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第参話
始
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ふう、と大きく息をつきながら、黒狼族の青年が一人掛けのソファに身を沈めた。
その前方を半円を描いて囲むように、妖狐族の少年少女が片膝をつく。
否、少年や少女の姿をしてはいるが、その年齢は見た目通りとはいかない。妖術を扱うことから姿形を変化させられるものと考えられている為、好んで若々しい姿に化けているのだと他の種族から認識されているが、百年二百年を越える長命である彼らは、一定の年齢に達すると成長が止まってしまうのである。故に、老いた姿を晒している者こそが化けているのであるが、それを知る者は他種族にはいない。
まだ成長が止まる前の者も勿論含まれていたが、目の前の青年より年長である者たちが多い中、しかしそれでも青年を軽んじている者はおらず、皆が忠誠を捧げているようだ。
そんな彼らの様子など気に止めた風もなく、青年は異世界から来た娘について思いを馳せていた。
初めてその姿を目にした時、彼女は無表情だった。涙を流していたことから泣いていたことは分かったが、その後も暫くは表情らしきものを窺うことは出来なかった。
もしかしたら、彼女の中では苦悶の表情を浮かべていたり、微笑んだりしたことになっていたかもしれない。瞳が僅かに揺れたりした時がまさにそういった感情の表れだったかもしれないが、見ている側としては何の変化もなかったとしか言い様がない。
それが崩れたのが、朱皇の部屋の前に立ったあの一瞬だった。或いはこの娘には感情というものが欠落しているのではないかと考えたりもしたが、それが杞憂に過ぎないと分かった時は、さすがに胸が痛んだ。
「千茜様は、何故青子様をお呼び立てするような真似をなされたのでしょう?」
沈黙が我慢出来なかったのか、一人の少女が声を上げる。この少女はいつもそうだった。自分で考えるより誰かに聞いた方が早いと思っている半面、構って貰いたくて仕方ないのである。
「さて――僕には分からないけれど、彼が青子様に興味を持たれたら、少し厄介だね」
「そうですわ。厄介ですわ!」
「彼女は僕にとっても大恩人だから、守りを強固にしなければ」
「さすがですわ! 青子様は恩人ですもの!」
「……」
青年はそこで少女に向けて「この子は本当に理解しているのだろうか」と呆れるというより面白がるような目を 向けた。狐の少女は耳をピンと立て、主が自分を見ていることを喜んで尻尾を振る。後ろに控えている者の顔に当たって押さえられても、その喜びは抑えきれないようだった。
「青子様はわたしがお守りしますっ!!」
「そうだね。お前は年も近いだろうから任せてもいいだろう。けれど、朱皇様とご一緒なされている時は遠慮してくれるかい? 随分とお気に召されているご様子だったから」
「勿論ですわ! お邪魔なんか致ひま……致しませんっ」
少女が立ち上がって力強く言う。少し噛んだところで誰も笑ったりはしない。
青年は頷き、片手を上げて皆を立ち上がらせると自身も立ち上がり。
「いいかい? 朱皇様をこの世界から追放しようとした者を早急に見つけ出すんだ。予め標を付与させていたとはいえ、ご無事で戻られたのは奇跡。皇帝が求められているより強く、この国を治めるべきは朱皇様であると神が定めている証。朱皇様の治める国が僕の在るべき場所。どうかこの僕の助けとなってくれ」
「御心のままに!」
青年の願いを受け、少年少女たちが深く頭を垂れる。
その一人一人へと向ける青年の瞳は、いつの間にか元のものとは色を変え、深紅に染まっていた。
その前方を半円を描いて囲むように、妖狐族の少年少女が片膝をつく。
否、少年や少女の姿をしてはいるが、その年齢は見た目通りとはいかない。妖術を扱うことから姿形を変化させられるものと考えられている為、好んで若々しい姿に化けているのだと他の種族から認識されているが、百年二百年を越える長命である彼らは、一定の年齢に達すると成長が止まってしまうのである。故に、老いた姿を晒している者こそが化けているのであるが、それを知る者は他種族にはいない。
まだ成長が止まる前の者も勿論含まれていたが、目の前の青年より年長である者たちが多い中、しかしそれでも青年を軽んじている者はおらず、皆が忠誠を捧げているようだ。
そんな彼らの様子など気に止めた風もなく、青年は異世界から来た娘について思いを馳せていた。
初めてその姿を目にした時、彼女は無表情だった。涙を流していたことから泣いていたことは分かったが、その後も暫くは表情らしきものを窺うことは出来なかった。
もしかしたら、彼女の中では苦悶の表情を浮かべていたり、微笑んだりしたことになっていたかもしれない。瞳が僅かに揺れたりした時がまさにそういった感情の表れだったかもしれないが、見ている側としては何の変化もなかったとしか言い様がない。
それが崩れたのが、朱皇の部屋の前に立ったあの一瞬だった。或いはこの娘には感情というものが欠落しているのではないかと考えたりもしたが、それが杞憂に過ぎないと分かった時は、さすがに胸が痛んだ。
「千茜様は、何故青子様をお呼び立てするような真似をなされたのでしょう?」
沈黙が我慢出来なかったのか、一人の少女が声を上げる。この少女はいつもそうだった。自分で考えるより誰かに聞いた方が早いと思っている半面、構って貰いたくて仕方ないのである。
「さて――僕には分からないけれど、彼が青子様に興味を持たれたら、少し厄介だね」
「そうですわ。厄介ですわ!」
「彼女は僕にとっても大恩人だから、守りを強固にしなければ」
「さすがですわ! 青子様は恩人ですもの!」
「……」
青年はそこで少女に向けて「この子は本当に理解しているのだろうか」と呆れるというより面白がるような目を 向けた。狐の少女は耳をピンと立て、主が自分を見ていることを喜んで尻尾を振る。後ろに控えている者の顔に当たって押さえられても、その喜びは抑えきれないようだった。
「青子様はわたしがお守りしますっ!!」
「そうだね。お前は年も近いだろうから任せてもいいだろう。けれど、朱皇様とご一緒なされている時は遠慮してくれるかい? 随分とお気に召されているご様子だったから」
「勿論ですわ! お邪魔なんか致ひま……致しませんっ」
少女が立ち上がって力強く言う。少し噛んだところで誰も笑ったりはしない。
青年は頷き、片手を上げて皆を立ち上がらせると自身も立ち上がり。
「いいかい? 朱皇様をこの世界から追放しようとした者を早急に見つけ出すんだ。予め標を付与させていたとはいえ、ご無事で戻られたのは奇跡。皇帝が求められているより強く、この国を治めるべきは朱皇様であると神が定めている証。朱皇様の治める国が僕の在るべき場所。どうかこの僕の助けとなってくれ」
「御心のままに!」
青年の願いを受け、少年少女たちが深く頭を垂れる。
その一人一人へと向ける青年の瞳は、いつの間にか元のものとは色を変え、深紅に染まっていた。
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