黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――十束 2――

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 轟音と熱風を先行させ、焔の渦が迫り来る。
 傍らでロミーがアメリアの腕を引こうとするが、目にしたことのない光景に半ば呆然としているようで、指先がローブの袖を掠めただけだった。
 フィリーネが勇ましくも自らを盾とするように、アメリアの前に出たが、どれ程強度を高めても、糸では焔を防げない。否、多少のものであれば可能ではあったが、アーダルベルトの放ったそれを防ぐには分厚い壁を編み上げなければならないだろう。しかし、時間も距離も糸を紡ぐ力も足りない。
 それ以前に、フィリーネは明らかに怯えていた。カタカタと身体を震わせ、微かに嗚咽が聞こえる。

「……」

 アメリアもまた、呆然と立っていた。
 アーダルベルトが姿を見せた時、その背に四翼を確認したことで、クラウスの仲間が来たのだと思った。彼らの会話は聞こえなかったが、双子の様子を眺める限り、じゃれついているようにしか見えなかったからだ。
 馬に被せていた雨具を外し、元の場所へしまってから挨拶をしようとクラウスたちの方へ向かうつもりでいた。
 だが、これはどういったことだろう。
 どういった裏切り・・・だろう。
 アメリアは自身の背中から、薄く硬質な氷のような何かが突き出て来るような感覚に襲われた。
 冷たいのに、火傷を負ったように熱く、抉られるような痛みが生じているのに、身悶えすることも悲鳴をあげることも出来ずにいた。
 彼女の琥珀色の瞳が青みを帯びた銀に変わる。
 その時、フッと轟音と熱風が遮断された。
 フィリーネは気付いていないが、ロミーは瞬きをしてゆっくりとアメリアの方へ振り向く。
 凡そそのような時間はなかった筈だが、ロミーには時間の流れが妙に遅く感じられていた。
 そんな中、アメリアの身体から不透明の薄氷のような光が放たれ、自分たちの周囲を半円状に包んでいることを知る。
 よく目を凝らせば、氷雪の精霊の気配を纏った光の珠が、アメリアの背後に現れては消えていくのが見えた。

 しかし、これでは焔の勢いをぐことすら敵わないだろう。

 あまり物事を考えられないロミーでも、安堵するのは早いと感じていた。
 そして、アメリアの光と焔の渦とが接触する寸前。

 ザンッ、と地下から幾つもの氷筍ひょうじゅんが生え、焔の渦が衝突した先から霧散させていく。

「え……?」

 大地の振動と、激しい衝突音とに我に返ったフィリーネが、氷筍と、自分たちを包む光とに気付き、アメリアを振り返った。

「アメリア様……?」

 呼び掛けると、瞳の色が琥珀に戻り、光が消滅する。

「――あ……」
「アメリア様!」

 氷筍を出現させたのはクラウスであろう。アメリアはそれを見てホッと息をつき、そのまま意識を失う。
 慌てて抱き止めたフィリーネは、アメリアの顔が生気を感じさせない程に白く、触れた肌も氷のように冷たく
なっていることに気付き、悲鳴をあげた。

 ――それより少し前。
 放出された焔の渦を前に、ラザファムとムスタファは揃って地面に穴を掘り返し始めたところを、クラウスの両脇に抱えられて渦の進行方向から離脱していた。

「ああ、それでは無理です」

 双子を放し、前触れもなくされたことで地に抱き合う形となった為に愚痴をこぼしているのを無視して、アメリアの異変を感じ取ったクラウスは、地面に手を翳した後に彼女たちの方へ素早くスライドさせる。
 草原の地下に鍾乳洞があるらしいという未調査の伝聞を頼りとしたものだった。仮になかったとしても、岩盤が生成されて障壁となる。それが砕けるくらいならばアメリアが生み出した光の幕でも耐えられると踏んで。
 現れた氷筍は、彼女の傍に集まった氷雪の精霊たちが、渦の大きさに合わせて巨大化した石筍に、氷を纏わせ変化させたのだろう。焔の渦に耐え、霧散させたのは嬉しい誤算だった。

「いやぁぁっ、アメリア様ぁ!」

 フィリーネの悲痛な叫びに、双子が慌ててそちらへと駆け出す。
 クラウスはそちらを気に掛けるように一瞥したが、目を伏せて振り切るように、氷筍が石筍に戻って地中へと潜っていくのを悔しげに見つめるアーダルベルトに近付くと。

「これは、警告です」

 ぽん、と肩に手を置き、菫色の瞳を和ませてみせる。
 この時、アーダルベルトはクラウスの瞳に魅入られたようになり、判断も反応も鈍くなっていた。
 クラウスの手が肩から離れ、アーダルベルトの左下翼の翼角よくかくを掴んでへし折る。

「なっ……!」

 ゴリッという不吉な音に、アーダルベルトは目を剥いた。
 痛覚はそれほどない。だが、感覚はある。
 四翼あるうちの一翼を失っても、翔ぶことに不自由はしない。だが、翼の数は能力の高さの証。翼の数だけ使役する精霊の種類がある。故に、たとえ負傷しただけであっても、能力の一部が封じられてしまうのだ。
 そして、翼の負傷に回復術は効果がなかった。

「感謝して下さいね。この程度で済ませて差し上げるのですから」
「クラウス=ルーツ……」
「いちいちその様な呼び方をしなくても」
「覚えていろ。僕は必ず、お前から翼をむしり取ってやる」

 ジリジリと後退しながらクラウスを睨むアーダルベルト。

「あなたは何故そんなに、わたしから翼を奪おうとするのです?」
「そんなこと、決まっているっ。お前が『黒白』に成り下がったからだ!」
「…………」

 アーダルベルトはまだ何か続けようとしたが、クラウスの瞳がくらさを纏ったのに気付き、息を呑む。

「あなたも……覚えていて下さい。次にこのような真似をした時は、容赦しないと」
「――!」

 クラウスの声が、まるで鎌首をもたげながら巻き付く蛇のように、背筋を凍えさせる。
 身震いして三翼を広げると、アーダルベルトはそれ以上何も言わず、赤兎大草原から飛び立った。
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