黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――叢雲 2――

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 小さな剣で斬り裂かれた皮膜の翼。
 鮮血をほとばしらせるが、男は低く唸っただけで、構うことなくクラウスの首筋へ咬みつこうと掴み掛かる。

「ロミー、いけません!」
「っ!?」

 毒の仕込まれた尾の先を矢尻のようにして、クラウスしか眼中にない男の脇腹に打ち込もうとするロミーだったが、制止するフィリーネの声に尻尾の付け根を掴んで無理矢理勢いを殺し、バックステップで藤玉蘭の木の陰まで移動すると、その枝に跳び上がった。
 嗅覚は麻痺した訳ではないが、少し慣れてきたらしい。致死量の毒を口にしても耐性のある身であったから、こちらも耐性がついたとも考えられる。
 ロミーは、何故止められたのかとフィリーネに問うような眼差しを向ける。クラウスが軽い雷撃を与えて男を怯ませたようだが、それよりも自分の攻撃の方が確実に相手を弱らせられただろう。

「ロミー、まけてなかった」

 口角から泡を飛ばしながら、尚もクラウス目掛けて襲い掛かろうとする男の身体を、ロミーがいるものとは反対側の木の幹に蜘蛛の糸で縛り付けた後にフィリーネがロミーの傍へやって来る。その真横へ下り立ちながら、ロミーは不満を口にした。

「あの方を死なせてはなりませんわ。あなたの主がそれを望んではおりませんもの」

 翼を持たずに生まれたか、何者かの手によって――或いは事故で翼を失ってしまったのか。そういった天遣族の者は、神子となるには高すぎる能力と、天遣族に生まれたことの矜持きょうじが歪んで魔族堕ちとなることが多い。
 相手がクラウスを知っているようであることや、彼がわざわざこちらへ足を運んだこと、また魔族堕ちと断定したフィリーネの言葉を否定したことから、クラウスは男を救おうとしていると考えられた。
 故に、フィリーネはロミーの攻撃に制止の声をあげたのだ。

「落ち着きなさい、ディルク。わたしのことを理解した上でこのような有り様になるのでしたら、アメリア様をお連れするべきでした」

 糸の拘束から逃れようと、ディルクと呼ばれた男が力任せに動き、樹木はミシミシと音を立て、花がボトボトと落ちていく。無論、当人の身も無事ではなく、糸に抗った腕や胸の辺りの衣服は裂け、肌に開かれた裂傷から血が滴る。

「目を覚ましなさい、ディルク。ディルク=カーフェン。あなたの本性は魔に非ず。聖なる御身に魔の侵入することあたわず。清浄なる光の雨にて穢れよ退き消えよ」

 クラウスの声に応じるように、落ちていく藤玉蘭の花が花弁を散らせ、小さな光の玉と変わってディルクの身に降り注ぐ。
 フィリーネの糸も穢れと等しく光に溶け、解放されたディルクが膝をついて倒れ込んだ。
 再生しようとしていた皮膜も、その付け根から剥がれて消えていくと、ディルクの白濁した瞳が蒼い輝きを取り戻す。
 異形であった姿が、病的に痩せこけたものに変わっても、鈍色の艶の失われた髪はそのままであった。

「ディルク。起き上がれますか?」

 伏したままの男を見下ろし、クラウスは手を差し伸べるでもなく声だけで促す。
 そろりそろりと様子を窺いながら近付いて来たロミーとフィリーネも、彼が身体を震わせながら弱々しく起き上がる様を眺めるだけだった。

「奴らは、地下から這いいずって来ました……」

 しわがれた声で、何度か喉を湿らすように、渇いた口の中に唾液を溜めて、間をあけながらゆっくりと言葉を絞り出す。

「暫くは、の加護がありましたが、先日、強い力を放たれてから効力が弱まってしまい……耐えきれずに呑み込まれてしまったのです……」
「そうでしたか……。それは申し訳ないことを致しました。翼が強い力を放ったのは、あの方が力を解放させたからです。わたしの力が及ばなかったばかりに、あなたに辛い思いをさせてしまいました。どうかお許し願いたい」

 スッと片膝を引いて頭を下げるクラウスに、ディルクはそれを押し留める。

「否、こうして来て下さっただけで有り難く思っております。人に害をなす魔族に成り果ててしまう前に、クラウス殿に滅していただきたかったのですから」

 言われて、困惑した表情になるクラウスを物珍しげに眺めるロミーと、こちらを探るような眼差しを向けるフィリーネに気付き、ディルクは驚愕に目を見張る。腰を抜かしそうになったのか身をよろめかせて、先程まで縛り付けられていた藤玉蘭の木に背中をぶつけた。

「クラウス殿、こちらは、一体……?」
「ああ、この小柄で尻尾のある子はわたしの従魔で『鎖尾くさりび』のロミー。そして先程あなたをそちらの木に縛り付けたのがフィリーネの力によるもので、彼女は『八脚はっきゃく』――あの方の従魔です」
「!」

 その時、「従魔」という言葉にディルクは言葉を失い。フィリーネは「あの方」が誰を指すのかを知って、クラウスをいぶかしげに睨む。

「あなたはわたくしに何を隠していらっしゃいますの?」
「隠すだなんてとんでもありません。ただ、お話していないだけ、ですよ」
「アメリア様のことでしたら、こちらが聞かずともお教えいただきたいものですわ」
「物事には順序というものがありますからね」
「そのように誤魔化されるのは、気分が悪いですわ。その方を守っていらしたという『翼』とは一体何ですの? まさか、アメリア様も天遣族でいらしたということではありませんよね?」
「アメリア様……その方が――。クラウス殿、その方は今どちらに? ああ……翼が、屋敷の中に……取り戻さなければ……っ」

 二人の話で思い出したらしいディルクが、力の入らない足取りでフラフラと屋敷の方へ引き返そうとする。
 だが、その行く手をロミーがディルクの目前に尾の先を突き付けるようにして遮る。

「そうでした。地下からやって来ていたのですよね」

 屋敷から現れた魔物の群れが、植樹された藤玉蘭を境としてこちらには来ないものの、明らかに獲物を欲してざわめいている。それを目にしながらも、クラウスは変化したディルクと対峙した時より穏やかな声音で言う。

「あちらから来ていただく訳には参りませんの? 困りましたわね」
「ロミー、もうなれたからへいき。フィリーネ、よわい?」
「わたくしだって、問題なく行けますわ。仕方ありませんから、こちらから出向いて差し上げましょう。手厚い歓迎と思えば好ましいくらいですわ!」

 言い合いながら、先を争うように藤玉蘭並木を駆け出して行く二人。
 呆気に取られた様子のディルクは、信じられない思いで呟く。

「あれが……魔族なのですか……?」
「ええ。変わっておりますでしょう?」
「わたしも、微力ながら行って参ります」
「あの二人に任せておけば大丈夫ですよ。ご心配には及びません」

 答えて、彼女たちが駆けて行った先とは別の方向へ振り返ったクラウスは。

「奇遇と言うべきか、天の采配か。不思議と都合の良いことになりましたねえ」

 こちらへと向かい来る気配を察し、柔らかな笑みを湛えた。
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