異世界で暗殺事件に巻き込まれました

織月せつな

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第玖話

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 そこへ辿り着くまでの間も、怒濤のように外套姿の者たちが現れた。
 中には幻影も混じっていて、丹思様以外に反応して攻撃して来るのだった。栞梠さんが推察するに、その幻影を繰り出している者は丹思様を守っているつもりでいるのだろう、ということだった。自らそうするのではなく身を潜めているのは、敵の手に堕ちたとされる栞梠さんがいるからだと。
 妖狐族の中では、誰に従っているかを問わず、栞梠さんが七尾であることは知れ渡っているようで。だから勿論、丹思様が混じりものとはいえ、誰の血を引いた存在かを知っているからこそ、可能となった暗示であろうと言う。
 幻術を払うには、術者の意識を奪えばよい。
 けれど幻影の数が多すぎる上に、こちらから幻影に攻撃しても通用しないが、幻影からの攻撃は通常の攻撃より軽くなっていても、間違いなく受けた者にダメージを残せるものだった。
 平気なのは、狙われていない丹思様と手を出されない栞梠さん。栞梠さんに守られている私と。

「何で殿下たち、おかしな動きしてんの? 相手の数が少ない・・・のに窮屈きゅうくつそうな戦い方してるね。もしかして皆には何か見えてる?」

 栞梠さんと一緒に私を守ってくれている玖涅くんだ。

「玖涅。見えている敵を全て倒して下さい。妖狐を優先でお願いしますよ」
「うへぇ、なんか重大な役割来た」

 幻影からの攻撃(もしかしたら実体がある方かも)を回避しながら蒼慈さんが言うと、玖涅くんは蒼慈さんの背後を取った相手の顔面に飛び蹴りを食らわせながら、参ったように耳と尻尾を垂れさせる。

「玖涅くんが頼りなの。お願い」

 私にもどっちがどっちか分からない中で、朱皇皇子も千茜様も蒼慈さんも、その察知能力というか、反射神経というか、どうにか気配を感知して、実体がある方と切り結んでいるようだけれど、幻影に邪魔されてなかなか倒すことが出来ない。
 丹思様と栞梠さんは術者の居場所を探ろうとしているのだけれど、外套姿の者の一部が丹思様どころか私まで連れ去ろうとし始めた為に、集中を途切れさせられてしまうのだった。
 だから本当に、玖涅くんが頼りだった。
 ついでしゃばったことを口にしたからか、玖涅くんが妙な表情をする。
 自分の立場を思えば、罰する対象を率先して捕まえるのが仕事であるから、躊躇はないだろう。けれど、皇子たちを差し置いて、と考えると躊躇ってしまうものなのかもしれない。

「仕方ないなぁ」

 玖涅くんが片方の口角を上げて笑う。

「青子に頼まれちゃあしょーがないっすよね」

 なんて言ったかと思うと、嬉々として外套姿の者たちの中に飛び込み――。

「こいつが嫌な感じ!」
「ギャアッ!?」

 柱の奥に並んでいたオブジェに踵落としをしたかと思うと、中からメイド姿の妖狐族が現れる。外套もなく黒塗りしてもいないところから、仮に居場所を関知されても、戦闘が行われているのを見てしまって、隠れていたところだと言い逃れするつもりだったのかもしれない。
 私も怯えて隠れていたところで攻撃されたのは可哀相だと、一瞬勘違いして思ってしまったが、そのメイドが倒れると同時に、半数の襲撃者が姿を消した。
 そして今度は、玖涅くんを集中的に狙おうというのか、私と丹思様を連れ去ろうとしていた者たちと、皇子たちに対峙していた一部が玖涅くんを襲う。

「こんにゃろ! 全員で・・・来るとか、卑怯だろっ」

 その数全てがそうとは限らないけれど、少なくとも玖涅くんの言葉で、そちらに行っていない者が全部幻影だということは分かった。
 でも、幻影からの攻撃も無視出来ない為、標的が分かってもそれに近づけないでいる。
 ――と。

「あれ?」

 突然幻影たちがわらわらと一ヶ所に集まり、何もないところに剣を刺したり切り裂いたり蹴りつけたりしだしたものだから、私たちは何が起きているのかと、無意識に栞梠さんへ視線を向ける。

「幻影に幻術をかけました」
「そのようなことも出来るんだね」

 感心したように返す丹思様に、栞梠さんの尻尾が僅かに揺れた。

「物は試しでございます。消せないならば、こちらはその上を行けば良いかと」
「奴らは、俺たちの幻影と戦ってるという訳か。ならば」

 と、朱皇皇子が苦戦している玖涅くんを助けに行くと……助太刀って言うのかな……蒼慈さんがそれに続く。
 そして千茜様は丹思様を手招いて、よく見れば不自然な位置にある柱を、柄頭つかがしらという柄の先端部分で叩くと。

「グフッ……!」

 もう一人の術者の戦意は喪失させられ、丹思様からのお願いを聞くこととなって解放される。
 衛兵の姿をしていた術者は、よたよたと先を進み、別の襲撃者たちが現れたところで、即座に彼らを幻術で混乱させたのだった。

「彼が知る限りでは、ここまでのようです」
「ご苦労」

 千茜様に頭を撫でられ、丹思様がギョッとしたように身を引く。それを楽しげに見つめた千茜様が表情を引き締めると、ある扉を開いて中に入った。

 そこは明かり取りの窓もない為か、柱に埋め込まれたランタンの灯りのみで薄暗かった。
 入ってすぐのところから赤い絨毯が敷かれていて、足を踏み入れた者を促すように長く伸びた先には階段と玉座があって。

「邪心を抱いて我を討つつもりか。浅ましく、卑しき息子どもよ」

 そこに座る黒に茶色が混じった斑の髪と紅玉の瞳、そして戦にでも行くような朱色と金の甲冑を纏った、壮年の男性。
 対する皇子たちの華奢さが際立つ程に、逞しい身体、雄々しく厳つい顔立ち。侮蔑を孕んだ声音は聞いた者を萎縮させる。
 皇帝潭赫たんかくを前に、緊迫した空気が立ち込めた。

「わたしたちが浅ましくも卑しいならば、それは不愉快ながら陛下の血を継いでいるからでしょうね」

 そんな状況でも千茜様は怯んだ様子はなく、逆に挑発するようなことを言う。

「ククッ……。それで挑発しているつもりか。まあ良い。傑作は一人おれば十分だ――丹思」
「!」

 呼ばれて、丹思様の肩が跳ねる。

「人族の娘を連れて参れ」

 その言葉に、朱皇皇子が私を皇帝の視界から隠すように前に立った。

「朱皇……。丹思の為とはいえ、やはり先に殺めておくべきだったか。否、お前がいなければ人族の娘が手に入ることはなかったかもしれん。その功績を称えて、一番能力の劣る出来損ないであるお前にも分けてやろう。――人族の心臓を」
「――――っ!!」

 心、臓? 私の?

 サァッと血の気が引いていく。

「青子!」

 ガクリと膝から力が抜けた時、支えてくれたのは丹思様と朱皇皇子だった。
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