48 / 49
第玖話
5
しおりを挟む
皇帝崩御の知らせは、翌日になってから瞬く間に広がった。民衆には病死とされているが、紅世様の病死と朱皇皇子も病に伏しているとされていたことで、王城内では病が蔓延しているのではないかという不安が広がっているらしい。
現在一席が空席のままの九大老への事情説明と、紅い目の呪縛とは違い、理由は様々あれど本人の意志で皇帝に従っていた者たちの捕縛が行われる中、急いで皇帝を継ぐ者を選ばなければならないことを九大老たちは懸念したようだったが。
「皇帝となるべき方は既に決まっております」
喚問席の朱皇皇子がそう言うと、同席している千茜様が立ち上がり。
「潭赫を討ったのはわたしだからね。悪帝を排斥させた者が継ぐことが責任であろうね」
と言うと、一時間程八人で話し合われた後に、慣例に従うとされて決定が下った。
そして私は。
「青子にはあの屋敷をあげよう。だから朱皇の屋敷に移るのはやめてくれないかね? 一時でも君を側室にすると決めて迎え入れたつもりでいたのに、まるで皇帝の玉座の代わりに君を差し出したようで、気が引けるのだよ」
元々、私を側室にするなんて言い出したのは、朱皇皇子へのちょっとした嫌がらせという名の愛情表現だった。その時、身を寄せていた丹思様のお屋敷が襲撃に遭って、人が住めない状態になってしまったことと、皇子が千茜様の言葉に逆らうような性格ではなかった為に、私が意識を手放している間に連れて来られてしまったのだった。
「私は気にしませんけど……。そのようなことで千茜様の悪評が立つようなこともないと思いますし……」
「俺のことはどうとでもなるから構わないのだがね。ああ、君がわたしに靡いてくれさえすれば、問題なかったというのに」
チラリと恨みがましいような目を向けられてしまうと、とても悪いことをしてしまった気持ちになる。同時に、千茜様でもこのような表情をなさるのだな、と失礼なことを思ってみたり。
「聞いているのかね? この耳は」と私の耳に指を這わせ「わたしの能力を抑え込む力でも持っているのではないかね」
擽ったくて身を捩ると、指の代わりに甘く囁くように不満を漏らしていた唇が触れて、離れる。
「わたしが恋しくなったら、いつでも会いに来たまえ。快く迎え入れよう」
それを受諾の合図と受け取り、私は深く頭を下げながらお礼を口にして、千茜様のお屋敷を出ると。
「お迎えに上がりました」
予想していた声と違っていたことに驚いて、目を見張る。にこにこと、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた丹思様だ。
朱皇皇子から迎えの人が来ることは聞いていたけれど、それが丹思様とは。お付きの妖狐族の方は何処にいるのだろう?
「僕一人ですよ」
「えっ? あ、ごめんなさい。大きな声を出してしまって」
「いえ。驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「い、いえいえ、とんでもないです」
「無事に出て来られたようで安心しました」
「?」
「青子様を監禁なさるような真似をされましたら、例え皇帝を継がれる方のお屋敷でも、乗り込んで一騒動起こさなければならなかったでしょうから」
ああ、素敵な笑顔でとんでもないことを仰有る。
「では、参りましょう。朱皇様のお屋敷はこちらです」
案内して下さる様子が、何だかいつもと違ってとても無邪気な印象を受けた。
それもずっと掛けられていた術の影響だろうか。
「青子さん」
ふと足を止めると、丹思様が私に向けて頭を下げる。
「えっ?」
「あなたにはどれだけ感謝してもしきれません。本当に有難うございました。心より御礼申し上げます」
「あの、もうそういうのはやめて下さい」
「すみません。区切りとしてもう一度だけ言わせて欲しかったのです」
そう言われてしまうと、少しでも嫌だと思ってしまったことを、申し訳なく思う。
区切り――私がこの世界に来てしまうことになった事件は、幕を閉じたのだ。
「お願いがあるのです」
「何でしょう?」
丹思様のことだから、朱皇皇子のことだろう。そう思ったから、唐突な「お願い」の言葉にも驚くことはなかった。
「あなたを抱き締めさせて貰えませんか?」
「――えっ?」
「僕の想いが、真っ直ぐあなたに向かっているのであれば、こんな申し出をしたことの罪に苛まれることでしょう。ですが、朱皇様を通しての曲がった想いであるなら、その間違いに気付くことが出来ると思うのです」
「……」
それは、私のことが好かどうかよく分からないから、確認させて欲しい。ということだろうか。抱き締めたら分かること? 狼族にとっては普通のことなのかな。
「ど、どうぞ?」
どうぞ。と言うのもおかしい気がするけれど、他に思い付かなかったので、躊躇しながらもハグを待つように軽く両手を広げると、丹思様は少し照れたように笑ってから、そっと私を抱き締める。
ドキドキするのは、どれだけ丹思様が柔らかな雰囲気を纏った中性的な容姿をされている方であっても、男性には違いないからだ。
「!」
不意に、丹思様の腕に力が入る。
ぎゅうっとされるその強さに、高鳴る鼓動に不安が生まれる。何を不安に思うのか分からないままに。
「不躾な願いをお聞き下さり、有難うございました」
身を離した丹思様は、少し困ったような表情だったけれど、すぐに何事もなかったように皇子のお屋敷への案内を再開する。
千茜様のことや蒼慈さんの件があったから、不安になったのはそれを思い出して過剰に反応してしまったのだろう。
「こちらが朱皇様のお屋敷になります。さ、中へどうぞ」
朱皇皇子のお屋敷は、なんというかヨーロッパの巨大な劇場を思わせる外観をしていた。千茜様のお屋敷も庭園などがあって素敵なところだったけれど、こちらは敷地内いっぱいに建てた感じで、正直な感想を言えば、フェンリル城よりお城感が漂っている。城とするには小さいのだけれど。
「この建物も、潭赫が朱皇様に目をかけているという体裁を繕う為のものでしたが、もう亡くなってしまいましたから気になりませんね」
軽く毒づく丹思様に曖昧に微笑んでみせてから、栞梠さんを含めた一部の妖狐族と黒狼族の人たちに出迎えられる。
中に入るとホール内はやはり劇場といった印象が強かったが、早速向かうように言われた朱皇皇子の部屋は、そこだけ中華風の趣きがあって、何となくホッとした。皇子の服装などからこちらの方がイメージしやすいからだろう。
「よく来た、青子」
皇子の笑顔が眩しい。男らしさより可愛らしさが強調されるこの笑顔を、どれくらい振りに見れただろう。
「はい。お世話になりまふっ?」
挨拶をしたところで、頬を引っ張られた。
「ずっと言いたかったんだが、どうしてお前はそんな話し方をするんだ。やめろと言っただろうが」
「う、えぅ……」
「やめるか?」
「――」
「やめないんなら」
「ひゃっ!?」
頬から手を外してくれたかと思ったら、抱き上げられてしまい、そのまま部屋の奥へ。
大きく開け放たれた窓を見て、皇子がそんなことする筈ないと思いながらも、そこから放り出されてしまうのじゃないかと思ってしまう。
「!」
けれど、気付けば長椅子の上に押し倒されていて。すぐ目の前にある皇子の顔を見上げ、息を詰まらせた。
「お前を俺のものにする。青子の気持ちが誰に向いていても、俺の傍から離れられないようにしてやる」
「ど、して……?」
訊ねると辛そうに目を伏せる。
「結局、俺は何一つ役に立てなかった。あの内官理の方が俺の何倍もの働きを見せていた。だから、お前が俺を見限ったとしても無理はない」
「そんな――」
「お前の態度が明らかにしているだろう。出会った時のあのままでいて欲しいって望んでいるのに、距離を置いた話し方をして」
「それは」
だってそれは。私に気を遣って言ってくれたのだと思ったのだ。
「いずれ態度を改めなければならない日が来るなら、早い方がいいと……」
皇子があまりにも距離を詰めるから、勘違いしたらいけないと、抱きそうになる想いを戒める為に。
「馬鹿なことを」
皇子の手が私の頬から唇にかけてを撫でる。
「お前がもしも俺を見限っていないならば……まだ俺の傍にいてくれることを願ってくれるなら、俺の名を呼んでくれ。あの日と同じ呼び方で」
見限るなんて、そんなことは絶対にしない。どんなに危険なことがあったとしても、私は離れたくなかった。
「――朱皇、くん」
「もう一度」
「朱皇くん」
「……有難う、青子」
泣いてしまうかと思った。それは耳が震えたように見えたからだろうか。
皇子……朱皇くんは私から離れると、何かを取りに行ったようだった。そして戻って来ると、起き上がった私の隣に腰を下ろして。
「俺が本当は父上から愛されてなどいなかったことを知った時、この名前すら皮肉に思えて嫌になったんだ」
名前に冠せられた色。そして皇子を示すとも皇帝を示すとも思われる皇という文字。
前皇帝が朱皇くんを次の皇帝にと望む言葉を紡いだ時、或いは名を授けた時から、そのつもりであったのだろうと納得した人がいたかもしれない。
「だが、青子がその調子で呼び続けていてくれるなら、それが例え皮肉であったとしても、受け入れられそうだ」
「じゃあ、いっぱい呼んであげないといけないね、朱皇くん」
「ああ、頼む。それから、これも」
と言って渡されたのは、さっき取りに行ったものだろうブラシだ。
「もしかして章杏さんの……?」
「取り上げたままにしていたからな」
「…………」
ぎゅっと胸に押し付けるようにして抱き締める。形見として大事にしよう。
「まさか、大事にするだけで、使わないつもりじゃないよな?」
「?」
ぽふぽふと揺れるものが見えた。
朱皇くんの尻尾だ。
「――いいの?」
「お前、コレ好きだろ? 特別に触らせてやる」
確かにもふもふは好きだけど、ブラッシングさせてくれるなんて珍しい。
気が変わらないうちにと早速手にしてみると、何だかとてもごわごわしていた。
もしかして、私にさせてくれる為に放っておいたのかな?
「これは……手強そう」
「ははは。ゆっくりやればいい。時間なら、たっぷりある」
「うん、そうだね」
朱皇くんの言葉に同意して、ごわごわ尻尾にブラシを通し続ける。
穏やかな時間の流れに頬がゆるむ。
ただ本当に、この尻尾のごわごわは手強かった。
現在一席が空席のままの九大老への事情説明と、紅い目の呪縛とは違い、理由は様々あれど本人の意志で皇帝に従っていた者たちの捕縛が行われる中、急いで皇帝を継ぐ者を選ばなければならないことを九大老たちは懸念したようだったが。
「皇帝となるべき方は既に決まっております」
喚問席の朱皇皇子がそう言うと、同席している千茜様が立ち上がり。
「潭赫を討ったのはわたしだからね。悪帝を排斥させた者が継ぐことが責任であろうね」
と言うと、一時間程八人で話し合われた後に、慣例に従うとされて決定が下った。
そして私は。
「青子にはあの屋敷をあげよう。だから朱皇の屋敷に移るのはやめてくれないかね? 一時でも君を側室にすると決めて迎え入れたつもりでいたのに、まるで皇帝の玉座の代わりに君を差し出したようで、気が引けるのだよ」
元々、私を側室にするなんて言い出したのは、朱皇皇子へのちょっとした嫌がらせという名の愛情表現だった。その時、身を寄せていた丹思様のお屋敷が襲撃に遭って、人が住めない状態になってしまったことと、皇子が千茜様の言葉に逆らうような性格ではなかった為に、私が意識を手放している間に連れて来られてしまったのだった。
「私は気にしませんけど……。そのようなことで千茜様の悪評が立つようなこともないと思いますし……」
「俺のことはどうとでもなるから構わないのだがね。ああ、君がわたしに靡いてくれさえすれば、問題なかったというのに」
チラリと恨みがましいような目を向けられてしまうと、とても悪いことをしてしまった気持ちになる。同時に、千茜様でもこのような表情をなさるのだな、と失礼なことを思ってみたり。
「聞いているのかね? この耳は」と私の耳に指を這わせ「わたしの能力を抑え込む力でも持っているのではないかね」
擽ったくて身を捩ると、指の代わりに甘く囁くように不満を漏らしていた唇が触れて、離れる。
「わたしが恋しくなったら、いつでも会いに来たまえ。快く迎え入れよう」
それを受諾の合図と受け取り、私は深く頭を下げながらお礼を口にして、千茜様のお屋敷を出ると。
「お迎えに上がりました」
予想していた声と違っていたことに驚いて、目を見張る。にこにこと、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた丹思様だ。
朱皇皇子から迎えの人が来ることは聞いていたけれど、それが丹思様とは。お付きの妖狐族の方は何処にいるのだろう?
「僕一人ですよ」
「えっ? あ、ごめんなさい。大きな声を出してしまって」
「いえ。驚かせてしまったようで、申し訳ありません」
「い、いえいえ、とんでもないです」
「無事に出て来られたようで安心しました」
「?」
「青子様を監禁なさるような真似をされましたら、例え皇帝を継がれる方のお屋敷でも、乗り込んで一騒動起こさなければならなかったでしょうから」
ああ、素敵な笑顔でとんでもないことを仰有る。
「では、参りましょう。朱皇様のお屋敷はこちらです」
案内して下さる様子が、何だかいつもと違ってとても無邪気な印象を受けた。
それもずっと掛けられていた術の影響だろうか。
「青子さん」
ふと足を止めると、丹思様が私に向けて頭を下げる。
「えっ?」
「あなたにはどれだけ感謝してもしきれません。本当に有難うございました。心より御礼申し上げます」
「あの、もうそういうのはやめて下さい」
「すみません。区切りとしてもう一度だけ言わせて欲しかったのです」
そう言われてしまうと、少しでも嫌だと思ってしまったことを、申し訳なく思う。
区切り――私がこの世界に来てしまうことになった事件は、幕を閉じたのだ。
「お願いがあるのです」
「何でしょう?」
丹思様のことだから、朱皇皇子のことだろう。そう思ったから、唐突な「お願い」の言葉にも驚くことはなかった。
「あなたを抱き締めさせて貰えませんか?」
「――えっ?」
「僕の想いが、真っ直ぐあなたに向かっているのであれば、こんな申し出をしたことの罪に苛まれることでしょう。ですが、朱皇様を通しての曲がった想いであるなら、その間違いに気付くことが出来ると思うのです」
「……」
それは、私のことが好かどうかよく分からないから、確認させて欲しい。ということだろうか。抱き締めたら分かること? 狼族にとっては普通のことなのかな。
「ど、どうぞ?」
どうぞ。と言うのもおかしい気がするけれど、他に思い付かなかったので、躊躇しながらもハグを待つように軽く両手を広げると、丹思様は少し照れたように笑ってから、そっと私を抱き締める。
ドキドキするのは、どれだけ丹思様が柔らかな雰囲気を纏った中性的な容姿をされている方であっても、男性には違いないからだ。
「!」
不意に、丹思様の腕に力が入る。
ぎゅうっとされるその強さに、高鳴る鼓動に不安が生まれる。何を不安に思うのか分からないままに。
「不躾な願いをお聞き下さり、有難うございました」
身を離した丹思様は、少し困ったような表情だったけれど、すぐに何事もなかったように皇子のお屋敷への案内を再開する。
千茜様のことや蒼慈さんの件があったから、不安になったのはそれを思い出して過剰に反応してしまったのだろう。
「こちらが朱皇様のお屋敷になります。さ、中へどうぞ」
朱皇皇子のお屋敷は、なんというかヨーロッパの巨大な劇場を思わせる外観をしていた。千茜様のお屋敷も庭園などがあって素敵なところだったけれど、こちらは敷地内いっぱいに建てた感じで、正直な感想を言えば、フェンリル城よりお城感が漂っている。城とするには小さいのだけれど。
「この建物も、潭赫が朱皇様に目をかけているという体裁を繕う為のものでしたが、もう亡くなってしまいましたから気になりませんね」
軽く毒づく丹思様に曖昧に微笑んでみせてから、栞梠さんを含めた一部の妖狐族と黒狼族の人たちに出迎えられる。
中に入るとホール内はやはり劇場といった印象が強かったが、早速向かうように言われた朱皇皇子の部屋は、そこだけ中華風の趣きがあって、何となくホッとした。皇子の服装などからこちらの方がイメージしやすいからだろう。
「よく来た、青子」
皇子の笑顔が眩しい。男らしさより可愛らしさが強調されるこの笑顔を、どれくらい振りに見れただろう。
「はい。お世話になりまふっ?」
挨拶をしたところで、頬を引っ張られた。
「ずっと言いたかったんだが、どうしてお前はそんな話し方をするんだ。やめろと言っただろうが」
「う、えぅ……」
「やめるか?」
「――」
「やめないんなら」
「ひゃっ!?」
頬から手を外してくれたかと思ったら、抱き上げられてしまい、そのまま部屋の奥へ。
大きく開け放たれた窓を見て、皇子がそんなことする筈ないと思いながらも、そこから放り出されてしまうのじゃないかと思ってしまう。
「!」
けれど、気付けば長椅子の上に押し倒されていて。すぐ目の前にある皇子の顔を見上げ、息を詰まらせた。
「お前を俺のものにする。青子の気持ちが誰に向いていても、俺の傍から離れられないようにしてやる」
「ど、して……?」
訊ねると辛そうに目を伏せる。
「結局、俺は何一つ役に立てなかった。あの内官理の方が俺の何倍もの働きを見せていた。だから、お前が俺を見限ったとしても無理はない」
「そんな――」
「お前の態度が明らかにしているだろう。出会った時のあのままでいて欲しいって望んでいるのに、距離を置いた話し方をして」
「それは」
だってそれは。私に気を遣って言ってくれたのだと思ったのだ。
「いずれ態度を改めなければならない日が来るなら、早い方がいいと……」
皇子があまりにも距離を詰めるから、勘違いしたらいけないと、抱きそうになる想いを戒める為に。
「馬鹿なことを」
皇子の手が私の頬から唇にかけてを撫でる。
「お前がもしも俺を見限っていないならば……まだ俺の傍にいてくれることを願ってくれるなら、俺の名を呼んでくれ。あの日と同じ呼び方で」
見限るなんて、そんなことは絶対にしない。どんなに危険なことがあったとしても、私は離れたくなかった。
「――朱皇、くん」
「もう一度」
「朱皇くん」
「……有難う、青子」
泣いてしまうかと思った。それは耳が震えたように見えたからだろうか。
皇子……朱皇くんは私から離れると、何かを取りに行ったようだった。そして戻って来ると、起き上がった私の隣に腰を下ろして。
「俺が本当は父上から愛されてなどいなかったことを知った時、この名前すら皮肉に思えて嫌になったんだ」
名前に冠せられた色。そして皇子を示すとも皇帝を示すとも思われる皇という文字。
前皇帝が朱皇くんを次の皇帝にと望む言葉を紡いだ時、或いは名を授けた時から、そのつもりであったのだろうと納得した人がいたかもしれない。
「だが、青子がその調子で呼び続けていてくれるなら、それが例え皮肉であったとしても、受け入れられそうだ」
「じゃあ、いっぱい呼んであげないといけないね、朱皇くん」
「ああ、頼む。それから、これも」
と言って渡されたのは、さっき取りに行ったものだろうブラシだ。
「もしかして章杏さんの……?」
「取り上げたままにしていたからな」
「…………」
ぎゅっと胸に押し付けるようにして抱き締める。形見として大事にしよう。
「まさか、大事にするだけで、使わないつもりじゃないよな?」
「?」
ぽふぽふと揺れるものが見えた。
朱皇くんの尻尾だ。
「――いいの?」
「お前、コレ好きだろ? 特別に触らせてやる」
確かにもふもふは好きだけど、ブラッシングさせてくれるなんて珍しい。
気が変わらないうちにと早速手にしてみると、何だかとてもごわごわしていた。
もしかして、私にさせてくれる為に放っておいたのかな?
「これは……手強そう」
「ははは。ゆっくりやればいい。時間なら、たっぷりある」
「うん、そうだね」
朱皇くんの言葉に同意して、ごわごわ尻尾にブラシを通し続ける。
穏やかな時間の流れに頬がゆるむ。
ただ本当に、この尻尾のごわごわは手強かった。
0
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜
長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。
コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。
ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。
実際の所、そこは異世界だった。
勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。
奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。
特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。
実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。
主人公 高校2年 高遠 奏 呼び名 カナデっち。奏。
クラスメイトのギャル 水木 紗耶香 呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。
主人公の幼馴染 片桐 浩太 呼び名 コウタ コータ君
(なろうでも別名義で公開)
タイトル微妙に変更しました。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる