異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

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第陸話

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「章杏が内通者……? そんな馬鹿な」
 
 妖狐族の青年たちが顔を見合わせながら呟く。栞梠さんに向けてではなく、自分たちだけの内緒話としているのは、栞梠さんの言葉を疑う訳ではないが間違いであって欲しいという思いがあるからだろう。
 間違いであって欲しい。それは私だって同じだ。だって章杏さんは――。
 
「確かに、食糧庫の中に腐りやすいものを入れて、薬のにおいを誤魔化そうとしたみたいっすけど……」
「!」
 
 玖涅くんが蒼慈さんに告げるのが聞こえ、ハッとそちらを見る。私の視線に気付いた玖涅くんと、玖涅くんの言葉に訝る様子を見せた蒼慈さんが、玖涅くんの目線を追うようにこちらを向いた。
 私を支えてくれている朱皇皇子も「何だ?」と二人の方へ問い掛ける声を投げた。
 
「あ、いや、あのあの……」
 
 途端に挙動不審になる玖涅くん。蒼慈さんの陰に隠れようとしたけれど、蒼慈さんに頭を小突かれて逆に前に出させられてしまう。
 耳を垂れさせて、私に助けを求める眼差し。けれどすぐにそれを振り払おうとするように頭を振ると、私に視線を定めたまま語り始める。
 棚の中にあったドライフルーツに睡眠薬が混入されていたこと。何があっても私を守ることを前提として、それを私に食べさせて眠らせたこと。潜んでいた者を捕らえたけれど、一人だということが解せないということ。そして、章杏さんが手を貸したように思えなくない結果になっているけれど、本当に内通者であったのかということについては疑問があるということ。
 
「だってあの狐――青子になついてるみたいだったし、丹思様に自分の手柄を伝えるよう、何度も青子……サン、に念押ししたりしてたんで、どうも、その……」
 
 玖涅くんの言葉に私は強く頷いた。
 途中、私の名を呼ぶのに呼び捨てから辿々しく敬称をつけられたものに変わったのは、私の隣にいる皇子が視界に入ってしまったからだろう。下手に視線を動かして皇子や丹思様を目にしてしまうことを恐れて、私の方にだけ定めていたのに、距離感の感覚に問題のある皇子だから、その皇子を見ないようにすることは難しかったようだ。
 
「そうです。章杏さんはいつも、丹思様から褒めて貰えることに一生懸命でした。私が捻った足を治してくれましたし、ここまで無事に辿り着けたのも――勿論、玖涅くんがいてくれたからというのもありますけど、章杏さんのお陰なんです。そんなこと、言わなくてもそうするつもりでいたのに、それでも敢えて丹思様に報告してと口にするのは、ただ褒めて貰いっていう思いからなのだと思います。……本当に、いつだって丹思様のことだけを思っていたんです。そんな章杏さんが、その大切な方を困らせるようなことに手を貸すとは思えません!」
 
 この事態は「困らせる」という程度の言葉では済まされないものだろう。けれど「裏切り行為」だなんていう悲しい言葉を用いることは出来なかった。頭の隅に引っ掛かったその言葉を追いやって、状況を理解していないような生易しい考えだと取られかねない方を用いたのは、勿論私が章杏さんを信じているからだ。
 
「ですが、だからこそ、ということなのでしょう」
 
 私がいつもより幾分大きな声で否定をしたからか、一瞬場が静まり返る。
 しかしそんな中で栞梠さんは、淡々と私の言葉を覆そうとする。
 
「あの子はまだ幼く、忠誠と憧憬と恋慕の違いすら分からぬ程に精神が未熟です。況してや、丹思様のことになると少々盲目的になってしまうことは、わたくしたち大人でも歯止めのきかぬもの。そこを付け込まれれば、或いはわたくしたちですら同じ行動を取ってしまったかもしれません。それが否めない程に、わたくしたちは丹思様をお慕いしているのですから」
 
 栞梠さんまでもが、もしかしたら内通者になっていたかもしれない。そんな可能性の話を出されてしまうと、深い繋がりがある訳でもない私が章杏さんの心境について語るのは駄目なんじゃないかと思えてしまう。
 何も知らない部外者の癖に、知った風な口を利く。そう捉えられても仕方ないことだから。
 それでも私は――。
 
「僕も、章杏が内通していたとは考えられません。玖涅殿の見解、青子様の見解、そして栞梠の見解。どれかが間違いであるという判断も出来ません。残念ながら僕の能力は死者には通じませんから、真実はいずれ明らかになることを願うばかりです」
「――――」
 
 丹思様の言葉に、妖狐族の青年二人が頷き合う。栞梠さんの表情も僅かに引き締められたように思えた。
 消極的とも捉えられる今の発言によって、妖狐族は真実を探り始めるだろう。あれは暗にそう命じたものだったのだから。
 
「朱皇様。これからのことなのですが……」
 
 その件に関してはもう触れるまい、とばかりに丹思様が話を変えた。
 しかし、この件についても大事なことだった。丹思様のお屋敷が襲撃された以上、もう皇子を匿うことは出来ないと判断されたことと、仮にそう判断を下さなくても、私が使わせて貰っていた部屋だけでなく、あちこちの部屋が襲撃による被害で利用出来ない状態にあるらしいから、どのみち別の場所へ移動しなければならなくなってしまったのだ。
 
「俺は城に戻る。皇帝陛下にも兄上にもお目通しを叶えさせて貰いたい」
 
 お目通し?
 皇子の言葉に、なんだか妙な感じだと思った。お父さんに会うのにも許可が必要なのだろうか。そこは相手が皇帝だからという理由で無理矢理納得するにしても、千茜様に会うことまで制限されてしまっているの? 偶然とはいえ、丹思様と千茜様が顔を合わせる場面を見ているから、余計に引っ掛かる。
 
「――俺が、兄上を差し置いて次期皇帝にと、現皇帝からのお言葉があったからだ。迂闊に接触すれば、それが皇帝の場合、議事連合九大老の賛同を得ずして事を進めていると勘違いされかねんし、兄上である場合、最悪、親衛隊に取り押さえられかねん。皇帝の座を確たるものとする為に、俺が兄上を殺めようとしている、とな」
「そんな……」
 
 私の考えを読み取ったように、皇子が何処か悔しそうな表情で教えてくれた。ちなみに「議事連合九大老」とは国の政策など重要なことを決める際に、皇帝が過ちを犯さないように審議会を開き、決定権を担う人たちのことらしい。それは皇帝の継承者の選定についても同じで、いくら皇帝が朱皇皇子を推挙しても、大老たちがノーと言えばそれはかなわなくなるのだ。連合となっていたり九人もいたりするのは、この国に三つの種族――黒狼族、白狼族、妖狐族――がいるからで、各種族三人ずつ大老が存在するからだという。
 
「ああ、そうでした」
 
 皇子の言葉に、丹思様と蒼慈さんとが視線を絡ませた時、声を上げながら栞梠さんが着物の帯を後ろ手にゴソゴソと探った。
 やがて何かの書状と思しきものを手にし、折れてシワになってしまったところを撫でて直しながら、丹思様の方へ歩み寄る。
 
「千茜様の使いからこのようなものをお預かりしました。お屋敷の惨状を見て仰天なさっておりましたから、或いはお屋敷の方に千茜様がいらっしゃっているかもしれませんが」
「!? 兄上から?」
 
 そこで、大きく反応したのは皇子だった。
 身を乗り出し、一瞬だけ何故か躊躇した後に、書状を手にした丹思様の元へ駆け寄る。
 ランタンの明かりに透かすようにしながら、顔をくっ付け合って皇子と丹思様が内容に目を通す。
 その表情が、読み進めていくうちに段々と真剣なものから険しいものへと変わって行き、一体どのようなことが記されているのか気になってしまう。
 
「――栞梠。これは本当に先程?」
「はい。章杏の件をお知らせに参ろうとした矢先のことでした」
「重ねて問うが、本当に?」
「はい」
 
 何が書かれていたのか知りたくて堪らなくなっているのを知らないからだろうけど、丹思様のこの確認は焦らされたような気がした。
 難しい表情で考え込む丹思様が無理ならば、朱皇皇子はと目を向けると、険しかった様子が一転してしょんぼりした様子になって私を見ている。
 
「――」
 
 何だろう。置き去りにされようとする子犬のようで、胸が締め付けられるように苦しい。
 
「あの……?」
「拝見させて頂いても?」

 どうしたのかと訊ねかけた私の声に被り、蒼慈さんが皇子の手から書状を引き抜く。無理矢理というのではなく、皇子がだらんと下げた手にあるそれが、するりと落ちかけていたからだ。
 
「なっ――」
 
 ザッと目を走らせた蒼慈さんが絶句し、私を見る。
 つまりは、私に関する何かが記されているということなのだろう。
 
「一体、何が……?」
 
 問い掛けた私の声が不安に震えた。
 丹思様は相変わらず何かを考え、さっきより思い詰めた感じでいるし、皇子は親指の爪を噛み始め、その目はもうこちらを見てはいない。そして蒼慈さんは、手元を覗き込もうとしている玖涅くんの顔に、乱暴に書状を押し付ける。

「ブッ! ちょ、何するんすかー、もー」
 
 鼻を擦りながら文句を言う玖涅くんを気にすることなく、蒼慈さんは一度長い溜め息をこぼすと。
 
「青子さん、少々厄介なことが起こりました」
 
 そう口を開いた蒼慈さんから告げられたものは、何かの間違いだと信じたい程に、私にとって異世界に来てしまったことより非現実的で有り得なくて。

「ハアァァァッ!?」
 
 すっとんきょうな声で叫び、食い入るように書状を何度も読み返す玖涅くんが、呆けた表情で私を見た頃、私は貧血を起こして座っていた石から滑り落ちてしまった。
 
「何で、青子なんだ。何で、こんな時に……」
 
 皇子の呟きが虚しく響く。
 
「千茜殿下が、あなたを側室に迎えると仰有っているそうです」
 
 それは、先程耳にした蒼慈さんの言葉。思い返し、涙が滲んだ。
 私は黒狼族じゃない。だから、もしも千茜様と相思相愛という立場にあっても正室にはなれない。だから側室に……ということは分かる。
 だけど、どうして私が? 千茜様には既に「お気に入り」がいるんじゃなかったの?
 
「…………」
 
 視界が、回る。
 ぐらりぐらりと揺れて、回転し――そして……暗転した。
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