黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 2――

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 猫族の少女の名はヤナといった。
 ヤナの意識が戻ったのは夜に近く、クラウスたちが出て行ってから三時間程経過してからだった。
 顔色が良いのは、ディルクによる治癒術によって傷口が塞がり、多量出血による貧血もないからと、少量ではあったがラザファムたちと一緒に食事を摂ったからだろう。
 ヤナは翼を持たないディルクが天遣族であると気付かず、神子の能力のある人族と判断しているようだった。そして鎖尾という魔族のロミーを警戒しているのか、種は違えど同じ獣人であるラザファムの腕にしがみついたまま、獣人の匂いを頼りにここまで逃げて来たことを話す。
 物事が起きた順番に話すというのは、とても難しいことだった。話すことを決めていても、途中で思い出したことがあると重要ではないことまで話しておかなければと考えるのだろう。自分がされたこと、仲間の身に起きたことに触れると興奮状態になって涙を溢れさせたりしながらも、彼女は必死の思いで説明し、助けを求める。
 内容を纏めるとこうだ。
 この祢々切がウルリーケによる襲撃を受ける前に、ヤナたち獣人は鉱山の奥から聞こえた警笛に呼び出された。
 警笛は獣人たちの耳にだけ聴こえる音を発する笛であり、緊急時に吹けるよう主に子供が首から下げているものだ。
 聴いた者たちは一人も欠けることなく向かってしまう。そして捕らえられた。警笛を吹いたのは持ち主ではなく、持ち主からそれを奪い、助ける為にと集まった者たちを捕らえた天遣族だった。
 獣人はそこで檻に入れられ、二翼の天遣族の一人を犠牲として、獣人の内臓を次々に呑み込ませ始めた。
 犠牲となった者が吐き出せば、別の獣人が殺され内臓を取り出されて新鮮なものを与えられる。とても呑み込めるものではない為に、何度もそれは繰り返され、呑み込まされ続けた二翼がおそらくは心因性のものによって絶命すると、別の犠牲者が選定されて、不可解な儀式とも実験ともとれるそれが続けられた。
 絶命した二翼が三人目となったところで、次の犠牲と定められた者が反抗し、檻が壊されたことで逃げ出すことが出来たという。
 ヤナの怪我は、捕らえられた際のものと、逃げる途中で攻撃を受けた際のものだった。

「では、わたしたちが地下道で見付けた猫族の遺体は、逃げて来たところで襲われた方々だったのですね。それであのような酷い姿に……」

 眉間にシワを寄せながらディルクが呟くと、ヤナは口をおさえて嗚咽した。
 ロミーとラザファムとが、ほぼ同時にベッドに寝かされているクルトを振り返る。
 クラウスがどれだけ強力な術を使ったのかは分からないが、依然として深い眠りに就いたままである。
 しかしヤナの様子を見て、クルトが眠らされる前の状態を思い出した二人は、目覚めないままでいることに安堵した。

「やっぱり俺たちも動くべきだろうな」

 ラザファムが言う。
 いつもであれば一緒にいるムスタファを気にする彼であったが、今はその片割れが不在である。そして指示を仰ぐクラウスもいない。

「俺とサソリで逃げて来ている獣人を探して保護してくる。なるべく人族には知られないようにしたいが……下手に知らせないでおいたら、それはそれで問題が起きそうだな」
「僕が行くよ」
「!」

 突然のクルトの声に皆が一様に驚く中で、本来の自分の姿に戻ったクルトがむくりと起き上がる。
 先程まで眠っているものと思われたが、どうやら狸寝入りしていたようだ。

「僕が兄ちゃんたちに知らせてくる」
「クルト、お前はヤナとここに残ってろ」
「やだ。僕だって役に立つよ! もう泣かないから、行かせてよっ」

 言いながらも、その目には涙が滲んでいたが、気付いて慌てて拭う様子にラザファムが溜め息をつく。

「役に立たないなんて思ってない」

 くっついたままのヤナの腕を外させ、立ち上がってクルトの傍に向かったラザファムは、身を屈めて目線を合わせた。

「見て分かると思うけど、ここには六翼の兄さんも神子……アメリアもいない。戦う力だけで言えば俺とサソリのどちらかが一緒にいてやるべきなんだろうが、俺たちはお前に怖い思いをさせたくないと思っている」
「僕はそんな子供じゃないよ」
「俺からしたら子供だよ。無理に大人になる必要はないんだ。だから――」

 クルトは目を伏せる。だから、ここで待っていろ。どうせそう言われるのだろうと。そんな風にしか言って貰えないのだと。

「一人で行動しないって誓えたら、二翼のおじさんとヤナを連れてセリムたちに伝えに行って貰う役目を与えるよ」
「! いいの?」

 ラザファムの言葉に、クルトは目を見開くようにしながら確認する。
 頷かれるとベッドから跳ねるようにして下り、早速ディルクの背中に負ぶさる形で急かす。それから初めてヤナに目を向けると、ヤナの表情が凍りついていることに気付いた。

「ヤナ?」

 ラザファムが声を掛けると、縋ろうとするように手を伸ばそうとするが、思うように体が動かないのか移動も叶わないようだ。

「――ああ」

 何に怯えだしたのかと思ったが、すぐに答えが見つかり、しかしヤナの傍にまでは行かずにチラリとロミーに目を向ける。

「ディルク、てんけんぞく」

 眠そうにしていたロミーだが、ヤナの様子が変わったことに気付き、ぱかりと口を開けたのだ。

「でも、つばさない。てんけんぞくにうばわれたよ。よんまいのつばさのやつ、ロミーきらい」
「……」
「天遣族って言っても人から崇拝される凄いのと、ヤナが会ったような下種な輩とがいるらしい。その下種な輩にこのおじ……ディルクは翼を奪われたんだ。怯えることはないよ、クルトがすっかりなついている」
「……」
「ディルク、つばさなくなって、まぞくおちするところだった。いまもまだあぶない。あまりちからつかえない。ほんとはおとなしくしてるのがせいかい。でも、クラウスさまにいわれたから、ディルクはクルトといっしょ。ヤナもいっしょがいい。だいじょうぶ、ロミーつよいから、きにいらないのきたらやっつける。わんわんもガウーッてやっつけるからあんしん」

 話す途中で大きく口を開けるのは、虚ろに近い無表情とならないようにする為だろう。フィリーネにそう吹き込まれたのか、ヤナを怖がらせないように笑顔を心掛けているようだ。
 しかしヤナにはそれを察する情報の持ち合わせがない為、不思議な話し方をするなと見つめているうちに、ロミーにつられたのか、一緒になって大きく口を開けるようになり。そうしているうちに、すっかりロミーへの警戒もディルクへと怯えた気配もなくなっていた。

「よし。じゃあ俺とサソリはすぐに出るけど、クルトは何も食べてないから、食べさせてからにして。店なんか何処もやってないから、外で調達するのは期待できないからね」
「承知しました」

 ディルクが恭しく頭を下げるのを見て、ラザファムはぎょっとした表情になったが、それからすぐにロミーと共に宿を出て、二手に分かれて獣人の捜索を開始する。

「僕、お腹空いてないよ。ううん、空いてても大丈夫だよ。だから僕たちも急ぐよ」

 そう言うクルトに、ディルクは二人を連れて階下の厨房に向かい、串に刺されて保冷されていた下味付きの肉を十分に炙ると、それを持って食べながら行けばいいと二人に(ヤナは遠慮したが食欲が今更になってわいてきたようだった)手渡した。
 緊急時なのに緊張感がないと文句を言いながらも、二人が嬉しそうに肉を頬張る様子に、ディルクはどこか寂しげに見える微笑みを浮かべた。
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