異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

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第参話

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 朱皇くんに再び案内されて食堂に向かい、用意して貰った量の多いお粥――丼に入ったたまご粥の上には紅生姜の素揚げがのっていて美味しかった。体調が優れない朱皇くんでも食べられて消化の良いものとして用意されていたものらしい――を二人で食べ終えてから、私はここが朱皇くんの家なのか、といった質問を始めた。
 皇子様というのはお城に住んでいるものだと思っていた。その言葉に対して朱皇くんは先ず首肯しゅこうしてから。
 
「部屋は居住棟にあるが、今はこの屋敷に移っている。丹思の母親のものだが、幼い頃からこちらに入り浸っていたからな」
 
 と、黒檀の長いテーブルの向かいの席で、視線を丸窓の外へと向けながら答えてくれた。
 朱皇くんのお母様は、朱皇くんが幼い時に亡くなられているらしく、時を同じくして産まれた丹思様のお母様を乳母として育てられていたらしい。その丹思様のお母様も一昨年亡くなられていて、今回の一件を警戒した丹思様が、数多の妖狐族が仕えているというこの屋敷での静養をすすめたらしかった。
 朱皇くんのお母様が亡くなられていたことや、幼い頃なら恋しさが倍増して寂しかったんじゃないかと可哀想に思う半面で、二人のお父様である皇帝の、同時に二人の女性に愛情を傾けていたことに対する複雑な思いが生じた。
 
「皇帝が側室を抱えるのは当然のことだ。また、側室だからといった偏見もない。ただ、丹思の場合は少し事情が違うがな」
 
 私の表情を読み取ったようにそう言った朱皇くんだが、丸窓の方からテーブルの上へと移った視線が僅かに悲しげに見える。

「丹思様の母君は、黒狼族と妖狐族との『混じり物』でしたから」
「!」
 
 不意打ちのように食堂に響いたその声は、先程まで姿のなかった妖狐族の少女のものだった。少女と言っても見た目がそうであるだけで、実際の年齢は朱皇くんも知らないらしい。ただ、朱皇くんが幼い頃から姿が変わっていないということだけで。
 その少女――栞梠かんりょさんは、狼族のものより少し大きな耳をぴくぴく跳ねさせながら、私の後ろを通り、丼をさげる。この屋敷に住み込みで働いている給仕さんのようなものだと教えられたけれど、朱皇くんを前にしてもへりくだったりするような様子はない。朱皇くんの方も、まるでお姉さんを相手にするかのような態度でいるから、朱皇くんが皇子様なのだということを忘れてしまいそうになる。
 一方、栞梠さんの言葉に抗議するような溜息をついた朱皇くんは、キロリと栞梠さんに睨まれ、小さく唇を尖らせた。
 
「黙っていることでもないでしょう。青子様のお耳に入れておくことに否やもありますまいに」
「お前の言い方が気に入らない」
「どう言い繕ったところで『混じり物』は『混じり物』。それ以外の何物でもありません」
「あるだろ、言い方。混血とか」
「とか?」
「! ……混血とか」
「他にあるような言い方で止めるなら、その先を続けて欲しいものです」

 はあ、と今度は栞梠さんが溜息をついた。

「では言葉を変えまして。その混血ですが、特に忌まれているものではありません。ただ、皇族だけが純血を好まれているだけなのです。それ故、丹思様はこの度の後継者争いから弾かれてしまいましたが、それで良かったとわたくしたちは思っております。あのお優しい丹思様が、権力を手に入れようと企む輩の毒牙にかかることなく済むのでしたら、これ以上の喜びはありません」

 淡々と話す栞梠さんの表情も、人形のように感情を読み取ることが難しい。

「ああ、勿論、朱皇様のご無事な帰還も喜ばしいことです。行方知れずとなっていた間の丹思様の鬱ぎ込み様と言ったら、見ていられませんでしたから」
「はいはい。それはどうも。丹思が元気なら何よりだからな、お前たちは」
「当然です。――只今、お茶をお持ち致しますので、少しお待ち下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
 
 こちらに頭を下げられて、慌てて返すと、栞梠さんは小麦色の尻尾を揺らせながら奥へと消えていく。
 あの狐の尻尾というのも、ふわふわしていそうで触ってみたい欲求にかられてしまう。朱皇くんの尻尾も、小さい姿の時以上にもふもふしているから、うずうずして仕方ないのだけど、今の姿の朱皇くんの尻尾と戯れるのは、私には出来そうにない。それに今は、そんなことに気を取られている場合でもないし。
 
「あの……丹思様は?」

 上品に口元をナプキンで拭いている朱皇くんに訊ねる。ちなみに食べ終えてすぐにも拭いていたから、神経質なところがあるのだろう。

「紅世兄上の葬儀の件で動いているのだろう。俺も出席するつもりではあったが、千茜ちせん兄上に止められてしまったのでな」

 紅世様というのが、暗殺されたという第二皇子で、千茜様というのが第一皇子だよね。と頭の中で確認する。
 
「朱皇くん、お葬式に出られないの?」
「それどころか、この屋敷から出ることも許されていない」
「また、狙われるかもしれないから? ここが一番安全だからってこと?」
「俺が戻っていることを知られないようにする為だ。一応犯人は外部にいることになっているからな」
「一応……?」
「城にいた俺をあっさり拐えたんだ。外から簡単には忍び込めんし、偶々見掛けたからといった偶発的な所業じゃない。内部の者が実行していないとしても、手引きするなり何なりしていなければ成し得なかっただろう。だから表向きは外の者を疑っているとしているんだ。――あまり効果は期待出来んが、兄上が決めたことだからな。俺はそれに従うまでだ」

 そう言いながらも朱皇くんの表情は暗い。当然だ。異世界に飛ばされていた間に危惧していたことが起きてしまっていて、葬儀にも参列出来ないなんて、辛すぎる。

「他の――えっと、国民の人たちって、紅世様が亡くなられた事情とか、知らないのかな」

 蒼慈さんは、私に暗殺者の疑いがあるみたいなことを言っていた。だから、もしもあの場所にいた人たちがそういった事情を知っていたら、最悪、あの場で袋叩きに遭っていたのじゃないかと思う。けれどそんなことはなかったし、ただの怪しい人物扱いだったから、知らなかったんじゃないかと思った。

「病死ということになっている。皇帝の退位表明も表沙汰にはされていないから、暗殺を疑う者はいないだろう。俺のことも元々、病気だの何だのと取り繕う手配だっただろうから、ここに軟禁状態になっていたところで、誰も不思議に思ったりはしない」
「……」
「紅世兄上が殺されて、その時に俺も死体が見付からないだけで、何処かで殺されている可能性があるからと、危うく合同葬儀になるところだったらしいが、それを取り下げてくれたのが千茜兄上と丹思だったそうだ。異世界に飛ばされているとは考えも及ばなかったものの、絶対に生きていると信じてくれていた」

 少しでも状況が知りたくて訊ねたことだったけれど、話を聞いている途中で酷なことだったのじゃないかと後悔した。でも、自分が生きていることを信じてくれていたと話す朱皇くんの口元がようやく綻んでくれたから、私も安堵して微笑む。
 千茜様がどういった方かは知らないけれど、朱皇くんが皇帝にと推している方だし、丹思様については良い印象ばかりを既に受けていたから、そういった支えとなる人たちがいて良かったと思い――同時に、少し寂しさが生じていた。
 私はどうしてここにいるんだろう。なんて、考えても仕方ないことを思って。
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