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第漆話
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しおりを挟む「殿下、なんてご無体な!」
朋澪さんが驚いて「私」を助け起こす。
私ではないらしい「私」も、突然のことに信じられないといった様子だったけれど、それを見下ろす千茜様の眼差しの冷たさといったら。
正面からまともにかち合ったら、生きた心地がしなかっただろう。
「何者なのかね? 青子の姿に化けられるならば、狐であろうが」
そして、その眼差しはヒタリと朋澪さんにも定められる。
「貴様も、そうではあるまい? 元の姿に戻ってみてはどうかね。このわたしを騙そうなどとは、随分と浅薄な策略だ」
どうやら千茜様は「私」が私ではないことに気付いていたらしい。
それより、朋澪さんまで本人じゃなかったなんて、それはいつから? 私のところに来たのは、誰?
「何を仰有っているのです? 私は青子です。私を妖狐が化けたものと間違えるなんて、あんまりです」
……妖狐族って、化けられるの? 狼族相手に、どんなに上手に化けても、嗅覚で分かってしまうんじゃないのかな?
「化けられますよ」
私の疑問に、章杏さんが答えてくれる。
口に出した覚えはないのだけど、もしかして考えが筒抜けだったりするのだろうか。
「今の青子様は、わたしの能力下にありますので、大変失礼かと思いますが、丸聞こえなのです」
そうなんだ。
…………。
「無になろうとしても無駄ですよ。脳は常に働いているものですから、何も考えずに長い間を過ごすことは出来ません」
「そうなんですか? なんだか物識りですね」
「丹思様の受け売りです」
そこでちょっと誇らしげに胸を張る辺り、大変可愛らしい。
「まあ、化けられる相手は決まっていますけれども」
と、章杏さんが続けた言葉と、千茜様の声が不意に重なる。
「血を」 唱和されたようなそれに、章杏さんの方が口を閉じ、引き継ぐように千茜様が先を続けた。「手に入れたのは、この為かね?」
……血?
何のことやら。と思いかけた私は、すぐに腕をおさえた。
傷つけられ、抉るようにして採取された血。貴重だからと持っていかれたそれをどう使うと言うのだろう。それに――。
「青子様の元に押し掛けたのは、青子様のご気性を知る為だったのでしょう。いつになく強い語調で話されておりましたから、それを普段の青子様のご様子と思われたのでしょうね」
「もしかして、見てました?」
「はい。少し遡った過去と、進んだ未来を断片的にではありますが、識る必要がありましたので」
「…………」
それはとても恥ずかしい。と、熱くなった頬に触れたところで、朋澪さんの声がした。
有り得ないことに「私」の口から。
「殿下、いつお分かりに?」
「先ず、青子はわたしをそのようには呼ばない」
「っ」
「それに、彼女はわたしが望んだところで、あのようにわたしのことで取り乱すことはないのだよ」
「まさか! 殿下の魅力に抗える女性などおりますまいに」
えっ?
今、千茜様がこちらを一瞥した。目が合ったように思えたのは気の所為だろう。でも、覗き見ていることを咎められたような気がして、ドキリとする。
「では、戻りましょう。どうやら間違いを犯されずに済んだようですし」
「へ?」
何が何やら分からないままに、踵を返した章杏さんの後を追うと、少しも経たないうちに、あの薄暗い場所に出てしまった。
「章杏さん。私、よく分かってないんですけど、私の血を使って朋澪さんが私に化けたということですか?」
「ええ、そうなります。そして白狼族の女性に化けていたのは妖狐族の者になります」
「どうしてそんなことを?」
あんな風に騒ぎ立てて、嫉妬深い人なのだと印象付けることで、千茜様から私を側室にすることを破棄させようとしたのだろうか。
それならそれでも良かったかな。なんて考えていると。
「いいえ、違いますよ」
あっさり否定された。
「やはり青子様はわたしたちと考え方が違うようですね」
「そんなに違わないと思いますけど……」
否定された以上、断言は出来ない。
「あの方がこちらに――いえ、正確には青子様に気付かれたことで、この先で降りかかる筈だった災いを払うことが出来ました。わたしはそれだけで満足なのです」
「『それだけ』って……その、私の為だけに……?」
「いいえ。青子様への災いは、丹思様のお心を傷めます。また朱皇様のお心を乱しますので、大変よろしくありません」
「それは」
「もしもあの方が青子様の存在に気付かず、元のままの未来を辿ったならば、戯れに青子様ではない偽者とあの方が――子を授かる営みをなさいます。それでもよろしかったですか?」
「子を……って、そんな! で、でも、私でないなら……それに、千茜様だって私じゃないことを承知で――」
「それを利用するのも、あの方の計算というもの。青子様に見られていることを知った上では、さすがに抵抗があったのでしょう」
「計算って?」
「青子様との既成事実です。お子を孕んだところで、真実の相手は白狼族の女性ということになりますが、それは彼女があの方の子を宿したとして自分の子を、皇帝に据えることを望んでいたのでありましょう」
私との既成事実なんて、そんなことの為に他人が化けた「私」を利用するというのは、かなり無理があると思うし、必要ないと思う。いや、そんなことより。
「待って下さい。それはおかしいです。だって、それじゃ千茜様は、朋澪さんのことをお認めにならないのでは?」
「その子供が赤い目を持っていれば、問題はありません」
「そんな」
「これは賭けです。『混じりもの』である子でも、それ以外に子が産まれなければ良いのですから」
「千茜様が皇帝になられたとして、ならば余計に正室を娶られるのではありませんか? 黒狼族の血統を重んじているのですから、朋澪さんの子供が皇帝になるのは難しいんじゃないですか?」
「ですが、それをどうにかしてしまえると考えてのことなのではありませんか? あの女性もまた『混じりもの』であるようですから」
そういえば、朋澪さんも妖狐族との混血だと蒼慈さんから聞いていた。だから丹思様のように妖狐たちを従えているのだとも。
ならばまさか、邪魔になるだろう他の後継者たちを殺めるということ?
――今回の紅世様の暗殺や、朱皇皇子をこの世界から追放しようとしたように。
「私の血を使った、ということは、あの黒塗りの人たちは朋澪さんが命じて……? 一連の犯人は朋澪さんだったの……?」
呟きながら、何かが違う気がした。上手く噛み合っていないような。
「章杏さんは、知っているんですか? 全てを仕組んだ犯人を」
少し遡った過去と、進んだ未来を見たと言っていた。
丹思様の元ではなく私のところに来てくれたのは、章杏さんの知っていることの中に、私の何かが必要になるからなのじゃないかと思った。
章杏さんの私への思いを疑う訳じゃなくて、幾つもあった選びきれない選択肢の中で、最終的に選ぶ決め手となるものがあった筈だ。
「――丹思様をお助け下さい」
章杏さんが私の前で膝をつき、頭を下げる。
「青子様を拐かそうとした者たちを率いていたのは、確かに白狼族の『混じりもの』です。けれど、表に出て来ない者こそ、お疑い下さいませ」
「表に出て来ない者……?」
それはどういう意味だろう。私が今まで出会った人たちは、疑わなくていいということ?
「章杏さんっ」
「どうか、丹思様をお守り下さいませ。この章杏の願いを、どうか――」
「待って」
もう会えないの? とか、それだけじゃ分からないとか、せめて、今までありがとうとか、お願いに対して安心して貰えるような返事とか、色々掛けたい言葉はあったのに、何一つ伝えられないまま章杏さんの姿が見えなくなって。
「……もう、勝手なんだから……」
ソファで眠っていたらしく、目を覚ました後にこぼしたものは、そんな悪態と涙だった。
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