黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――叢雲 3――

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 クラウスがアーダルベルトの攻撃を受け、そう長くない間意識を手放していた頃。
 不死者のように変わり果てた、同族である大神族と戦っていたラザファムとムスタファは、アメリアが飛来したことに驚き、また、アメリアを前に異形の大神族たちが動きを止めたことに驚いた。
 それまで、双子やフィリーネ、そしてロミーに対して、執拗に繰り返し繰り返し襲い掛かって来ていたのである。腹部に穴を開ける程の蹴り――強靭な肉体である筈の大神族にしてはあまりにももろかった――を受けても、足を引き千切られても、糸で拘束されても皮膚が裂かれることすら躊躇わず。急所と言える鼻面に拳を叩きいれても物ともせずに向かって来たのだ。
 それが、少女一人の出現により一変するとは、思いもしないことだった。
 フィリーネも戸惑った様子でアメリアを見つめ、しかし大神族への警戒も怠らなかった。
 アメリアは泣いていた。
 頬を伝う涙がキラキラと輝いている。
 漆黒の翼を取り巻く精霊の光の所為か、幻想的で神々しいものを見ているようだった。

「こんなの、酷すぎるよ」

 アメリアの手が伸び、腰をいびつに折り曲げて背骨を飛び出させた状態にある、一体の大神族の頭を胸に抱く。

「もういいんだよ。ゆっくり休もう?」

 幼子を寝かしつけるかのように言うと、頭を抱かれた者はたちまち白骨化して崩れ落ちていく。
 アメリアは骸骨を優しく撫でると、散らばった骨を集めた上に置いた。
 漆黒の翼が一度羽ばたくような動きを見せて光沢を放つ。

「時の輪より外れし者の、魂の安寧と健やかなる回帰を願わん」

 手向けられた祈りのことば
 悲しみをはらんだ清浄なる声。
 圧し殺したような嗚咽は、ムスタファのものか。
 その時、動きを止めていた他の大神族の者たちが、覚束無い足取りでアメリアの方へ向かい始めた。

「お待ちなさい!」

 アメリアに近付けまいとするように、フィリーネが立ちはだかる。
 邪魔をするなと大神族たちが牙を剥き出しにして唸ったが、彼女の意図は違っていた。

「大勢で押し寄せるなんて、しつけがなっておりませんわ。アメリア様のお力にすがるおつもりでしたら、きちんと順番にお待ちなさいな」
「…………」

 威嚇がおさまる。
 おお、とラザファムが感心したような声をあげた。
 ただ襲い来るだけだった彼らが、さすがに並んだりすることはなかったが、フィリーネの言葉を理解した上でそれに従うように、先に一体だけがふらふらとアメリアの方へ手を伸ばして進み出たからだ。

「有難う、フィリーネ」

 にこりと微笑まれ、フィリーネは頬を染めてアメリアの邪魔にならないようにと距離を取る。
 伸ばされた手を取り、優しく引き寄せて抱き締める様子を見るのは、彼女の心を少なからず乱したが、目の前で起こされた奇跡に憧憬しょうけいの念を抱きながらも、不安であった。
 また、倒れてしまうのではないかと。
 フィリーネの脳裡に、あの冷たくなっていくアメリアの姿が浮かぶ。死に至らなかったものの、回復したのだからそれで良いと割り切れるものではない。また同じことがあったら、次も助かるとは限らないと胸が引き裂かれるような思いだ。
 一体、また一体と白骨化した大神族の、骨が積まれた小山が増えていく。
 彼らは従順だった。その姿の異形さがなければ天遣族を崇拝する敬虔な信者のように思われただろう。
 ラザファムとムスタファは、倒壊したディルクの屋敷「藤御殿」の瓦礫の中から、幾つかの箱や欠損部分のある壺などを身繕い、アメリアが増やした小山を減らしていった。
 遺骨を納める為である。
 どれが誰であるか、そもそも誰であったのかは分からないが、一緒に埋めるにしても骨を混ぜてしまうよりはいいと考えたのだろう。

「……あら?」

 双子の作業に気付きはしたものの、手伝うつもりは毛頭ないフィリーネは、心配していたことすら忘れて陶然とアメリアを見つめていたが、その夜闇に溶け込みそうになるのを、精霊の光によって浮かび上がらせている存在の変化に気付いた。
 漆黒の小さな翼が、白い翼と変わらぬ大きさまでに成長している。
 それは、小さな光の粒でしかなかったものが、蛍火のようになり、拳大に膨らみ、やがて思い思いの姿へと変化する精霊のように、アメリアが力を行使する度に翼が伸びていっているのだった。
 しかし見方を誤れば、まるで大神族たちの魂を吸収しているように思われる。
 ふと、アメリア自身までが変わってしまうのではないかという考えが、空洞に吹き込む風のように胸をよぎった。
 翼を得たアメリアは、最早か弱い人族ではなく、自己犠牲を尊ぶ愚かな神子でもなく、六翼ではないが特別な天遣族だ。
 穢れない純白の翼を背負うのは、この世界の平穏を願い、救済の手を差しのべ、魔物や魔族に蹂躙じゅうりんされぬよう守護の任にあたる者の至上命題のあらわれ。
 怠れば翼の輝きは失われ、やがて灰色に染まっていく。
 しかし、灰色の翼より蔑まれるのは黒に染まったものだった。
 これの根底は畏怖であろう。
 魔族の王と同じであることを理由に、穢れたものとして認識されているが、バスティアン=エイセルのように、魔族をも従わせる力を持つとして一部の知るところとなっている。
 翼の黒化が生じた者を「黒白」と呼び、忌避する。それが天遣族の中では――特に国を統治する任に就いただけの四翼たちには――何ら疑うべくもない常識だったが、アメリアの一件から魔物や魔族の討伐、結界の維持などに従事している者たちの間では、逆に誇れるものとして考えられるようになっていた。
 そしてフィリーネも、ディルクの話やクラウスの翼などから、先の答えに辿り着いていた。

 目の前で起きているのは、アメリアが大神族たちの魂を吸収しているのではなく、穢れを引き受けているのだと。
 彼らが白骨化していくのは、不浄の存在として得てしまった不死の力から解放されただけなのである。

「お見事でしたわ、アメリア様」

 頭部を潰されて転がっていた者を含め、全てを忌まわしい呪縛から解き放ったアメリアの傍に駆け寄ったフィリーネだが、いつものように抱きつくことに躊躇する。

「わ、私、何だか失礼な感じじゃなかった? 自分でもよく分からないうちに、クラウスさんみたいなことしてて、途中で私がしていいことだったのかなって思っちゃったりして……」

 手前で足を止めたフィリーネに代わり、距離を詰めて彼女の手を取って抱き締めるアメリア。
 その手の冷たさに、フィリーネは瞬間ドキリとしたが、目を潤ませて自分がしたことが良かったことなのか否かと悩む様子を見せる主に、いつもと変わらないことを安堵して微笑む。

「アメリア様の方がずっとご立派で素敵でしたわ。あの双子をご覧下さい。あのように弔いの準備に勤しんでおります。仲間を討つのはきっと辛いことですもの。あまりお利口ではない双子もきっと感謝しているに違いありません」

 堪えきれず、ひしっとその身体を抱き締めたフィリーネは、アメリアが苦しいと訴えるまで、豊満な胸の谷間に大切な主の顔を埋めさせるのだった。
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