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第玖話

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 城に入るとすぐに、外套姿の人たちが現れた。衛兵の姿が一人も見当たらなかったことで、それなりに警戒してはいたものの、私なんかはやはり驚いてしまう。
 皇帝が、皇子たちが訪れることを承知で刺客として彼らを放ったならば、目的も分かっているのだろう。それは丹思様が千茜様の暗殺に失敗したことで、あれこれ露見したと考えてのことだろうか。

「丹思。抑えられそうかね?」

 前方で待ち伏せと後方からの挟み撃ちどころか、すっかり囲まれてしまった状態だというのに、千茜様の様子は常と変わらない。

「それが……妖狐族ではないようです」
「ふむ。わたしの力は男にはあまり役に立てない。間引きを頼めるかね? 栞梠」
「承りました。ならば、相手にするだけ無駄な弱者たちに、恐怖を」

 栞梠さんが一歩前に出ると、玖涅くんが私から栞梠さんの姿を隠すように前に立つ。
 するとすぐに、視界の端に入っていた外套姿の人が一人、また一人と何かに怯える様子を見せ、悲鳴を上げた後に倒れていく。

「化け物め……!」

 次々と倒れていく仲間に構うこともなく、残った十数人が襲い掛かって来る。

「青子様はわたくしが」
「もう大丈夫な感じ?」
「はい」

 短いやり取りが終わると、私は栞梠さんに庇われる形で、皆の邪魔にならないよう少しずつ移動を始めた。
 半数以上が栞梠さんの幻術で堕ちたらしいけれど、効果がなかった人たちはそれだけ強いということで。

「がぁっ!!」

 千茜様の親衛隊の人たちが倒されていく。
 息はあるのだろうか。早く止血しないと間に合わなくなってしまう。

「いけません」

 せめて止血だけでもと倒れている人に近付きかけたところで、栞梠さんに制される。

「でも」
「仲間だからといちいち気にしていては身がもちませんよ」
「放っておくんですか?」
「彼らは主を守って戦ったのです。例え命を落としても悔いはございません」
「そんなの――」

 分からないじゃないですか。そう言おうとした言葉を、私は咄嗟に飲み込んだ。

「そのように思わなければ、自責の念に苛まれて精神を崩壊させるだけなのですよ」

 栞梠さんの瞳に、絶望と諦めを幾重にも折り重ねたような、暗い闇が見えた気がしたのだ。

「やっぱり弱ぇ奴は邪魔だな。そう思わないかい? 皇子様」

 そんな声につられる形でそちらを見ると、栞梠さんの幻術で倒れた仲間を、朱皇皇子の方へ蹴り飛ばした人の姿があった。

「何を言っている。邪魔なのはお前だ」

 転がって来たその仲間の身体を、屈んで片手で受け止めた皇子が、またぐのではなく避けて歩きながら、暴言を口にした相手へと向かっていく。

「ハハッ。お優しいね!」
「あれを優しいとは言わん」

 両手剣で思いきり打ち込まれた攻撃を、皇子は片手の剣で軽く流してみせた。
 勢いで前のめりになりそうだったところを、身を引いて後方にステップで下がると、今度は斜め上から斬りかかると見せ掛けた空振りからの突き。
 それらを見ているだけだからといっても、私がしっかり視認出来ていたくらいだから、皇子にとっては目を閉じていても流れが読めていた程度だったかもしれない。
 スリットの入った長い裾のひるがえる様子が綺麗だった。
 舞のようだと目が離せなくなっていたところで、別の外套姿の人が皇子へと攻撃を仕掛ける。

「ギャアッ!」
「なっ……クソッ」

 ひらりと皇子が避けたことで、その攻撃を味方が受けてしまうことになった。
 動揺している隙をついて、皇子の剣が味方を殺めてしまった人の背中に突き刺さる。
 思わず目を背けた先では、玖涅くんが子猿のように(狼族だけど)跳ねて相手を翻弄させ、蒼慈さんが斬り伏せていく。
 そして千茜様は親衛隊に守られている形ではあったけれど、積極的に交戦しているようだった。
 丹思様は、まだ息のある人たちを、通路の端に寄せていた。その意図を理解してか、皇帝からの指示なのか、丹思様を狙う者は誰もいなかった。
 栞梠さんに目を向ける。丹思様を見ていたことに気付いていたのだろう。私がお願いを口にする前に、小さく頷いてくれる。

「あ、有難うございます」

 お礼を言ってすぐに向かうのは、倒れている親衛隊の人たちのところだ。戦っている場所が少しずつ移動していく為に、彼らに近寄っても今なら問題なさそうだった。

「こちらの方は、既に亡くなられております」

 二人のうち、栞梠さんに確かめて貰った人の方は、手遅れだったらしい。怪我の深さからして倒れた時にはもう助けられる状態ではなかった、と。
 私が確認した人の方は、まだ生きていてくれていた。刺されたのが腹部で、軽装に見える軍服のような格好の中でも、一番脆そうに思えたのだけれど、中に着用していた腹当はらあてというものによって守られたらしい。倒れてしまったのは、刺された際の衝撃が内臓に強く響いたようで、それで動けなくなってしまったのだそうだ。
 漫画とか時代劇なんかでも、人攫いが腹部を打ち付けるだけで、意識をなくしてしまうといった表現があったから、あのような感じだろう。

「お前たちには、この者たちの応急措置と選別を任せる」
「はっ!」

 一先ずこの戦いは終わったようで、親衛隊に命じると千茜様は亡くなってしまった方に手を合わせていた丹思様を呼び寄せ、何処と迷うことなく進んで行く。
 この時間ならばここにいる、といった情報があって、皇帝の元へ向かっているのかと思ったら。

「あの者の居場所ならば把握している。あの者もまた、こちらの居場所を把握しているがね」

 と、よく分からない答えを貰ってしまった。
 どうやら疑問を口に出していたようだ。

「そうだったのですね。さすがは兄上」

 敬愛する千茜様を絶賛した朱皇皇子は、すぐにしょんぼりとした様子になり「俺はまだまだだな」と悔しそうに呟くのを、前を歩く二人の皇子が、複雑な感情を抱いたような目で振り返ったのが、少し気になった。
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