黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

文字の大きさ
19 / 52
美扇国――十束 2――

しおりを挟む

 港の近くまでに差し掛かると、ようやく眼前に海が見えるようになる。
 赤兎大草原の見張らしは素晴らしいものだが、広大な海を望むにはこの辺りまで近付く必要がある。海と草原とが接岸するのは、かなり高所の断崖絶壁であるからだ。
 途中、天幕ドームに立ち寄ることなく、夜を前にしてここまで辿り着けたのは、やはり馬に掛かる負荷をあらかじめ削っておいたからに他ならない。
 しかしここへ来て、雲行きが怪しくなってきた。

「雨が降りそう」

 灰色と黒色の雲を纏い始めた空を仰ぎ、アメリアが心配そうに呟く。

「何者かが、あの雲を引き連れて来たのですわ」

 荷台から馭者台へ身を乗り出しながら、フィリーネがアメリアの呟きを引き取る。

「引き連れて?」
「ええ。上空におかしな気配を感じますもの」
「それだけじゃないねー」

 ムスタファがクラウスの翼に手を掛けながら、同じように身を乗り出して言う。
 肩に伸ばした手が翼に邪魔されてそうなってしまったのだろう。クラウスは眉間に皺を刻んだが、それが分かったからか何も言わなかった。

「何かがこっちに来るよ。真っ直ぐ迫ってくる。魔力の匂いがぷんぷんだ」
「どういったお客様ですかねえ」

 馬車を停止させ、クラウスがふわりと馭者台から馬を飛び越えた先に降り立つ。
 ラザファムとムスタファもそれに続きながら、フィリーネとロミーにアメリアと待つように言い置いた。

「言われなくても承知しておりますわ」

 苛立ったように応えるフィリーネだが、アメリアは何が来るのだろうかと馬の鼻面を撫でながら見守る位置に立っている。
 いつの間に? と目を剥きながら、フィリーネも傍へ駆け寄り、ロミーは馬の背に跨がった。

 正面から強い風が吹いてくる。
 水に滴らせた墨のように雨雲が広がり、唐突に激しい雨が降り始めた。

「アメリア様、早く中へ!」
「う、うん……」

 頷きながらも、馬に装着させる雨具を引っ張り出し、もたもたと被せていく。
 ロミーとフィリーネは手伝おうとしたが、勝手が分からずアメリアを急かすばかりだ。
 その頃、クラウスたちの前に、それは姿を見せ始めていた。
 草花に容赦なく叩きつける雨でけぶる視界の中、巨大な人形が泥土によって形成されていく。

「あ、これ厄介なヤツだ」

 ラザファムが言いながらも突進して、人形が完成する前に拳の一撃を食らわせる。

 ゾムッ!

 腕がめり込み、人形の胸部に大穴を穿つ。
 だがそれも、腕を抜くとみるみるうちに泥土が穴を塞いでしまう。
 ムスタファと共に連続で攻撃を続けるが、足を削いでも頭部を蹴り落としても、時間が経てば修復される。
 この泥人形に対して有効なのは火だが、ちょっとやそっとのものでは足りない。全体の水分をカラカラに蒸発させる程の火力が必要だが、しかしこの雨の中では、瞬時に焼き尽くし、辺りを焦土に変えてしまわない限りは、どうあっても難しいように思われる。
 おかしなことに、泥人形は数を三体に増やし、見上げる程に巨大なものとなっても、全く攻撃して来ようとはしなかった。
 雨の力が強い為に、人の形となったところで溶けるように身を崩し、形状を保てずにいるからかもしれない。

「――ああ、どなたかと思えば」

 ラザファムやムスタファは、ぐっしょりと全身を濡らし、また人形に攻撃していた所為で泥まみれにもなっていたが、クラウスの周囲だけは何の影響もなかった。
 泥人形を暫く眺め、思い当たる人物が浮かんだところで、彼はおもむろに上空を指差し、射抜くような仕草をする。

 ――――ズガンッ!

 雨雲を円状に散らして飛来した閃光。
 目を眩ませ、耳に衝撃を与え、地を跳ねさせたそれは、一撃目は三体の泥人形を呑み込む程に甚大で。二撃目からは、雨に代わって降り注ぐ光の矢となり、草原一体に突き刺さっては消えていく。
 やがて光が消えた頃には、雨雲は一筋すらなく、泥人形は乾いた土の塊に変わり、雨水の量に水捌けが追い付かなくなっていた草原一帯も、雨が降る前の状態に戻っていた。

「相変わらず、力の調節が出来ていないようですね、アーダルベルト」

 ずぶ濡れだった全身が、沐浴でもしたかのように、さっぱりと気持ち良くなっていることを知り、双子がはしゃぎながらお互いの尻尾を撫でていると、クラウスの呼び掛けに応える者の足音が聞こえ、耳を傾けて振り向く。

「えっ……四翼!?」

 ラザファムとムスタファとが同時に戸惑いの声をあげたのは、相手の持つ翼の数などではない。
 天遣族であるその者が、同じく天遣族であり六翼であるクラウスを襲撃するような真似をしたことだ。
 クラウスの言うように、雨の量が多すぎたことで泥人形が自身の形を作り出し、保とうとすることで精一杯であった為、攻撃を仕掛けるまでには至らなかったが。

「気安く名で呼ぶなよ、クラウス=ルーツ。僕はアーダルベルト=エイセル。力の調節などどうでもいいのさ。お前からその翼を奪えるならな」
「……あらら。もしかして仲悪い?」
「だからって、善良なオレたちを巻き込まないで欲しいなー。メリーちゃんもいるんだからさ」
「――」

 文句を言う双子を、アーダルベルトが睨み付ける。
 一瞬、尻尾を膨らませて毛を逆立てた二人だが、負けじと睨み返した。
 それを受けて不快そうに鼻を鳴らしたアーダルベルトの視線が、距離を置いた先にいるアメリアたちを捉える。

「!」

 途端、絶望したかのように、衝撃を受け、呆然となったようだった。

「……愚かな……ことを……」

 嘲るでもなく、哀れみを含ませてアーダルベルトが吐息混じりに漏らす。

「魔族を従えるまでに堕ちたか、クラウス=ルーツ!」

 激昂は、裏切られた者のそれのように、憎しみの籠った声でクラウスの名を吐き出させる。

「魔族を従えたくらいで、堕ちるとは言いませんよ。だいたい、あなたはわたしの翼を奪いたいのでしょう? 翼のない天遣族がどうなるか、ご存知でない訳ではありませんよね。ああ、あなたの手で堕としたかった、などと仰有るのはやめて下さいね。気持ち悪いですから」
「くっ……」

 言葉を詰まらせるアーダルベルトに、ラザファムとムスタファが何とも言えない表情になった。

「まさかの図星」
「うわー。さすが六翼。あっちのお兄さんも美人だけど、うちの大将は格が違うから、変なのにモテちゃうんだなー」
「そこの双子は、黙っていて下さい」
「はーい」

 挙手をして間の抜けた返事をする大神族に、クラウスは呆れたようでありながら親しげな眼差しを向ける。
 それがアーダルベルトの逆鱗に触れたようだった。

「お前から全て奪ってやる。翼だけじゃ済まさねえ。お前が大事にするもの、全部だっ」

 叫ぶなり、バサリと四翼が最大限まで開かれ、次の瞬時には真っ白であった翼が緋色に染まる。

「煉獄の焔よ、狂おしく乱れよ!!」

 刹那、緋色の翼から噴出した焔の渦が、徐々に巨大化しながら双子へ、そしてアメリアたちの方へと襲い掛かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...