黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 2――

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 ウルリーケの犠牲になった者たちの慰霊の儀まで、ここに留まることになったアメリアたちは、被害を知って訪れた者たちに後のことを任せると、主のいない宿を借りて身を休ませた。
 既に十分な睡眠を摂っていたクルトは、十分とはいかないまでも、それなりに休めていたディルクを強引に誘って外に出る。
 ディルクの服装は紳士的なスーツに変わっている為、一見すると少年クルトの後見人か何かに見えた。

「ん? 何だ、あんたら」

 広場の近くまで来ると、その姿を見咎められて行く手を遮られる。
 クルトがディルクの背後に隠れて顔だけをこっそりと出すと、険しい表情をしていた男は優しげなものへと変えた。

「怖がらせたかい? ごめんな。今、ちょっと大変なことがあって、気が立っていたんだ」

 宥めるように言ってくれるが、クルトは本当に怯えた訳ではない。まみ族の小さな耳と膨らんだような尻尾と合わせ、円らな瞳で見上げれば、人族は大概コロリと落ちる。経験上の小狡さであった。

「お忙しいところを申し訳ありません」

 相手の態度が軟化したところで、ディルクが恭しい所作で一礼する。

「わたしはクラウス=ルーツ殿に庇護を受けております、ディルク=カーフェンと申します」
「おお、天遣族の方でありましたか」

 その背に翼はなかったが、祖先の名である姓をつけて名乗ることを赦された者は、天遣族であることに間違いはないと認識されている。加えてクラウスの庇護を受けているという言葉により、ディルクの身分は尊さを帯びた。

「クラウス殿に代わり、何かお手伝い出来ればと思い、伺わせて頂きましたが、意に反して煩わせることとなってしまったようで、申し訳ございません」

 ディルクの後ろでクルトが頬を膨らませる。
 手伝いになんか来てないよ、見に来ただけだよ。と言いたいが、大人のやり取りは遠回しだったりすることを理解していたので、ディルクの腰に頭をぐりぐりさせて苦情の代わりとしながら、大人しく待つ。

「いいえ、とんでもありません。わざわざお気遣い頂き感謝致します。お連れの子とは別の獣人の方たちには、力仕事をすっかりお任せしてしまって、申し訳なく思っておりました。この辺りにも獣人は住んでいたのですが、このような時に手伝いに来る気配もない。遺体もないことから、危機を察して、自分たちだけで逃げたのではないかと言い出す者たちもいるくらいなのです」

 ですから、と男はクルトを心配するような目を向けた。

「まあ、殆ど猫族なので、肉体労働には向きませんがね。猯族もいましたから、もしかしたらこの辺りに住んでいた別の猯族と間違われて、酷いことを言われてしまうかもしれません。出来れば、外出は控えて頂いた方が問題が起きなくて助かります」
「……うぅ……」

 クルトは円を描くようにうろうろすると、やがて何かを閃いたような表情をしてから、ポンッと姿を変えた。

「おや」

 ディルクが目を細め、男が感心したような息を吐く。
 ラザファムとムスタファを参考にした大神族の姿だった。但し双子より幼いものとなっているが。

「これなら大丈夫? 僕、確かめてみたい。本当に獣人が自分たちだけで逃げたのか」
「まさか、別のところに囚われているって言うのかい?」
「うん」
「……この子は、叢雲に住んでいたのですが、そこで相当な数の獣人が拉致され、実験台とされていたのです。ですから、もしかしたらこちらの獣人たちも……」
「実験台ですって? 一体どのようなものです?」
「合成獣だよ。みんな、継ぎ接ぎにされてたって――」

 ぽたり、とクルトの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「あと、屍体になっても動くやつ。ラザファムとムスタファの仲間だったのに――」

 クルトはそれらを実際に目にした訳ではなかったが、それでも聞いた話に偽りがないだろうことは察することが出来た。
 しくしくと、今度は小狡さなど微塵もなく泣き出したクルトに、男は目でディルクに助けを求める。

「では、上手に化けられたことですし、この子の気が済むまで調べさせて頂いても宜しいですか?」
「そう、ですね。セリムの代わりに取り仕切っているダリウスには、こちらで知らせておきますが……なるべく目立たないようにお願いします」
「分かりました。我儘を通させて下さったことに感謝します」
「有難う、おじさん」

 子供らしい調子で言ったクルトは、そのままターッと駆け出して行く。
 ディルクは男に再び礼をすると、浮遊術でクルトの後を追った。翼を失ってもある程度であれば力を行使出来るようだ。

「待って下さい、クルト」
「こっち、匂いするんだ。早く来て」

 手招きされ、速度を上げると、そこはセリムのように鉱山で働く者の使う地下道への入口だった。
 ここから山へ逃げたのか、それとも連れ出されたのか。

「先にクラウス殿にお知らせ致しませんと」
「やだ。寝てるんでしょ? 起こしたら駄目だよ」
「アメリア様が心配なさるかもしれませんよ? すぐに戻れるものとも思えませんし」
「うっ……」

 アメリアの名を出されると弱いのか、大神族に化けたクルトの耳が垂れ下がる。
 しかしパッと耳を立たせると。

「ちょっとだけ。だって、こっちから匂いしても、途中でなくなっちゃうかもしれないでしょ。そしたら他を探すしかないから、一回匂いがなくなるまで行ってみる。で、他を探しに行く前に宿に戻って、アメリアに行ってきますする。それと、起きてたら双子の兄ちゃんたち連れて来る。それならいいでしょ?」

 ね、ね、ね、ね? と迫られては、首を縦に振るしかなかった。

 そうして地下道を進むこと半時。

「うっ……!」
「これは……」

 獣の臭いが漂って来た。濃密な血の臭いも混じっている。
 クルトは鼻を押さえながら、ディルクは鼻から口元を覆う形となって、用心しながら更に先へ進む。
 すぐにそれの正体を目にすることになった。

「まだ熱を持っていますね。この惨状では、相手は魔族かもしれません」
「……」

 ペタリとクルトがその場に座り込む。
 目の前には猫族のものと思われる二人分の遺体が転がっていた。
 血溜まりに浸された体躯からだは内臓を取り出されて骨と皮だけになっており、四肢はなく、尻尾が二本投げ捨てられている。
 その血溜まりに翳した手を引き、ディルクはクルトを抱き上げた。

「戻りましょう。この祢々切の危機はまだ終わっていなかったのかもしれません」
「……どうして、どうして獣人ばっかり……!」

 人族に被害があったことは理解している。だが、それでも獣人の立場からすれば、そう思わずにいられなかったのだろう。

「クルト、落ち着いて下さい」
「落ち着ける訳ないだろ!」
「それでも、無理にでも落ち着いて貰わなければ困ります」
「――」
「遺体の主は、何処かから逃げ出したのかもしれません。ならばまだ助けられる方がいるかもしれないのです。わたしたちだけでは力が及びません。ですから、すぐに戻ってクラウス殿たちに助力を願いましょう」
「……うん。早く行って」

 クルトがディルクの胸に顔を埋めるようにして、ぎゅっとスーツの襟を握り締めると、ディルクはしっかりと抱え直し、急ぎ宿へと引き返した。
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