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美扇国――十束 2――
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しおりを挟む翌朝、人狼の討伐が完了した旨を伝えると兵士たちは両手をあげて、部屋で怯えて夜を明かしたという設定を演じている、フィリーネと共に喜び合った。
当初は荷台に三人が乗れて十分な広さのある幌馬車を求めていたのだったが、二人定員が増えたことで、一頭立ての二輪から二頭立ての四輪のものに変更することになった。一頭立てでも余裕はあるのだが、魔族の二人と大神族の双子の仲を考慮してのことである。
第六ドームに新しい馬車や馬が来るのには日数が必要である為、そこより東に進んだ先の第五ドームにて無事に馬車を借り受けられた一行は、先ずは食糧や衣服などを求めて港へ向かう。
港までの携帯食や馬の為の水樽、飼葉などは天幕ドームで入手出来たが、さすがに衣服の用意はなかった。
ドームから離れてからこっそり潜り込む形になった、ロミー、そしてラザファムとムスタファは、馬車を調達している間に森に入り込んで、猪を獲って来ていた。双子に協力するというより、揶揄われていいように使われてしまったロミーだったが、血抜きや解体などを手早く済ませる双子から、こっそり内臓を貰ったことで軽く餌付けされている。
ロミーにとってはご馳走だったが、双子にとっては捨てるものだったという事実は、伏せておいた方がいいだろう。
馭者台にはクラウスが、翼を窮屈そうに縮めた状態で座っている。特に手綱を握るでもなく、人に語りかけるのと同じ調子で、馬に方向を示して走らせるだけで操縦出来るようだ。
猪の解体で血腥くなっている双子に、フィリーネは嫌悪を露骨に示して、自分とアメリアの傍に寄らないようにと、蜘蛛の糸で荷台を半分に分けて壁を作ろうとしたが、解体されても場所を取る猪の肉によって断念せざるを得なかった。
アメリアの手前、行儀よく我慢していたのだが、彼女は肉食である。魚などでは満足出来ない。血腥いのは臭いが纏わりつくことを嫌っている為に苦手だが、臭みさえなければ好物なのである。あまり意地悪をしては一人だけ肉にありつけない可能性もあると考えると、強気には出られない。ある意味、フィリーネも双子に餌付けされたようなものだった。
アメリアは、クラウスのいる馭者台にも興味があったが、それに増してうずうずと好奇心を擽られるものがあった。
ロミーが既に満腹といった様子で、隅の方で丸くなっているのを、フィリーネが見咎めて起こそうと騒ぐ中、双子はアメリアの視線に気付いて、誘うようにわざと尻尾を振る。
「触りたいー?」
「もふもふだからなー」
「手入れはちゃんとしてるから、触り心地は抜群だぞ」
「気持ちいいんだぞー」
揺れに警戒してか、這うようにして双子の傍に行くと、ラザファムはアメリアの手を取って、自分の方へ引き寄せる。
「きゃっ」
小さく悲鳴をあげ、ラザファムの腹部に顔面から倒れ込む。
フィリーネに抱き締められた際には柔らかく、ロミーは華奢過ぎて折れてしまうのではないかと心配になる感触がある。クラウスは細身でしなやかな肉体であり、ロミーの骨張ったようなものとは違う硬さがあったが、ラザファムは。
「何か入ってる、ですか?」
打った鼻を片手でおさえ、痛みがなくなったところで、彼の腹部のぶつけた辺りを撫でる。
「ん? 何も入ってないよー?」
確かめる? とばかりに服を捲るラザファム。男性の裸を目にしたことのないアメリアは、六つに割れた腹筋を前に、不思議そうに手を伸ばす。
「きゃああっ、アメリア様に何をなさってますのっ? 変態狼!」
「ふぁっ!?」
手が肌に触れるか触れないかといったところで、気付いたフィリーネがアメリアを背後から羽交い締めにして、ずるずると引っ張って後退させる。
「何だよー。俺の腹筋はニセモノじゃないぞって、教えてたところだったのに」
「オレの方が、もっと鍛えてるけどな」
「嘘つけ。俺の方が鍛えてるぞ」
「オレですー」
「お前じゃありませんー」
「ちょっとちょっとちょっと!」
言い合いを始める双子に、割って入るフィリーネ。
「そういったことは、二人だけの時にしていただけません?」
「二人って、神子と二人きりになったらってこと?」
「メリーちゃんと二人っきりはいいけど、比べて貰うなら三人の方がいいかなー」
「そういうことではありませんわっ」
メリーというのは、アメリアのことであるらしい。名乗り合った時に、何故かムスタファにそう省略されてしまった。
フィリーネはヒステリックな声をあげ、アメリアやロミーを驚かせる。
クラウスは、荷台の騒がしさに嘆息を漏らし、少し怯え始めて足を止めた馬を宥め、くるりと振り返った。
「皆さん、仲良くなさるのは結構ですが、羽目を外されますと大変迷惑ですので、少々控えて下さると助かります。馬は敏感ですから、魔族や大神族のあなた方に怯えないようにと術式をかけましても、あまり刺激を与えると解けてしまいますので……ええ、実際、たった今の騒ぎで解けかけてしまっている状況なのですが、完全に解けて倒れてしまうか逃げてしまうかしないように、そちらでご注意いただけたらと思います」
「…………」
表情はにこやかだった。そして口調は穏やかだった。
しかし、何故か少し背筋に震えが走る。
双子は毛を逆立て、ロミーは硬直し、フィリーネは卒倒しそうな程に顔を青ざめさせた。
そして、アメリアは。
「アメリアさん。馬の足が止まっておりますので、今のうちにこちらへいらして下さい」
「は、はいっ」
すっかり力の抜けてしまっているフィリーネの腕から脱け出し、立ち上がってもアメリアの身長ならば、幌に触れることもないのだが、それでも身を屈め、そろそろと近付いて、クラウスに手を貸して貰いながら、その隣に腰を下ろす。
「行って下さい」
馬に向けてクラウスが言えば、静かになったところで落ち着いたのか、何事もなかったようにまた走り出した。
「……すみません」
元はといえば、自分が双子の尻尾に触りたくなってしまったのがいけなかったのだと、アメリアは反省する。
「あなたが謝ることなど、何もありませんでしたよ?」
「でも……」
「そうですねえ。あったとすれば、少し物事に対して警戒心に欠けているところでしょうか。まあ、警戒する程にまで知識が足りていなかったのがいけなかったのかもしれません」
「……はあ」
「あまり無防備に、異性に近付いてはいけませんよ?」
「――はい」
クラウスの言うことが半分も分からないアメリアだったが、頷いたことで気を良くしたのか、頭を撫でて来る青年に、異性の中にクラウスは含まれているのだろうかと、内心で首を傾げるのだった。
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