黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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美扇国――十束 2――

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「わたくしが、わたくしがいけないのですわ、アメリア様をお守り出来なかったから……っ!」

 港近くの宿で部屋を借り、寝台に寝かせたアメリアに取り縋って、フィリーネは泣きながら冷たくなった主の身体を擦り続けていた。
 ローブは脱がされ、チュニック姿になった彼女は、小柄な所為でぶかぶかになってしまっているのが、更に弱りきっているように見受けられ、双子のラザファムとムスタファの耳と尻尾を、しょんぼりと項垂らせる。
 部屋を借りる際、六翼という稀なる天遣族と意識のない神子、泣きじゃくる貴族風の娘と虚ろな瞳のみすぼらしい姿の少女、そして人狼の変異種を疑うような獣人という、不可思議な取り合わせに、宿屋の女主人を混乱させた。
 神子と貴族風の娘を憐れみ、また天遣族に絶対的な信頼を寄せていた為、女主人はすぐに部屋を用意し、何事があったのかと詮索することはなかった。

「ど(う)してアメリアおきない? フィリーネ、いっぱいないてるの。ロミー、ないてる、できない。アメリアおきないのいやなのに、かなしいの、できないよ」

 ロミーがラザファムの純白の尻尾を引っ張りながら言う。
 表情は虚ろで瞬きすることを忘れてしまったかのように、アメリアに視線を置いたままだ。

「充分悲しんでるだろ。泣いてないからって、悲しんでないなんて思わないさ、その顔見たら」
「なあ、蜘蛛の姉さん。姉さんがあっためるよりオレたちがあっためた方がいいんじゃないかな? モフモフだし」

 ラザファムがロミーに答えている間に、ムスタファがフィリーネに自分の尻尾を示しながら言う。

「あと、オレたち体温高いの。だからぬくぬくだぞ」
「ケダモノにアメリア様を任せられませんわ!」
「ケダモノじゃないぞっ。魔族よりオレの方がマシじゃんか」
「わたくしは従魔ですわ。アメリア様のお世話はわたくしが致します!」
「……守れなかったクセに」
「――――!!」
「やめろ、ムスタファ。そいつが悪い訳じゃないだろ」

 言い合いの末にボソリと呟いたムスタファの言葉に、フィリーネが引きつけを起こしそうなまでに呼吸を乱し始める。
 窘めたラザファムは、しかしフィリーネに対し冷ややかな視線を送った。

「あんただけで助けられるって言うなら、早くしてあげなよ。但し、これ以上神子を穢さないでね。従魔だからって、あんたの存在が神子の清廉な気を穢していることには変わりないんだから」

 それは明らかに、ムスタファの子供じみた売り言葉に買い言葉といった風ではない、嫌悪の表れだった。
 フィリーネは唇を戦慄かせ、「違う」と言いたげに何度も頭を振る。
 ロミーはラザファムの尻尾から手を放し、壁際まで後退してアメリアから距離を取った。

「心配は無用ですよ」

 それまで部屋にいなかったクラウスが、たくさんの紙袋を抱えて戻り、空いている寝台にドサリと置く。

「この方は、誰にも穢されはしません。……誰にも、ね」
「何の根拠があってそんなこと言えるのさ?」
「そうだよ。あのアーなんとかって四翼が神子の存在に気付かなかったくらいだぞ? 天遣族が神子に気付かないなんてことある筈ないだろ」
「アーダルベルトですか? 彼はほら、わたしのことにしか興味ないですから。自分で言って気持ち悪いですけど」
「……」
「フィリーネ、大丈夫ですよ。敢えて酷いことを言わせていただきますが、あなたごときがアメリアを穢せるなどと思わないで下さい。大変不愉快ですから」

 完璧なまでに美しい笑顔であったが、その声音には嘲るような蔑むような屈辱感を与えるものだった。

「……ええと……オレも色々言っちゃったけど、蜘蛛の姉さん可哀想」

 辛辣と言えそうな言葉の追い打ちに、フィリーネは床に蹲ってしまう。
 ロミーはクラウスの様子を窺いながら、一歩ずつ先程までいた位置に戻ろうとした。

「ああ、ロミー」
「!」

 呼ばれてビクリと肩を震わせる。

「あなたには今度こそ靴に慣れて貰いますよ。それから、こちらに着替えて下さいね」

 壁際に戻るべきかと迷っているところで、まだ新しいが新品ではなさそうな編み上げブーツと、ドレープが女性らしい優美さを演出しているドレスを渡されて硬直した。

「サイズが違いますから分かるでしょうが、そちらの黒と赤のものがロミーで、こちらの紺碧のものがフィリーネ。白いものは……着ていただけるか分かりませんが、アメリアさんのものになります」
「何でドレスっ?」

 自分の名を呼ばれて顔を上げたフィリーネが、無垢な幼子のように小首を傾げてクラウスの手にあるドレープドレスを見つめる。
 双子が声を揃えて突っ込むと、クラウスはドレスとロミーを見比べてから。

「衣服の基準が分からなかったので、フィリーネを基準にしてしまいました。ロミーは少し動き難くなってしまいますねえ」

 のほほんとした調子で言われ、双子は脱力する。

「あなたたちにはこちらを用意しました。耳と尻尾を隠して欲しいので、帽子とコートです。夏迎月なつむかえづき辺りまで着用出来る素材らしいですよ」

 どうやらクラウスが出ていたのは、アメリアに服用させる薬か医療師を探していたのではなく、服を買いに行っていたらしい。
 渡された帽子とコートに、何となく匂いを嗅ぎながら礼を言う双子。
 フィリーネはクラウスをキッと睨みつける。

「今はその様な場合ではありませんわ! 何をしてらっしゃるのっ……アメリア様が、大変ですのに……っ……」

 憎しみすら窺える程に強く睨まれても、クラウスは動じない。
 フィリーネの前まで歩み寄ると、手にしていた紺碧のドレープドレスを彼女の頭にバサリと掛ける。

「その泣き顔をどうにかして下さい。アメリアさんが目覚められた時、二目と見れない顔になっていたらどうするのです? あなたは今すぐ着替えなくても構いませんが、女性にお任せすべき買い物はあなたに委ねますので、アメリアさんが目覚められる前に済ませておいて下さい。一両日中には快復しますよ。初めて膨大な力を行使したことで、身体機能が低下して意識を保てなくなっているだけですから」
「……本当、ですの?」
「あなたを安心させる為の嘘をつく理由がありませんよ」
「…………」

 クラウスの言葉に、フィリーネだけでなく皆がほぅっと息をつく。

「はいはいっ! オレ、オレも、買い物行きたい! 自分たちの着るの欲しい。だからお金ちょうだい!」
「中に着るものですね。勿論そのつもりですが……まさか手持ちは全くないのですか?」
「ないね。だってお金使わないもん」
「というか、使ったことないんだから、貰っても分からないだろ」
「ラザファムが覚えればいいだけじゃん。蜘蛛の姉さんに教えて貰いなよー」
「えー。嫌なんだけど」
「仲直りしよーよー」
「ケンカしてないだろ」
「雰囲気悪くなっただろ。責任取るのは男の役目」
「何か違うぞ、それ」

 ムスタファの陽気な声に、張り詰めた空気を纏っていたようだった室内の雰囲気が、賑やかなものに変わり。
 硬直の解けたロミーがフィリーネにやや興奮状態で絡み始めた頃、アメリアの頬にうっすらと赤みが差し、クラウスは彼女の為の白いドレスをあてがうようにその身体に掛けると、柔らかな眼差しで微笑んだ。
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