黒白の護り手~黒に染まりし運命の娘~

織月せつな

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香琴国――祢々切 2――

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 まさかこのようなことになると、クラウスは予想していただろうか。そうラザファムは考えながら屋根づたいに街中を駆け回る。
 視力は人と変わらぬ程度のものだが、嗅覚は鋭い。
 特定の個人を探すには、暫く傍にいて慣れ親しんだ者くらいしか明確に嗅ぎ分けることは出来ないが、獣人と広く括られたものであれば、そう難しいことではない。
 しかし匂いまで遮断される結界内に入られてしまえば、目の前にいても気付かない場合もあるが。

「クラウスさんが懸念していたことは厄介事が舞い込んでくることだったんだろうけど、まさか的中するとは思いたくなかっただろうな……」

 キョロキョロと腰を下ろして辺りを見回しながら独りごちる。

「しかも相手は天遣族ときた。どーなってんの、天遣族。実は魔族よりヤバいんじゃないか?」

 特に問題があるのは四翼だろう。
 今回犠牲になったのは二翼だ。ヤナは二翼にしか触れなかったが、彼らを道具として扱えるのは四翼しかいないだろう。クラウスと同じ六翼がいれば話は別だが、その可能性はあまり考えたくない。
 クラウスを狙っていた四翼――アーダルベルト=エイセルがどのような末路を辿ったのか、ラザファムたちは知らない。だからもしかしたらまたあいつが、などと考えてみる。

「獣人を道具にするなら兎も角、仲間を道具にするのは、ちょっと考えられないか……」

 再び独りごちて、辺りがすっかり暗くなったところで立ち上がる。
 明かりが灯る家はない。ぐるりと振り返って目を凝らせば、広場の方角に明かりが集中していた。
 逃げて来た獣人たちは、あの明かりを目指すだろうか。それとも、明かりを罠だと勘違いして避け、街を出ようとするだろうか。
 人々の気配があまりに少ないことに動揺し、出来るだけ自分が慣れた場所に隠れようとするかもしれない。何かしら情報を得る為に。

「よし」

 一つ頷き、少し離れた別の屋根へ飛び移って走る。
 しかしすぐに獣人の匂いがして足を止めた。
 風上から風下に移動している最中だったのだが、匂いの強さから近いと知れる。
 匂いの濃さは手負いであるか、発情しているかだが、匂いの中に血液が混じっているところから、手負いである可能性が上回った。第一、現在の状況からして発情はないだろう。
 ラザファムは獣人が隠れているとは思えない程の、立派な屋敷の前に来ていた。
 匂いを辿った先がここだったのだ。そのことに違和感を覚えながら中へと侵入する。
 正面玄関や窓は施錠されていたが、中庭に通じる扉は開いており、しかしこれにも違和感を覚えたのは、ラザファムが警戒し過ぎているからだろうか。
 自分が何かから追われていて、それが生死を分けることに繋がるのであれば、ここに戻ったか忍び込んだかした時点で、追手が入って来れぬように内側から施錠するし、仮に鍵が壊れているのであれば、内側に開く扉であるのだから、何かで開かないように押さえ付けるだけの思い付きがあるだろう。
 そこまで頭が回らない程に怯えているのか。別の入口を見付けたのか。
 或いは――と考えながら一階の廊下を進み、一層近く感じる匂いに、辺りを嗅ぎながら耳を澄ませる。

「ん?」

 階段を見付けた。絨毯が大きく捲られ、隠されていたのであろう地下への道が暴かれていたのだ。
 誘われているような気がした。
 となれば、これは罠だ。
 しかし、獣人の匂いがする以上、確認しない訳にはいかない。
 息を潜めながら足音を殺して暗闇の中を突き進む。
 一階はまだ窓から入り込む星の輝きによって、十分に辺りの様子を窺えたが、地下までは届かない。
 階段を下りきってもなお、下りるつもりで出した足が床を蹴り、ゴツリと鈍い音を立てた。

「――」

 ラザファムは少し考えると、壁を探り始める。
 目当てのものが指先に触れると、緊張感の欠片もない表情になって、スイッチを押した。

「!」

 室内が明るくなり、息を呑む音に気付いた耳がピクリと反応する。

「誰かいる?」

 やはり緊張を感じさせない声音で問い掛け、目を動かすだけで室内を確認した。
 食糧の貯蔵庫としてあるのか、ワインの銘柄が刻印された一抱えで持てるくらいの樽や、穀物の入った麻袋などが積まれている。
 奥に向かうと、足元に果物が転がっていた。まだ完熟ではないものだ。だから落ちた際にも潰れることなく転がったのだろう。
 いかにも、であり、分かりやすい手だと思った。
 果物の入っていた木箱に隠れており、これはその際に邪魔であった為に別の場所に移動させたつもりのものであろう、と。
 そう思わせて全く違うところにいる可能性も考えられた。いると思ったところにいない。ならば何者かが忍び込んでいると思ったのは勘違いか、ここではない何処かに移動しているのだろうと考え、ここを離れることを願って。
 もしも罠ならば、木箱には本当に獣人が身を潜めていて、蓋を開けた瞬間に攻撃を受けるかもしれない。

「――開けるよ?」

 律儀に断りを入れてから、木箱の蓋を取るラザファム。

「っく……」

 攻撃はされなかった。
 こちらも獣人であると気付いたからなのか、追い詰められて観念したのかは定かではないが、花卯かう族の少年が震えながらラザファムを見上げている。

「かーわいー。ウサギさんだ」
「ひぅ……」

 にこにこしながら言うラザファムに、少年は彼の耳を確認しながら、泣きそうだった表情を歪ませた。

「じん、ろ……!」
「違ーう! 人狼じゃないぞ。大神族だぞっ。今は夜、でも俺は獣型に変身してない。この差は大きいんだぞっ」
「狼は人狼でしょ……?」
「ぐぬぬ。希少すぎて認知度低い!」

 不安げながらも言葉を返してくれる相手に安心してか、ラザファムは頭を抱えた。
 ムスタファがいない分、僅かに片割れに似た幼いような発言になっているが、彼が僅かながらでもムスタファより大人びて見えるのは、ムスタファが幼い部分を引き受けているからである。
 双子である故に、基本的な差はあまりない。だからラザファムも、自分たちより幼い大神族の姿をしたクルトを可愛がりたくて、取り合いをしたりするくらいに然程さほど変わらないものなのだ。

「えーっとね、俺はラザファム。お名前言えるかな?」

 花卯族の少年は、クルトより小さく見える。しかし花卯族は愛玩される為に生まれて来たような種族であり、一定の年齢を迎えると見た目があまり変わらなくなるものだった。
 身長も小さく、垂れた耳が長く大きい。
 手を差し伸べればおとなしく従って外に出て来たが、名前を訊くとイヤイヤと頭を振る。
 自分を抱き締めるようにしながら後退りする少年に、ラザファムは適当に名前をつけることにした。

「じゃあ、クロって呼ぶよ? 耳とか黒いから」

 言うと少年はコクリと頷く。

「ごめんなさい。花卯族、他の種族に名前教えない決まりがあるの。……売られた時、本当の名前呼ばれない方がいいから」
「――」

 消え入りそうな声で言われ、ラザファムは苦い表情になる。
 愛らしい姿であるのは虐げられる為ではなく、愛される為ではないのか。
 そんな風に思うのは、彼ら大神族が古の時代に神々から愛された種族だからだろうか。

「話、聞かせてくれないか? 何でこんなところに隠れていたのか。――その前に手当てしておいた方がいいな。大したことは出来ないけど、手当てに必要そうなものを探しに行くか」
「わわわ!」

 つかつかと歩み寄られたかと思うと、クロは軽々とラザファムに抱き上げられ、二人は地下室を後にした。
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