黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

文字の大きさ
22 / 52
美扇国――十束 2――

十束 弓張り橋

しおりを挟む

 美扇国の十束と香琴国の叢雲むらくもを結ぶ弓張り橋は、途中にある無人島を経由して橋脚を組んでいる為、くの字になっており、馬車で何事もなく・・・・・行けば数時間で渡りきることが可能である。
 ……そう。何事もなければ。

「わーん、もう勘弁してくんないかなー」
「集まりすぎ! あのクソ商人ども、今度会ったらぶん殴ってやる」
「無人島が魔物の根城になっているようですからねえ。頑張って下さい。それから、見つけたらわたしに知らせて下さいね。あなた方の力で人を殴ってしまったら、呆気なく終わってしまいますから。時間をかけてでも自分たちがいけないことをしたと分からせて差し上げなければなりません」
「おっかないこと言ってないで、六翼のお兄さんも手伝ってよー」
「ですから、手伝っていますよ?」
「そっちじゃなくてこっちだってば」
「仕方ありませんね」

 滅しても滅しても、次々に現れる魔物の大群に、馬車は完全に包囲されていた。

 一夜明けた昼半ばにアメリアが目覚め、古着屋のものとはいえクラウスからのドレープドレスのプレゼントに、再び意識を手放しそうになった程感激し、不相応で申し訳ないような気分になって気後れしたりといったことや、フィリーネに泣きながらしがみつかれて困惑したり、ロミーにすり寄られて何処に行くにも離れられなくなったり、双子に何かと世話を焼かれたりしながら半日を過ごし。
 更に一夜明けてから香琴国へ向かい始めた馬車は、まだ本調子とまではいかないアメリアの傍にクラウスが控える為に、馭者台にはラザファムとムスタファが座ることとなった。
 クラウスの声に従う馬たちであったから、馭者など必要ないのだが、誰も操縦していない馬車が勝手に走っている、などという誤解を招かないように、一応配置されたのだ。
 出発してすぐのこと。前方を商隊の馬車が二台と傭兵らしき者が騎乗した馬が十騎走行していた。
 それほど高級な品を積んでいるようには見えないというのに護衛の数が多いのは、賊を警戒してのことだけではない。
 この国境の橋は逃げ場がないことや、無人島に魔物が多く棲息していることもあり、その襲撃が必然的に起こるからだ。
 先に襲撃を受けたのは、やはり前を行く商隊だった。加勢をするつもりで駆けつけた双子は、しかし馬車から顔を出した商人が投げつけた物によって、魔物から集中的に狙われることになってしまう。
 双子が投げつけられた物は「誘引香ゆういんこう」といって、本来は魔物を罠に誘き寄せる為に使用される物である。だが商人は、自分たちが助かる為に他者を犠牲とする形で使用したのだ。
 十分に魔物との距離を置いてから使わなければならないものを、魔物が棲息するその近くで使えば、効果は火を見るよりも明らかである。
 橋脚をよじ登って来るものをラザファムとムスタファが。空を飛んで来るものをフィリーネが糸で引摺りおろしてロミーが。またクラウスが馬車(アメリア)を守りながら掩護射撃を行い続けて、既に三十分が経過していた。
 中には六翼の存在に気付いて逃げ去るものもいたが、殆どは誘引香の力に抗えずにいる。クラウスが強力な全体攻撃を仕掛ければ一気に全滅させられるのではと思われたが、魔物との距離が近すぎることと、それでいて範囲が広いこと、また橋の崩壊に繋がる可能性が高かった為に、魔物が尽きるのを待つか、誘引香の効果が切れるのを待たなければならなくなった。
 或いは、誘引香で狙われている双子を海に突き落とせば、他に見向きもせずに追うであろうから、そちらの選択も考えられなくもなかったが、実行に移す気も指摘する者もなかった。

「ムスタファさんっ」

 荷台の中から外の様子を窺っていたアメリアが叫ぶ。
 上空から、フィリーネが対処しきれなかった魔物が、ムスタファの頭を捕らえ、連れ去ろうとする。

「うわっ、こんにゃろ、こんにゃろ!」

 鳥形の魔物の脚を掴み、身を振り子のようにして身体へと蹴りつけるムスタファ。そこへクラウスの放った光の矢が喉元を射抜いて絶命させるが、今度は海へと真っ逆さまに落ちていく。

「わああああっ」
「ムスタファ!」

 片割れの危機に駆けつけようにも、ラザファムの方も疲弊が激しく防戦一方になりつつあった為、向かうことすらかなわない。
 落ちていくだけで無防備なムスタファを目掛け、別の魔物が迫り来る。
 クソ、と内心で悔しさに歯噛みしたその時、視界が不意に翳り、グイッと腹部が引き寄せられる覚えのある感覚があった。

「大丈夫ですか?」

 海水を棘のように仕立てて魔物に突き刺し、或いは絡めて沈ませながら、クラウスが穏やかな声で尋ねる。

「うう、ちょっと惚れそう」

 脇に抱えられていることを実感して、安心したあまりに軽口を叩くと。

「遠慮しますよ」

 素っ気なく答えながら馬車の方へ戻っていく。
 そこでムスタファはあることに気付いた。

「あれ、馬車は?」

 少なくなった魔物がこちらへと集中的にやって来る上に、橋の上でも翼を持たない魔物がうろうろしているだけで、馬車どころか戦闘中の筈のラザファムやフィリーネ、ロミーの姿もない。

「結界を張りましたので、見えていないだけですよ」
「は?」

 クラウスの言葉に目を剥くムスタファ。
 一瞬何かに纏わりつかれるような感覚があった後、目の前には馬車と、出迎える皆の姿があった。

「ムスタファ!」
「ぶべっ」

 クラウスに何の前置きもなく手を放されて、駆け寄って来たラザファムに衝突する。

「ちょっと、大将ー」
「扱い雑すぎだから!」

 抗議する双子だが、クラウスには聞こえていなかった。何故なら、別の、言われてみれば尤もな抗議をフィリーネから浴びせられていたからだ。

「何故もっと早く結界を使用しなかったのです? はじめからこうしておけば、あれほどたくさんの魔物を相手にせずとも済んだ筈ですわ!」

 激昂するフィリーネの傍らで、ロミーは困った様子のアメリアに身を擦り寄せて無言ではあったが、同意見なのか頷いている。

「誘引香の効果が発揮され始めた段階では、結界を張ってもあまり意味がありません。それに、こちらが襲撃されているのを見て、引き返す馬車もありましたから、そちらを逃す時間が必要でしたし、何より、せっかくですからこの辺りの魔物を一掃する良い機会だと思いまして」

 しかしクラウスは、その勢いに押されることもなく、ニッコリと笑ってそんなことを言う。

「じゃあ、オレたちくたびれ損?」
「タダ働きとか勘弁してくれ」

 呆れたように文句を続ける双子に、しかしクラウスは悪びれた様子もなく告げる。

「先に皆さんには報酬を支払いましたから、問題はありませんでしょう?」

 そこで示されるのは、ローブ姿のアメリアを除いた、他の面々が身につけた衣服など。

「あぁっ!」
「どーりで太っ腹!」
「何てことでしょう。それならそうと仰有って下さらないと」
「うー……う?」

 よく分かっていないロミーをよそに、三者はやれやれと嘆息を漏らし、アメリアはやはり困った様子で微笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...