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第四十三話~嘆きの亡霊4~

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 あの日から、ヘレンが笑わなくなった。目が死んだ魚のようで、勇者にただ従う人形のようでもあった。
 リグレットはというと、もはや奴隷としか言いようがない。
 ただ言われえるがままに戦い、言われるがままに傷つき、言われるがままに行動する。
 そこに自由はなかった。

 悪臭王にも抗議した。あれが勇者じゃないと。なぜ、ともに戦う仲間にあのようなことをするものを支えなければならないのかと。
 そして、ヘレンと共にあの勇者のお供として戦うことを辞めさせてほしいと懇願した。

 だけどそれは否定される。

 どうしようもない屑でも、力を持っているのだ。魔族を滅ぼすための人材の機嫌を損ねるわけにはいかない。
 悪臭王はそんな感じの内容を語った。あいつは臭いだけでなく、それ以外も最悪だな。知ってた。

 しかも、逃げるようなことがあれば、それ相応の処罰が待っているとも言った。ただで死ねると思うなよと。

 勇者のお供とされた人間は、ある意味で生贄だった。

 急激な力を身に着けて、好き勝手に暴れまくる勇者たちに、自分の好きにできる人間を与えて言うことを聞かせる。
 まるでおもちゃを買え与えて子供に言うことを聞かせる親みたいに思った。

 そこに違いがあるとすれば、物か人間かの違いがあるだけ。

 リグレットとヘレンは、勇者のお供という地獄から逃げられない。

 リグレットは毎日のように痛めつけられて、目の前でヘレンを犯される。

 ヘレンは抵抗もせず、なすがままの状態だった。
 誰かこの地獄を救ってほしい。そう願わずにはいられない。

 ある時、私の噂を聞いた。単独で魔族に攻め入って戦果をあげるキチガイのごみ屑という噂だ。
 だけど、そこに救われたものは大勢いた。

 自分の噂を他人視点で聞く経験なんてこんなこともなければ絶対にないだろう。

 ただ、自分が行ってきた行動には誇りを持っている。

 私はただ、困っている誰かを自分の持っている力で救いたい。それだけを思って戦ってきた。

 禄でもないことなんてたくさんあった。
 仲間に裏切られて、国に裏切られて、世界に裏切られて……。

 私の人生は裏切られてばっかりだ。

 だけど、それでも誰かを救ってあげたいという気持ちは変わらなかった。

 途中、精神的に壊れたこともあったけど、その気持ちは忘れたくない。

 でも、リグレットの経験を見ている私はその気持ちがだんだん揺らいでいるような気がした。

【警告:対象『西条小雪』の負の感情が一定以上を超えました。天秤を破滅に傾けます】

 だってそうだろう。困っている人間はたくさんいる。その人たちを救いたいという気持ちに嘘はない。

 だけど、この勇者どもはどうしようもない屑だ。悪臭王もそれを支持する人たちも、どいつもこいつも屑ばっかりだ。

 本当に救われなきゃいけない人が欲と悪意で死んでいく。

 本当は死ぬべき人間が、権力と力で他者を陥れていく。そんな世界に存在するべき価値はあるのだろうか。
 そんなもの、きっとないのだろう。

 私はリグレットの経験を見てだんだん負の感情に飲み込まれていくのがわかった。
 だけど、最後の最後で踏みとどまれている。
 それはリグレットがボロボロになっているヘレンに語り掛ける言葉のおかげだった。

 リグレットは毎晩、ぼろ雑巾にようにもてあそばれたヘレンに寄り添って「きっと大丈夫、いつか救われる」と語り続けていた。

 こんな地獄のような状態になっても、彼はまだ平和で豊かな未来を夢見ていたのだ。

「ヘレン、ごめんな。俺が不甲斐ないばかりにさ。でもきっと、未来は違う。魔族との戦争に勝って、真の平和が訪れれば環境は変わる。幸せに生きる未来だってあるさ。だから……」

「…………………」

 声をいくらかけようが、ヘレンは何も反応しない。
 時折うなずいてくれているようなしぐさが見えるが、きっと気のせいだろう。
 彼女はもはや生きながら死んでいる状態だ。

 リグレットは勇者の言いなりになりながらも、懸命に戦い続けた。
 命を落としそうになる機会なんてたくさんあった。敵の強烈な攻撃に対して肉壁にされたり、単独で敵の軍に突っ込まされたり。
 それでも彼が生きて帰ってこれたのは、この先に待っているであろう未来とヘレンのためだ。

 戦いながら彼はいつもヘレンのことを言っている。

「ヘレンがひどい目に遭っているんだ。これぐらいで負けてたまるか。俺がいつか救ってやるんだ……」



   ◇ ◆ ◇ ◆



 そして、あの日が訪れる。

 その報告は、勇者どもがヘレンで遊んだ後に入ってきた。

「失礼します、勇者様。ご連絡がございます」

 入ってきたのは、悪臭王直属の騎士団の一人だった。

「ああ、なんだよこんな時間に。俺たちはもう寝るんだ。明日にできないか?」

「すいません。急を要する事態ですので」

「…………何があった」

「我々が魔族と戦うために兵站拠点としていたニートリッヒが魔族の手に落ちました」

「「なっ!」」

 屑勇者の二人は声をそろえて驚いた。

 それもそのはずで、兵站拠点であるニートリッヒが落ちれば、食料や武器の補充など、ありとあらゆる後方支援が途絶えたということを意味していた。

 これでは戦争が行えない。その先の未来は魔族による蹂躙だ。驚愕するのも無理はない。
 この事実を私が知ったのは、勇者を辞めた後だったんだけどなー。

【警告:対象『西条小雪』のお気楽具合が一定以上を超えました。天秤を破滅に傾けます】

 いやちょっと違うよねぇ! 何、お気楽具合で破滅に傾くって。そもそも天秤って何なのさっ! 世界樹の声に反論しても仕方がない。今はリグレットとヘレンについてだ。
 世界樹なんかより、こっちのほうが私にとって重要なのだ。

【…………反論が気に食わなかったので、天秤を破滅に傾けます】

 …………私は何も反応しないよ?

「勇者様には、至急ニートリッヒを取り戻していただきたい。お願いできないでしょうか?」

「しかたねぇな。ただし、一つ条件がある」

「…………それは何でしょう?」

 勇者はヘレンのことを親指で指さして、騎士に言った。

「そろそろ新しいお供が欲しい。こいつはまともに動いちゃくれねぇ」

「それ、俺も思っていた。かわいい子頂戴っ!」

 その言葉を聞いて、なんだかほっとしたような、自分自身に苛立っている感情が湧いてきた。
 これはきっとリグレットが感じた気持ちに違いない。

 これ以上ヘレンが弄ばれることがないという安心感と、ほかの誰かが弄ばれることを喜んでいる自分に感じた苛立ちだ。

 勇者が召喚されてからというもの、禄でもないことばかり起こる。

 男の勇者は女を襲っては弄び、女の勇者は男遊びに夢中になりながら、ほかの民を罵っている。

 私よりも、ほかの勇者のほうがいらない子なんじゃないだろうか。そんな思いが強くなってくる。

「おい、リグレット。そこのごみ豚つれてこい。さっさとニートリッヒを奪還しに行くぞ」

「前線じゃないから戦果を挙げられていないけど、まぁ楽勝だろう。なんたって俺たちは勇者なんだから」

 屑はそんなことを口走りながら、なんの準備もせずにグダグダと話し出す。
 準備をするのはすべてリグレットだ。あいつらは何もしない。

 なんで、この屑どもはこんなにもお気楽なんだろう。
 兵站拠点を奪われたということの重大さに気が付いているのだろうか。
 きっと何も考えていないんだろう。

 武器の手入れなんてせず、ただ与えられるばかりの勇者たち。
 魔族との戦争を行っているはずなのに、こいつらはまだ一人として倒したことがない。

 まぁ魔族を倒しまくっていた私のせいでもあるかもしれないけど。
 だって、ほかの勇者が魔族と戦う前に私が倒していたから。

 そんなんだったからこそ、こいつらはまともな戦いをしたことがない。
 召喚特典なのか、強い力を持っているけどそれを実際の戦いで使うことはない。
 いつもリグレットとヘレンに使うばかりだ。

 確かに、こいつらはおもちゃを与えれば簡単に言うことを聞いてくれる便利な道具なのかもしれない。

 だけど……それでも…………。

 力を持ったものがそれを誇示して他者を陥れるのは絶対に間違っている。

【警告:対象『西条小雪』の残念な正義感が一定以上を超えました。天秤を破滅に傾けます】

 ねぇ、シリアスな場面なんだから変なボケかまさないでよ……。マジ何なのこれ?
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