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香琴国――叢雲 3――
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しおりを挟む「んん……うるさい」
クルトが二度三度と寝返りを打ち、目を擦りながら起き上がる。
「ごめんね。でも、起きてくれて良かった。外、大変なの」
申し訳なさそうなアメリアの声に、そちらを向くと、アメリアは震えるディルクの背中を擦っているところだった。
何事があったのか不安にならずにいられない程に、あれだけしっかりしていた繭が半壊している様に、口をあんぐりと開け、月明かりによって明るくなったその中で、ディルクの身体が震えていることに気付く。
そして、無惨に繭が開かれたところから死角となる方角に、多数の獣の唸り声や衝突音、衝撃音、悲鳴、怒鳴り声、合間にボソボソと話す声などが聞こえる。
「あ、駄目だよ、クルトくんっ」
のそのそと這いながら外の様子を窺おうとすると、そのクルトの尻尾が握られてしまう。
「きゃんっ」
「ご、ごめんなさい。でも、外に出ないでって、さっきロミーに言われたから……」
ズガンッ
轟音が響き、爆風に煽られて繭が揺れた。
クルトはアメリアにしがみつき、アメリアはそんなクルトとディルクとを翼を広げて包むように抱き寄せる。
一瞬、辺りが閃光に照らされたのは、クラウスによる光系、或いは雷系の術によるものか。
轟音によって掻き消された断末魔の叫びに、アメリアたちは気付かなかったが、漆黒の翼が僅かに毳立った後に光沢を放ったようだった。
「やっぱり、僕見てくる。何か嫌な臭いがするんだ。それに紛れて獣人のも感じる。確かめなきゃ気が済まないんだよ」
耳を塞いでアメリアにぴったりと身を寄せていたクルトだったが、また這い出して外の様子を窺おうとする。
今度はアメリアも止めようとはしなかった。
それどころか、自分もとついていく。まだ震えているディルクのことは気にかかるが、何が起きているのかを知りたい気持ちもあった。
「うわあぁぁっ!」
すぐに泣き叫びながら獣化させた拳をふるうムスタファに、視点が誘導された。そのすぐ傍らで同じように獣化させた足で相手を蹴り倒していくラザファムの姿があったが、こちらも苦しいような表情で戦っているのが分かる。
帽子もコートも繭の中であり、身軽な状態で苦戦しているようではない。返り血を浴びているだけなのか、怪我をしている様子もない。
それなのに双子が相手を挑発するでもなく、やいやいとお互いに言い合いをするでもなく、ひたすらに目の前の相手に攻撃を繰り出していくのは、相手が、倒しても倒しても起き上がる、不死者のようであるからか。
「人狼……?」
「――」
目を凝らしながら呟くクルト。特に訊ねた訳ではなかったが、それでもアメリアの反応がないことが気になって振り向くと。
「ちょ、大丈夫?」
双子が相手をしている者たちが、生ける屍状態であるからだろう。アメリアは卒倒しそうなまでに顔を青ざめさせ、涙を流し、嗚咽を堪えるように口許を手で覆いながら小刻みに震えていた。
「ほら、戻りなよ」
言って、クルトが繭の中へ押し遣ろうとするが、アメリアは涙を拭うと外へ飛び出す。
「ちょっと!」
翼を広げ、無意識に飛ぼうとしたのだろうが、翼の大きさが違う為に身を崩して前のめりに倒れそうになる。
「駄目だよ、行ったら」
先程とは立場が逆になっているが、クルトの方が必死だった。
何故なら、拳くらいの大きさの色とりどりの精霊たちが、小さな漆黒の翼を取り巻いて力を注いでは消えていく。そうするうちに左右の平衡感覚の悪さが調和され、飛び立とうとする彼女の腕を懸命に引っ張り続けなければならなかったからだ。
「あっ!」
だが、クルトの頑張りも、一瞬の隙を突いて無駄になってしまう。
息を吸い込んだ際に力がゆるんだところで、アメリアの腕がクルトの両手を脱け出し、とうとう飛び立ってしまったのだ。
「アメリア様!」
制止するフィリーネの声。
アーダルベルトと対峙していたクラウスの気がそちらに逸れ、金剛石の鎗を武器として、クラウスに術の展開時間を与えぬよう攻撃を繰り出していたアーダルベルトが、防戦一方でありながら決定的な一撃を与えることも出来ずにいたところでの好機に、大振りでの連撃を食らわせる。
「ぐぅっ……!」
盾となった翼を打ち開き、身を庇おうとする腕を弾き、石突が顎を打ち上げた後に、胸部へと入る一閃。
血飛沫が月光の下で鮮やかに煌めく。
二人が大神族同士の戦いから離れた上空にいた為、クラウスの身体は真っ逆さまに落ちていった。
「クラウス、さま」
既に死臭を放つ大神族の頭部を尻尾で打ち抜き、気が済まずに首をはね、四肢を断ってから、ロミーが落ちてきたクラウスを受け止めようとしたが、華奢過ぎるロミーでは受け止めきれる筈もなく、一緒に地に倒れ込むこととなった。
「うう、クラウスさま、おきて。ロミー、おもい。つぶれる」
「……」
返事を待った。
辺りを窺いながらもう少し待つ。
太陽を小さな粒にしたような、眩しくあたたかい光がクラウスを包む。
青年の下敷きとなって身動きが取れずにいたロミーだったが、光の――精霊の力によって重さを感じなくなり、どうにか這い出ることに成功した。
「クラウスさま、ちがいっぱい……」
裂かれた胸部から溢れ出る鮮血に、ロミーの表情が歪む。
歪で邪悪な笑みだった。
「クラウスさま、おいしそう。おいしそうな、いいにおい。ロミー、これたべたい」
舌で唇を舐め、これまでクラウスでさえも目にしたことのない、恍惚とした表情で主の胸へと手を伸ばす。
ペチャリ
「~~~~~!!」
その生温い感触に、ロミーが声にならない歓喜の悲鳴を上げた。
「クラウスさま、クラウスさま、クラウスさま。ロミーにちょうだい。このあかいのぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ロミーがもらうの」
あはは、あははははっ。と楽しげに笑う狂気を恐れてか、精霊たちが光を点滅させながら逃げて行く。
それまでロミーを敵と認識していた筈の大神族たちも、彼女のことなどいないものとして近付かなくなったのもその為か、或いは。
「これだから魔族は穢らわしいんだ。こんな者を従える程に愚かだったということだな、クラウス=ルーツ」
アーダルベルトが二人の傍へ降りると、ロミーが牙を剥いて威嚇する。
「僕のこの鎗は、魔族なんかに遣うものじゃない。派手に散れ。炎の華に穿たれて爆ぜろ」
鎗を手にしていない方の手がロミーに向けられた。
ハッと身構えるロミー。
チラリとクラウスに目を落とした時には、もう普段と変わらぬロミーに戻っていた。
「クラウスさま。ロミー、わるいこ。だから、アメリアとももうあえない? クラウスさま、たべようとしたのあやまるから、だから、たすけて」
「天遣族に命乞いなんかするなよ、魔族の分際で」
アーダルベルトの掌中が赤く燃え盛る炎を生み出す。
「ああそうだ。あの神子のローブを着た奴は何者だ? あの翼をどうやって移植した? 移植のお陰でただの人族が天遣族になるなんて聞いていないぞ。すぐに剥ぎ取ってやる。黒白の翼を手に入れてからな」
ピクリ、とクラウスの腕が動いた。
「!」
アーダルベルトが訝るように目を眇めた時、シュルシュルと地面からたくさんの蔓が伸び、アーダルベルトの身体を宙吊りにして拘束する。
「あなたのお話が長くて助かりましたよ」
胸をおさえながらクラウスがむくりと起き上がる。手は淡く発光しており、溢れ出ていた血が止まったばかりか、まだ凝血となりきらなかった分の血が、クラウスの中へと戻っていく。
「化け物っ」
「何を仰有いますか。失礼ですよ? これは極大の回復術なんですから。まあ、六翼くらいにならないと扱えませんから、あなたがご存じないのも仕方ないことですね」
にこやかに言うクラウスだが、纏う気は戦慄を覚える程に冷たい。
「クラウスさま、おこってる?」
「ロミーのお仕置きは、後にしますね。今は、こちらの汚物を片付けなければなりませんから」
恐る恐る訊ねるロミーに、クラウスは振り返ることなく答える。その声音は幾分柔らかなものだったが、ロミーは気付かず涙目になる。
「汚物だと? 黒白のクセに!」
アーダルベルトが吐き捨てるように言い放つ。術の展開前に消滅した炎は、蔓の一部を焦がしていたが、もしもそのまま蔓から逃れる為に自分から離れた辺りへと向けていても、蔓と一緒に燃えることになっていただろうから、そちらの方が楽だった。そう「思ったことがつい口をついて出てしまった」といったように呟くクラウス。
しかし、彼に対する際の、その少し小馬鹿にしたような口調は、そこまでだった。
「あの方から翼を奪おうなんて、たとえ虚仮威しであったとしても、赦しませんよ」
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