なところ、朱皇くんの話の全てをそのまま鵜呑みにしてはいなかった。
それは、朱皇くんの姿をもってしても尚、信じることが出来ないからというのじゃなくて、あまりにも私が知っている日常とかけ離れ過ぎていて受け止めきれていないからだと思う。
一応は信じているつもりでも、この先、朱皇くんをどうすべきか考える方を優先させてしまって、朱皇くん自身の言い分を聞こうともしないで、軽く……本人が抱えている重さと秤にかければということであって、決して軽んじているつもりはない……聞き流し過ぎていたことに気付いた。
そうだ。朱皇くんは帰りたいのだ。ここに留まるなんて選択肢を手にしてはいなかった。
「わ、私も、協力するよ!」
意気込んで言うと、朱皇くんは一瞬目を丸くさせ、それから少し迷惑そうに見える表情になる。
「何故? お前に何の得がある?」
「だって、無事に帰れたかどうか気になるよ」
「気にするな」
「なっちゃうに決まってるでしょう? 朱皇くん、こんななんだよ?」
身分の高さに戸惑ったけれど、この世界ではそれは通用しないからと、ひょいと朱皇くんを抱き上げる。
「うぅっ」
暴れるかと思ったけれど、尻尾は煩わしげに払うような動きをさせただけだった。
「標さえあれば……」
くっ、と唇を噛み締める朱皇くん。
思わず抱き締めるとさすがに今度は暴れ始め、もがいた手の爪が私の首筋を引っ掻いた。
「いたっ……」
思わず声をあげ、朱皇くんを離さないままに首筋に手をあてる。指先にぬるりとした感触があって、確認すると結構な量の血が。
「あ……すまない、青子」
「うん。大丈夫だよ。絆創膏貼るから手伝って貰ってもいいかな?」
怯えたような朱皇くんの頭を撫で、ティシュペーパーで軽くおさえようとした時だった。
「あ、れ?」
立ち上がろうとした膝から力が抜けた。再び座り込むかと思われたのに、絨毯はおろか床の感触がなかった。
途端に視界が真っ暗になり、抱き締めたままの筈の朱皇くんの存在も感じない。
何が起きたの? 何が起きてるの?
闇の中で浮かんでいる状態なのか、全ての感覚が失われてしまったのか分からず、手足を動かしてみるものの、そうしている自覚はあるのに実際にはどうなのか自信がない。
やだ、怖い!
首筋を切ったから、私は死んでしまったのだろうか。たったあれだけの傷で。
朱皇くんに協力するって言ったのに。死んだら駄目なのに。
怖い。怖い。怖い。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。何もない闇の中、私は溶けて消えていくのか。
せめて、あの小さな子が元の世界へ戻れますように。
お父さんお母さん、藤四郎くん……どうか元気で……。
そのまま意識を手放すものだと感じていた。薄らいでいくそれを嘆く間もなく、もう終わりなのだと諦めていた。
けれどすぐにまた意識は浮上していき、同時に視界に光が差し込んだかと思うと――。
「………え?」
私は何故か自分の部屋ではなく外にいて。
獣耳と尻尾を生やした人たちが行き交う往来の真ん中に座り込んでいたのだった。
「……え?」
呆然としている私を他所に、朱皇くんは話を進める。その話の、特に後半部分によって我に返った私に、朱皇くんの口は重苦しいものを吐き出すように語る。
「何処へと繋がるとも知れぬ、異界への扉が存在するのだ。それを見付け、数百の命を捧げれば扉は開く。命といっても、生き物であれば何でも構わぬらしいからな。虫を含めれば数は何とかなるだろう。そこへ邪魔者を放りこめば、帰る標を持たない限りその者は元の世界には戻れないという話だ」
「……そ……」
そんな。自分にとって邪魔だからってだけで、そんなことされてしまうくらいなら、私だったら一思いに殺して欲しい。だって、これから先、朱皇くんはどうやって生きていけばいいの? 私でいいならずっと一緒にいてもいい。だけど、迂闊に外に出ることも誰かの目に触れさせるのも危険だ。朱皇くんの姿は、好奇の目に晒されるか、異形の者として扱われるだろう。完全に見せ物として扱われるか、研究対象として色々実験されてしまうかもしれない。
だからといって籠の中の鳥のようにしてしまうのは辛い。
仮に朱皇くんが今のままの姿であるなら、或いは私一人でも何とか守ってあげられるかもしれないけれど、もしもこの先、あるべき姿へと戻ったり、成長するようなことがあったら、とても隠し続けることは出来ずに守れなくなってしまうだろう。
どうしよう。私なんかじゃきっと無理だ。でも私が何とかしなきゃ。朱皇くんがこの世界でも幸せに生きられるように。息苦しい思いをさせないように、ちゃんと外に出ても大丈夫そうなところに連れて行ったりして、それから――。
「青子」
呼ばれて、気が付くと朱皇くんが私の隣に来ていて、両手で私の腕を優しく掴んでいた。
「お前にこれ以上世話になるつもりはない。だから安心しろ。そのように思い詰めた顔をするな」
「でも」
「俺は諦めてはいない。どうしても戻らねばならん。兄上を支えると決めていた。俺は皇帝になるには向かない男だ。微力ではあるが支える側に回るのが正しい。俺がこのような事態に陥った今、現皇帝の身も危うい気がする。俺がいなくなっただけで事が済むならば良いのだが、それだけで終わらぬ気がするのだ」
正直なところ、朱皇くんの話の全てをそのまま鵜呑みにしてはいなかった。
それは、朱皇くんの姿をもってしても尚、信じることが出来ないからというのじゃなくて、あまりにも私が知っている日常とかけ離れ過ぎていて受け止めきれていないからだと思う。
一応は信じているつもりでも、この先、朱皇くんをどうすべきか考える方を優先させてしまって、朱皇くん自身の言い分を聞こうともしないで、軽く……本人が抱えている重さと秤にかければということであって、決して軽んじているつもりはない……聞き流し過ぎていたことに気付いた。
そうだ。朱皇くんは帰りたいのだ。ここに留まるなんて選択肢を手にしてはいなかった。
「わ、私も、協力するよ!」
意気込んで言うと、朱皇くんは一瞬目を丸くさせ、それから少し迷惑そうに見える表情になる。
「何故? お前に何の得がある?」
「だって、無事に帰れたかどうか気になるよ」
「気にするな」
「なっちゃうに決まってるでしょう? 朱皇くん、こんななんだよ?」
身分の高さに戸惑ったけれど、この世界ではそれは通用しないからと、ひょいと朱皇くんを抱き上げる。
「うぅっ」
暴れるかと思ったけれど、尻尾は煩わしげに払うような動きをさせただけだった。
「標さえあれば……」
くっ、と唇を噛み締める朱皇くん。
思わず抱き締めるとさすがに今度は暴れ始め、もがいた手の爪が私の首筋を引っ掻いた。
「いたっ……」
思わず声をあげ、朱皇くんを離さないままに首筋に手をあてる。指先にぬるりとした感触があって、確認すると結構な量の血が。
「あ……すまない、青子」
「うん。大丈夫だよ。絆創膏貼るから手伝って貰ってもいいかな?」
怯えたような朱皇くんの頭を撫で、ティシュペーパーで軽くおさえようとした時だった。
「あ、れ?」
立ち上がろうとした膝から力が抜けた。再び座り込むかと思われたのに、絨毯はおろか床の感触がなかった。
途端に視界が真っ暗になり、抱き締めたままの筈の朱皇くんの存在も感じない。
何が起きたの? 何が起きてるの?
闇の中で浮かんでいる状態なのか、全ての感覚が失われてしまったのか分からず、手足を動かしてみるものの、そうしている自覚はあるのに実際にはどうなのか自信がない。
やだ、怖い!
首筋を切ったから、私は死んでしまったのだろうか。たったあれだけの傷で。
朱皇くんに協力するって言ったのに。死んだら駄目なのに。
怖い。怖い。怖い。
目を開けているのか閉じているのかすら分からない。何もない闇の中、私は溶けて消えていくのか。
せめて、あの小さな子が元の世界へ戻れますように。
お父さんお母さん、藤四郎くん……どうか元気で……。
そのまま意識を手放すものだと感じていた。薄らいでいくそれを嘆く間もなく、もう終わりなのだと諦めていた。
けれどすぐにまた意識は浮上していき、同時に視界に光が差し込んだかと思うと――。
「………え?」
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