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香琴国――叢雲 3――
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クラウスがアメリアの消息を掴んだのは、鵜丸にある神子の養成学校の新入生として、その名を目にした時だった。
当時、彼は一時的に愛鞠国を離れ、美扇国に訪れていた。八坂において魔族の侵攻がみられたからである。
討伐を済ませたクラウスは、自分が到着する前に犠牲となった神子を悼み、暫く滞在していた折りに、八坂を守護する二翼からその名簿を見せられたのだ。
近年、神子になる者が減っているという話の流れからであったのだが、クラウスはアメリアという特別変わっている訳でもない名に、自身が幼い頃に目にした残虐な行為を思い出し、確認の為に鵜丸まで向かおうとしたのだそうだ。
その頃、ディルクはまだ叢雲の守護に就いてはいなかった。
魔族の王の放つ気は、封印の内側から食い破ろうと漏れ出るばかりか、次々に魔物を生み出し、外側からも結界を破ろうと、その要となる六翼を屠るべく襲い来る。
二翼であるディルクはそんな六翼を補佐する役目にあったが、それは彼がこの地で生まれたからに他ならない。六翼を両親としても同じ六翼が生まれる訳ではない。その六翼もまた二翼として生まれ、能力の開花によって増えていくのだ。
しかしディルクは成長し、幾つ歳を重ねても二翼のままであった。それでも彼が魔族の王の気に呑まれることなく、穢れとは遠い存在でいられたのは、亡き両親から託された黒き翼のお陰と言えた。
その翼は、ディルクと同じように六翼を両親とする赤子から奪われたものだった。どうにか片方だけは取り返せたが、もう片方は持ち去られてしまったのである。
赤子が生まれ、翼が闇夜の如く漆黒に染められたものだと知ると、先ず行われたのは赤子の母親を罰することだった。
魔族の王の気を孕んだ不浄の者としておきながら、その翼は魔物を服従させる力を持つと、無惨にも幼い身から剥ぎ取ったのは、白い翼が灰色へと変色したことから、奇行が目立つようになった男で、名をバスティアン=エイセルという。
バスティアンはその翼を自分に移植するつもりであるらしかった。赤子の母親を罰しておきながらの矛盾した考えもまた、奇行の一つとして考えられたが、父親が娘の翼を取り戻そうとして殺められかけたことで、バスティアンは魔族に堕ちたのだと判断された。
帰国したクラウスは六翼たちを束ねる長、ベルンフリート=フェーベルに討伐完了の報告と共に、アメリアの件を切り出したという。
「彼女があの時の赤子であるかどうか、その確認に向かいたいのです」
「仮に、同一の娘であったとして、どうするつもりか」
「翼をお返ししたい。ディルクに託された翼を、せめて片翼だけでも。神子として贄となることがないように」
「しかし、黒き翼など受け入れるだろうか」
「黒き翼でも希望となりましょう」
「希望とは」
「魔物が跋扈する世であるならば、使役することで共存も可能かと」
「愚かな。我らは相容れぬ存在よ」
「しかしながら、人族の敵は魔物のみではありません」
「その象徴として利用するつもりか」
ベルンフリートへの交渉は難しいものだった。
この地で生まれたアメリアは死んだものとされており、羽々斬の出身だというアメリアという少女とは無関係だと断言されたのだ。
クラウスは何度も食い下がる。それには理由があった。
彼は元々、螺鈿国を治める四翼の王の、十人目の子であった。男ばかりである中で、年齢が七つを数える前に四翼となり、兄王子たちよりも高貴な存在となってしまう。
すると、クラウスは更に高い能力を得るだろうと、この六翼の集う地に送られたのだ。
確かにその言葉の通りとなったが、単純な話、クラウスに王の座を奪われたくない者たちが多かったのである。
そこでクラウスは、アメリアの両親となる男女の元で家族のように育てられた。
やがて母代わりの女性の妊娠を知ると、クラウスは誕生の時を心待にし、そして失望した。赤子の翼が穢らわしく見えた。
一時、バスティアンの言う通りに、母代わりの女性は不浄の者となったのだと信じてしまった。そのように生まれた赤子を憎み、疎んだ彼は、赤子など死んでしまえばいいとまで思ってしまう。
しかし、目の前で女性が殺され、赤子の背中から翼を引き剥がすのを見てしまった時に、自分の考えこそが穢らわしいものであったと気付いた。
翼を失った赤子が用無しとばかりに蹴り飛ばされると、クラウスはまだ辛うじて息のあった赤子に癒しの力を注いだ。
無惨に裂かれ、抉られた小さな背中に広がる大きな傷から、溢れ出る血を止めることは出来たが、その頃には赤子は息をしていなかった。
もういいから止めなさい。そう父親代わりの男性に言われた。悲しげで虚ろな瞳だった。それでも毅然と振る舞おうとする姿に、彼は打ちひしがれる。
取り返した片方の翼を赤子と共に滅却しようという声が上がったが、逆に残しておくべきだとする声も上がった。
赤子の翼が黒いものであったのは、母体に溜め込まれていた邪気の毒に違いないと。身を蝕むそれを赤子が取り込み、母親を守ろうとした証ではないか。
そんな風に考える者が多く現れたのは、赤子への同情もあっただろう。
魔族の王の放つ気の禍々しさに、耐えきれずに命を落とす赤子もいた。その時既に十五歳であったディルクのように、無事に成長する子供の方が珍しかったのだ。
その大事な赤子を。
例のない出来事に動揺し、過ちを犯してしまった。
他の六翼たちの言葉に、翼は後の代まで伝える遺品として扱われることとなり、まだ名前のなかった赤子は墓標に刻む為にアメリアと名付けられ、母親の亡骸と共に埋葬された――筈だった。
クラウスは自分に与えられた役目をこなしながらも、一応の区切りがつく度にベルンフリートに鵜丸へ行くことを願い出た。
ベルンフリートはその頃になってようやく、クラウスの執着のような申し出に合点がいったのだろう。
「羽々斬にいたというアメリアは、確かにあの時の赤子だ。翼を失っておきながら魔族堕ちにならずに済んだのは、ここより遥かに遠い地へ送った為であろう。神子にさせるつもりなど毛頭なかったが、己が決めたことなれば仕方あるまい」
そう言った上で、アメリアの生存を歓喜するクラウスへと、こう言った。
「お前の身が蝕まれていることは知っている。我らを凌ぐ力に頼りきっていた所為なれば、我らはお前に償わなければならない」
「これはわたし自身の未熟さから起きたこと。償いなどと気になさられるものではありません」
「否、これまで我らがお前をこの地から離れさせなかったのは、齢十二で六翼となったお前の力を欠くことで、我らがその負担を支えられるか自信がなかったからだ。あれから子の誕生は少なく、そしてやはり強過ぎる邪気に耐えられる赤子もいなくなった。懐妊した者を『外』に出して、ある程度成長させてから戻らせても、すぐに蝕まれてしまう。お前のように『外』から訪れる六翼、或いは六翼となるであろう者の存在も確認されていない」
「――」
「お前が危惧していたように、人族の敵は魔族や魔物といった明確なものではなくなった。それが天遣族の衰退を招いている。いずれ、この地を守護する者はいなくなるやもしれん」
「二翼の者たちが懸命に堪えているのですから、四翼でも補えるのではありませんか?」
「本気で言っている訳ではないのだろう? 翼が白いだけで堕落した奴らには何も出来まい」
「……」
「クラウス。アメリアの元へ向かいなさい。翼を渡したところで再生することなど有り得まいが、お前が気の済むようにすればよい。神子として磨かれた後に、もしかすると新しく翼が生えることもあるかもしれない。であれば、黒き翼のことなど知らさぬ方が娘の為だろう」
「ベルンフリート様……!」
「娘を頼む。お前が我にとって息子と変わらぬものであることも忘れるな。道を過たず、この地に戻ることがなくとも、天遣族としての誇りを失わぬように」
封印の地を離れたその日、討伐の派遣で送り出されるのとはやはり違っていて、集まれるだけの者たちが見送りに来たという。
そうしてクラウスがディルクの元を訪れたのが半年前。
アメリアの様子を窺い、能力と精神力を鍛えることは必要であるとして、正式に神子となるまで待つと決めたのは、ディルクの身に起きた翼を狙っての魔物の大量襲撃などからであったが、ディルクはアメリア自身にも危険が及ぶことを懸念していた。
そこでクラウスは、新任神子の乗る馬車が無事に目的地へ到着するまでと約束して、鵜丸へ向かったのだった。
「後のことは、皆様の方がお詳しいかと」
そこまで話しきると、ディルクは疲れたように後退し、壁に寄り掛かりながらズルズルと腰を落とす。
クラウスが振り返って小さく頭を下げると、ディルクは姿勢を正して頭を下げ返した。
「色々と、分かったことがありますわ」
フィリーネが言うと、双子が自分もと主張するように、身を乗り出して手を挙げた。
「大将、王子だった! さーっすがぁ! これからは王子って呼ぶねー」
「やめて下さい。呼んだら尻尾を斬り落としますよ?」
「お兄さん、あの四翼と神子の翼を奪った奴には血の繋がりが?」
「ええ。エイセルと名乗る以上、血縁にあることに間違いはないのでしょう。その上、他者の翼を奪おうとするところも、そっくりですし」
「あとあと、そこのおじいちゃんと大将は仲良し!」
「ディルクはおじいちゃんではありませんよ? まだ三十代ですから」
「ええっ!? ごめんなさいっ」
「いえいえ。お気になさらず」
ラザファムの問いはまともであったが、ムスタファのそれは軽く頭痛を起こさせるようなものだった。
フィリーネは心の中でその程度のことではないとぼやく。
クラウスの中に時折見える闇きもの。それは、バスティアンの非道を目の当たりにしたことと、一度でもアメリアを穢らわしいものとして見てしまったことへの罪悪感だろう。それは、今のアメリアへの態度にも通じる。
自分の運命だとして大事に扱うのは、喪わずに済んだ命への贖罪からか。
「うう」
隣でロミーが頭を抱えている。ディルクの話がどれだけ理解出来たか分からないが、双子のように挙手して何かしらの発言がしたいようだ。
しかし、フィリーネにはどうでもいいことなので、放っておく。
クルトは何故だか泣き出しそうな表情でアメリアを見つめていた。
アメリアは穏やかな表情で眠っている。それを慈しむように見下ろすクラウス。
「可哀想な人……」
ぽつりと呟いた言葉は、フィリーネ自身にも誰に向けたものなのか、判然としなかった。
当時、彼は一時的に愛鞠国を離れ、美扇国に訪れていた。八坂において魔族の侵攻がみられたからである。
討伐を済ませたクラウスは、自分が到着する前に犠牲となった神子を悼み、暫く滞在していた折りに、八坂を守護する二翼からその名簿を見せられたのだ。
近年、神子になる者が減っているという話の流れからであったのだが、クラウスはアメリアという特別変わっている訳でもない名に、自身が幼い頃に目にした残虐な行為を思い出し、確認の為に鵜丸まで向かおうとしたのだそうだ。
その頃、ディルクはまだ叢雲の守護に就いてはいなかった。
魔族の王の放つ気は、封印の内側から食い破ろうと漏れ出るばかりか、次々に魔物を生み出し、外側からも結界を破ろうと、その要となる六翼を屠るべく襲い来る。
二翼であるディルクはそんな六翼を補佐する役目にあったが、それは彼がこの地で生まれたからに他ならない。六翼を両親としても同じ六翼が生まれる訳ではない。その六翼もまた二翼として生まれ、能力の開花によって増えていくのだ。
しかしディルクは成長し、幾つ歳を重ねても二翼のままであった。それでも彼が魔族の王の気に呑まれることなく、穢れとは遠い存在でいられたのは、亡き両親から託された黒き翼のお陰と言えた。
その翼は、ディルクと同じように六翼を両親とする赤子から奪われたものだった。どうにか片方だけは取り返せたが、もう片方は持ち去られてしまったのである。
赤子が生まれ、翼が闇夜の如く漆黒に染められたものだと知ると、先ず行われたのは赤子の母親を罰することだった。
魔族の王の気を孕んだ不浄の者としておきながら、その翼は魔物を服従させる力を持つと、無惨にも幼い身から剥ぎ取ったのは、白い翼が灰色へと変色したことから、奇行が目立つようになった男で、名をバスティアン=エイセルという。
バスティアンはその翼を自分に移植するつもりであるらしかった。赤子の母親を罰しておきながらの矛盾した考えもまた、奇行の一つとして考えられたが、父親が娘の翼を取り戻そうとして殺められかけたことで、バスティアンは魔族に堕ちたのだと判断された。
帰国したクラウスは六翼たちを束ねる長、ベルンフリート=フェーベルに討伐完了の報告と共に、アメリアの件を切り出したという。
「彼女があの時の赤子であるかどうか、その確認に向かいたいのです」
「仮に、同一の娘であったとして、どうするつもりか」
「翼をお返ししたい。ディルクに託された翼を、せめて片翼だけでも。神子として贄となることがないように」
「しかし、黒き翼など受け入れるだろうか」
「黒き翼でも希望となりましょう」
「希望とは」
「魔物が跋扈する世であるならば、使役することで共存も可能かと」
「愚かな。我らは相容れぬ存在よ」
「しかしながら、人族の敵は魔物のみではありません」
「その象徴として利用するつもりか」
ベルンフリートへの交渉は難しいものだった。
この地で生まれたアメリアは死んだものとされており、羽々斬の出身だというアメリアという少女とは無関係だと断言されたのだ。
クラウスは何度も食い下がる。それには理由があった。
彼は元々、螺鈿国を治める四翼の王の、十人目の子であった。男ばかりである中で、年齢が七つを数える前に四翼となり、兄王子たちよりも高貴な存在となってしまう。
すると、クラウスは更に高い能力を得るだろうと、この六翼の集う地に送られたのだ。
確かにその言葉の通りとなったが、単純な話、クラウスに王の座を奪われたくない者たちが多かったのである。
そこでクラウスは、アメリアの両親となる男女の元で家族のように育てられた。
やがて母代わりの女性の妊娠を知ると、クラウスは誕生の時を心待にし、そして失望した。赤子の翼が穢らわしく見えた。
一時、バスティアンの言う通りに、母代わりの女性は不浄の者となったのだと信じてしまった。そのように生まれた赤子を憎み、疎んだ彼は、赤子など死んでしまえばいいとまで思ってしまう。
しかし、目の前で女性が殺され、赤子の背中から翼を引き剥がすのを見てしまった時に、自分の考えこそが穢らわしいものであったと気付いた。
翼を失った赤子が用無しとばかりに蹴り飛ばされると、クラウスはまだ辛うじて息のあった赤子に癒しの力を注いだ。
無惨に裂かれ、抉られた小さな背中に広がる大きな傷から、溢れ出る血を止めることは出来たが、その頃には赤子は息をしていなかった。
もういいから止めなさい。そう父親代わりの男性に言われた。悲しげで虚ろな瞳だった。それでも毅然と振る舞おうとする姿に、彼は打ちひしがれる。
取り返した片方の翼を赤子と共に滅却しようという声が上がったが、逆に残しておくべきだとする声も上がった。
赤子の翼が黒いものであったのは、母体に溜め込まれていた邪気の毒に違いないと。身を蝕むそれを赤子が取り込み、母親を守ろうとした証ではないか。
そんな風に考える者が多く現れたのは、赤子への同情もあっただろう。
魔族の王の放つ気の禍々しさに、耐えきれずに命を落とす赤子もいた。その時既に十五歳であったディルクのように、無事に成長する子供の方が珍しかったのだ。
その大事な赤子を。
例のない出来事に動揺し、過ちを犯してしまった。
他の六翼たちの言葉に、翼は後の代まで伝える遺品として扱われることとなり、まだ名前のなかった赤子は墓標に刻む為にアメリアと名付けられ、母親の亡骸と共に埋葬された――筈だった。
クラウスは自分に与えられた役目をこなしながらも、一応の区切りがつく度にベルンフリートに鵜丸へ行くことを願い出た。
ベルンフリートはその頃になってようやく、クラウスの執着のような申し出に合点がいったのだろう。
「羽々斬にいたというアメリアは、確かにあの時の赤子だ。翼を失っておきながら魔族堕ちにならずに済んだのは、ここより遥かに遠い地へ送った為であろう。神子にさせるつもりなど毛頭なかったが、己が決めたことなれば仕方あるまい」
そう言った上で、アメリアの生存を歓喜するクラウスへと、こう言った。
「お前の身が蝕まれていることは知っている。我らを凌ぐ力に頼りきっていた所為なれば、我らはお前に償わなければならない」
「これはわたし自身の未熟さから起きたこと。償いなどと気になさられるものではありません」
「否、これまで我らがお前をこの地から離れさせなかったのは、齢十二で六翼となったお前の力を欠くことで、我らがその負担を支えられるか自信がなかったからだ。あれから子の誕生は少なく、そしてやはり強過ぎる邪気に耐えられる赤子もいなくなった。懐妊した者を『外』に出して、ある程度成長させてから戻らせても、すぐに蝕まれてしまう。お前のように『外』から訪れる六翼、或いは六翼となるであろう者の存在も確認されていない」
「――」
「お前が危惧していたように、人族の敵は魔族や魔物といった明確なものではなくなった。それが天遣族の衰退を招いている。いずれ、この地を守護する者はいなくなるやもしれん」
「二翼の者たちが懸命に堪えているのですから、四翼でも補えるのではありませんか?」
「本気で言っている訳ではないのだろう? 翼が白いだけで堕落した奴らには何も出来まい」
「……」
「クラウス。アメリアの元へ向かいなさい。翼を渡したところで再生することなど有り得まいが、お前が気の済むようにすればよい。神子として磨かれた後に、もしかすると新しく翼が生えることもあるかもしれない。であれば、黒き翼のことなど知らさぬ方が娘の為だろう」
「ベルンフリート様……!」
「娘を頼む。お前が我にとって息子と変わらぬものであることも忘れるな。道を過たず、この地に戻ることがなくとも、天遣族としての誇りを失わぬように」
封印の地を離れたその日、討伐の派遣で送り出されるのとはやはり違っていて、集まれるだけの者たちが見送りに来たという。
そうしてクラウスがディルクの元を訪れたのが半年前。
アメリアの様子を窺い、能力と精神力を鍛えることは必要であるとして、正式に神子となるまで待つと決めたのは、ディルクの身に起きた翼を狙っての魔物の大量襲撃などからであったが、ディルクはアメリア自身にも危険が及ぶことを懸念していた。
そこでクラウスは、新任神子の乗る馬車が無事に目的地へ到着するまでと約束して、鵜丸へ向かったのだった。
「後のことは、皆様の方がお詳しいかと」
そこまで話しきると、ディルクは疲れたように後退し、壁に寄り掛かりながらズルズルと腰を落とす。
クラウスが振り返って小さく頭を下げると、ディルクは姿勢を正して頭を下げ返した。
「色々と、分かったことがありますわ」
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「大将、王子だった! さーっすがぁ! これからは王子って呼ぶねー」
「やめて下さい。呼んだら尻尾を斬り落としますよ?」
「お兄さん、あの四翼と神子の翼を奪った奴には血の繋がりが?」
「ええ。エイセルと名乗る以上、血縁にあることに間違いはないのでしょう。その上、他者の翼を奪おうとするところも、そっくりですし」
「あとあと、そこのおじいちゃんと大将は仲良し!」
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「ええっ!? ごめんなさいっ」
「いえいえ。お気になさらず」
ラザファムの問いはまともであったが、ムスタファのそれは軽く頭痛を起こさせるようなものだった。
フィリーネは心の中でその程度のことではないとぼやく。
クラウスの中に時折見える闇きもの。それは、バスティアンの非道を目の当たりにしたことと、一度でもアメリアを穢らわしいものとして見てしまったことへの罪悪感だろう。それは、今のアメリアへの態度にも通じる。
自分の運命だとして大事に扱うのは、喪わずに済んだ命への贖罪からか。
「うう」
隣でロミーが頭を抱えている。ディルクの話がどれだけ理解出来たか分からないが、双子のように挙手して何かしらの発言がしたいようだ。
しかし、フィリーネにはどうでもいいことなので、放っておく。
クルトは何故だか泣き出しそうな表情でアメリアを見つめていた。
アメリアは穏やかな表情で眠っている。それを慈しむように見下ろすクラウス。
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