黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 1――

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 糸から人々を解放して回っていると、朝を迎えていた。
 亡骸を並べただけで広場は埋まり、その数は三百人に届こうとしていた。
 蜘蛛がいなくなったことで、ディルクにはクルトを任せたまま、ラザファムとムスタファも手伝いに駆けつけたが、自分たちの仲間であった者たちの墓をつくったばかりということもあり、精神的な負荷が重く掛けられたことは、沈痛な面持ちで黙々と動くことから察することが出来た。
 意識を取り戻したセリムは自分の身に起きた奇跡に気付いたらしく、アメリアに付き従うように働いている。友人や隣人、家族の亡骸を前に、茫然自失状態になることもあったが、一言一言声を掛け、抱き締めて別れを告げる様が、フィリーネの胸を穿うがつ。
 これは自分の妹がしたことなのだと、謝罪を口にしようとしたのか、口を開きかけたところでクラウスの手が彼女の肩を掴んだ。

「あなたに、彼の絶望と憎悪を一心に受ける覚悟はありますか?」
「……」
「女王が滅んだことを伝えたことで、彼の中には行き場のない様々な感情が渦を巻いている時でしょう。その行く先を与えることが必要である場合もありますが、今は違います。あなたが八脚である以上、彼にとっては家族の命を奪った存在。いかなる弁明も赦されません」
「それは分かっておりますわ」
「――そうですか」

 クラウスの声音が一段低いものとなった。

「ならば、わたしは彼にあなたの遺体を差し出さなければなりません」
「!」

 フィリーネが目を見開いてクラウスを凝視する。
 何かすぐに他の提案をしてくるだろうと待った。しかし、続けられた言葉に求めたものは、ない。

「彼は魔族を恨み、憎んで生きていくとわたしに仰有いました。天遣族であるわたしに、魔族を……いては魔物を根絶やしにして欲しいと」
「っ」

 その言葉にフィリーネの表情が悲痛に歪む。
 人族はいつも・・・そうだ。被害者の振りをして加虐精神を隠している。
 そんな中で神子のような……アメリアのような存在がいるから、愛しくもあったというのに。結局は善悪関係なく気に入らないものを全て排斥しなければ気が済まないのか。

「では、ロミーは?」

 アメリアの元に駆け寄る見窄みすぼらしい姿の鎖尾くさりびのロミー。鎖状になったサソリの尾を隠すことなく赤子の遺体を抱えてセリムに見せている。
 セリムは嫌な顔一つせず、ロミーの腕の中の遺体を覗き込むと、彼女を連れて並べられてある遺体の一角へ向かっていった。

「ロミーをあの姿のまま、わたしが従魔としていることが、彼の気分を少し浮上させたのでしょう。髪は艶もなくパサパサで長さも不揃い。服は擦り切れて古く、靴を長いこと履いていない足は傷だらけで土塗れな状態が定着している。言葉は辿々しく、言動が幼い。――襤褸ぼろ切れのように使い捨てられる運命にあると考えたのか、幼子のような雰囲気に騙されたのかは分かりませんが、彼がロミーを受け入れたことは確かなようですね」
「でしたらわたくしも……アメリア様の従魔なのですから」
「ですから」
「!」
「八脚がいては困るのですよ。いえ、そう名乗られたら困ってしまうのです。わたしたちがこの悲劇を招いてしまったかもしれないのですよ?」

 それはまるで、真実を隠蔽いんぺいしようと企む者の言葉ではないかとフィリーネは思う。
 しかし、知らなくてもいいことを敢えて知らせることで、人の精神を崩壊させる術があることを知らない訳ではなかった。

「……そろそろクルトが目を覚ます頃でしょう。行って、説明をお願い出来ますか?」
「分かりました。そう致しますわ」

 俯いて返事をしたフィリーネは、一度アメリアの方を振り返り、ロミーへと柔らかな笑顔を向けていることを知り、切なげな表情になって馬車へと戻って行った。

 一方、赤子の遺体を抱えて来たロミーの発言に、アメリアは胸の中に温もりが広がるのを感じた。

「おかあさん、どこ? ロミー、わからない。ちいさいのはおかあさんといっしょがいいのに」

 赤子の遺体は広場の隅の花壇に落ちていたという。糸が巻き付けられていたのが首の周辺であったことから、母親から取り上げてすぐにつまみ食いをしようとして、別の獲物を見付けたか何か気を逸らされることがあって、放置されたと思われる。

「この子はカティさんのところのネリーだ。可哀想に……産まれてからまだ一月も経ってないんだぞ……?」
「おかあさん、しってる? どこ?」

 セリムが感傷に浸る時間も与えず、ロミーが急かす。

「ああ、確かこっちの方に寝かせてあった筈だ」

 今度はセリムがロミーを急かすように、促した。
 遺体を並べる為に時間を費やしてしまっているのは、身元が分かるように顔や衣服がある程度見えるまで、糸を切り裂いているからであったが、なるべく家族は揃えて並べようとしているからでもあった。
 これに関してはセリムの記憶が頼りであり、中には見覚えすらない遺体もあったが、それは仕方ないものである。

「ああ、ここだ。ちょっと旦那さんはこっちに寄せて……。この間にネリーを入れてやってくれ」
「うん。これでちいさいのもあんしん」

 満足そうに頷くロミーを、セリムが不思議そうに見つめたが、何も言わずに先程までいた運び途中の遺体の元へ行こうとすると。

「おい、あんたら。どういうことだ、これは。何があった?」

 犠牲となった区画から外れたところからやって来たのだろう。馬車を降りた壮年の男が遺体に怯えながら声をかけてきた。

「魔族に襲われたんですよ」

 怒りに声を震わせながらセリムが答える。

「魔族に!? そ、それで……おお、天遣族の方がおられましたか。こちらの方が?」
「いえ、私は……」

 白い翼を目にしてニコニコとアメリアに向けて拝むような所作をした男は、アメリアが神子のローブを着ていることと、片翼が漆黒であることに気付き、訝る様子を見せた。
 しかしそれでも、不吉なものを目にしたような雰囲気はない。

「こちらの方は、俺の命の恩人です。いえ、俺は魔族に襲われたんじゃないんですけど、地下道の天井が崩れたみたいで、頭を打って……。多分死ぬところだったんですけれど、奇跡の力で生き残らせていただきました。すみません、俺なんかが残って……」
「否、何を謝る必要がある? これから辛いだろうが、わたしたちが力になろう」

 涙ぐむセリムに男が励ますように肩を掴む。
 そこへ状況を説明する為にやって来たのだろう。クラウスがアメリアの姿を男から隠すように降りてくると、その登場を顎が外れんばかりに口を開けて見ていた男は。

「わたしはクラウス=ルーツと申します。魔族襲撃の件でありましたら、どうぞわたしにお訊ね下さい」

 穏やかな口調で言うクラウスを仰ぎ見ながら膝を着き、六翼降臨の際の儀式となっているような、祈りの時間が開始された。
 男が乗っていた馬車の馭者や、後続してこちらを窺っていた者たちも含めて。
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