異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

文字の大きさ
12 / 49
第参話

しおりを挟む
 ぐるるるる~っ!

 お腹から響いた空腹を訴える悲痛な叫びに、私はハッとして目を覚ます。
 ……うん? 覚ます?
 私、いつ眠ってしまっただろうか。と、頭の中でクエスチョンマークを浮かべたところで、背後から「くくくっ」と笑う声が聞こえ、ガバリと跳ね起きた。
 
「だ、誰っ!?」
 
 鋭い声で誰何した私は、しかしすぐに硬直し、顔を赤くさせることになる。
 
「誰、とは……寂しいことを言う。この姿が余程気に食わんのだろうな、お前は」
 
 焦げた飴色のスツールに腰掛けて、和綴じの冊子を片手にこちらへ視線を流している美しい青年。雄々しい印象の中で、大きめな目がやや幼さを放ってはいるが、力強い輝きに射竦められ、男前過ぎてクラクラしそうな人が、そこにいる。漆黒の柔らかそうな髪から飛び出した獣の耳が愛嬌を添えているが、それは決して飾りなどではない。
 
「い、今の、きっ聞こえ……」
「当然だろう? 例え扉を隔てた先にいたとしても、しっかりと捕らえられただろうな。あの大きさでは」
「うぅっ……」
 
 恥ずかし過ぎて、布団を掻き抱いて顔を埋める。
 朱皇くんと再会して、安心してしまったからか、号泣してしまったということだけでも恥ずかしくて堪らないのに、そのまま眠ってしまったのは仕方ないにしても、まさかまさか、あんな大きなお腹の音を聞かれてしまうなんて。
 
「そう恥じ入るな。何か用意させよう。青子はその間に顔でも洗っておくといい。目の周りが腫れているからな」
「えっ? あ、うん。そっか、そうだね」
 
 朱皇くんの言葉に頷きながら、のそのそと寝台から下りようとし、ハッと口に手をあてる。
 
「あ、あ、ああの」
「どうした? ああ、場所が分からないか。俺が案内してやるからついてこい」
「それもあるけど、そうじゃなくて……なく……ないんです。私、普通に話してしまっていて……ごめんなさ……申し訳ありません」
「――は?」
 
 ささっと立ちあがり、寝癖がないかだけでもと手櫛で整えてから、深く頭を下げる。
 
「それに、朱皇、様は、体調を崩してらっしゃるとお聞きしていたにも関わらず、私が占領してしまうなんて――」
「青子」

 頭を下げたまま続けていた言葉を遮られる。いつの間にか正面に立たれていたらしく、視界に朱皇様の履いているブーツの先が入り込んでいた。
 
「お前は、変に態度を改めるな。そんな必要はないし、俺は望んじゃいない」
 
 頭の上に手がのせられ、くしゃりと撫でられた。
 
「で、でも……」
「取り敢えず頭を上げろ」
「……はい」
 
 その手はまだ私の頭の上に置かれていたけれど、動きを押さえ付けるようなものではなく。私は恐る恐る顔を上げ、ちらりと見上げた目を朱皇様から僅かに逸らせた。
 
「お前、 向こうにいた時と態度変え過ぎだ。気分が悪い」
「――っ、ご、ごめんなさい……」
「俺が知っているのは、お人好しでお節介で、こちらの見た目が幼いからと慎みも持たずに抱きついて来るような、無礼な人族であるお前だ」
「うっ……」
 
 無礼。と言われてしまうと、そうだったかもと思えることがいくつかあって、少しばかり泣きたくなる。

「だから、俺の前ではそのままでいろ。でなければ、お前自身が近いうちに壊れてしまう恐れがある」
「――えっ?」
 
 壊れてしまう? 私が?
 
 思わず真っ直ぐに朱皇くんの瞳を見つめた。
 強い輝きの中に揺らめきが見える。
 そこに映り込んでいる私が、揺らぐ。
 
「お前を知っているのは、俺だけだ。一日と経っておらずとも、そう短くもない時間を共に過ごした。あの時間にあった、あの世界での青子を、俺だけが知っている。それを失わぬように、これまで通りのお前でいろ」
「……」
 
 目頭が、熱くなる。
 朱皇くんは、私に居場所を作ろうとしてくれているのだ。そう分かって。

「うん……。ありがとう、朱皇くん」

 言って笑うと朱皇くんも笑顔になる。
 幼い姿の朱皇くんの面影が、当然ながらそこにあって、胸がきゅんとなった。

「体調はもういいの?」
 
 二人で廊下へ出たところで早速訊ねてみる。その前に人気がないのを確認したのは、やはり皇子様を相手にタメ口をきくというのは、咎められるものではないかという考えがあったからだ。
 幸いにも、長く真っ直ぐに伸びる廊下には誰の姿も見えない。それはそれで、何者かに異世界へ飛ばされた被害者だというのに、無警戒にも程があるような気がして心配になった。

「身体の方に異常があったからな。一気に一段階を越えて若返り、また元に戻ったことで、骨だの筋肉だの臓腑などに影響があっても仕方ないことだ」
「? 一段階?」
 
 おかしな言い方だと思った。十歳以上とか、年齢や年数で言うなら分かるけど、段階って何だろう。
 
「説明していなかったか? 俺たち狼族は……妖狐族もそうだが、成長に段階がある。生まれたばかりの幼生期が一年。お前と会ったあの姿は、その次の段階である幼年期、それが十年。続いて少年期を八年経た後、今の俺の段階である青年期となる。これが二十年。壮年期が十年。老年期が長くて二十年」
「えっと……七十歳くらいまでしか生きられないってこと?」
「まあ、そこまで長生きしないのが普通だな」
「……そんな……」

 年齢ではない、他の区切り方があったことに驚きだったけれど、同時にその寿命の短さにも驚かされた。
 短い……。そう、短いんだ。七十歳なんてまだまだ先のことだけれど、私がいた日本では、高齢化社会と言われているくらいに、九十歳だの百歳だのっていうお年寄りが元気に暮らしていけているから。

「こっちだ」
 
 言われるままについて歩く。
 廊下はいつの間にか外に出ていく通路に変わっていた。ちょっとした古民家風の建物が石畳の先に見える。

「洗面などはあそこで済ませるのだ。必要なものは揃っていると思うが、なかったら言ってくれ」
 
 頷き、離れのものを利用しろということだろうか、などと考えながら中に入ってまた驚いた。
 その建物は、お風呂とトイレと洗濯にのみ使われているようだったからだ。
 懐かしいような雰囲気の中に高級な旅館のような風情もあり、汚れなど殆ど見られない。そんな中でちょっと緊張しながら顔を洗ったりトイレに行ったりして、母屋となる建物の方を見る。
 岩のような壁に囲まれた小さな洋館のようなそれを中心として、空中にドーム型の幕が掛かっている。その幕の近くまで飛んできた鳥が、幕を避けるように方向を変えていく。
 一羽だけでなく、連なって飛んできた数羽も同様に。

 先程、人の姿が見えないことについて心配になった私だったけれど、もしかするとそれは杞憂だったのかもしれないと思った。
 あれは、もしかすると結界というものかもしれない。
 以前見たアニメでの知識からそう判断し――改めて、自分が異世界に来ているのだと実感したのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーレムです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

モブっと異世界転生

月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。 ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。 目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。 サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。 死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?! しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ! *誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...