27 / 48
27
しおりを挟む
「問題があるようには見えませんが、ちゃんと調べないと分からないこともありますからね」
アデリーナは、街を見てやはりそのような感想が溢れる。というのも、クラベンよりも貧しそうに見えないのだ。家だって新築のものが何軒かあり、水も問題なく通っているようには見える。しかし、表面だけ見て判断するのは良くないと今までの経験から知っている。深く調べることで表面からは見えない問題もいずれ分かってくるはずだ。彼女はそう思いながら、街を練り歩くことにした。
ふと歩いていると花屋を見つける。いつまで花を見ている気なんだと思うが、それでも彼女はやはり気になるようで明かりに引き寄せられる虫たちのようにスッと花屋に入っていった。
花屋を営む店主は彼女が店に入ったことを知ったが、ギョッとして息を飲んだ。今の彼女の格好は大使に会うためにドレスを着ており、その綺麗さと言ったら、丹念に育てた花にも劣らない。その美しさのあまり、彼は息を飲んでしまったのだ。
「花、綺麗ですね。あなたが育てているのですか?」
「ええ。一応」
「私も最近花の手入れをし始めたのですが、このように綺麗に出来ないんです」
「どういう種類の花なのでしょうか?それを教えていただければ、やり方を教えることが出来ますが」
「本当ですか?私が今育てているのは薔薇なのですが」
「なるほど。では、薔薇の手入れの仕方を教えますね」
店主は彼女に話しかけられて緊張し、上手く言葉が出ずにいたが、これも何かの縁だと思い、ワンチャンスあればいいなという下心もありながら彼女に懇切丁寧に手入れの仕方を教えてあげた。彼女は彼が下心を持っているのなんてことは露知らずに説明してくれることに対して何度も頷いた。
「ありがとうございます。ところで最近困っていることなどはありませんか?」
「困っていることですか?」
「ええ、何かあれば」
「この歳でも独り身なのですが」
「い、いえ、そういうことではなく、食料が手に入りにくいとか、景気が良くないとかの方向でお願いします」
「あ、そうですか。そうですよね、はは」
店主は勘違いしていた。そもそも下心を持つような店主である。そう勘違いしてしまうのも無理はないが、彼女とてそうしたいと思って言ったわけではないし、間違ってもその気は起きない。
雰囲気が悪くなり、店主も萎縮してしまったため、何か聞き出すようなことは出来ずに、店を離れることになってしまった。早速、何か聞き出せるチャンスだと思っていたのに、ただ気まずい雰囲気になって別れてしまったのは残念であったが、花の手入れの仕方だけ聞けたのはよしとしよう。気を取り直して彼女はもう一度街を歩く。
彼女は控えめなドレスを着ており、この街でドレスを着て街を歩くなんてことはあまりない。だから、彼女の姿を捉えると何をしているのだろうと気になってつい目で追ってしまう。彼女もまたその視線に気がついているが、目と目が合ってしまうと何か話さな苦てはいけないような気がしてなかなか首を振ることが出来ない。
「ねえねえ、お姉さん」
「は、はい?」
ただ前を見て歩いていると後ろから幼い声が聞こえる。彼女は前だけに集中していたため後ろからの声かけに予想以上に驚いてしまった。
「なんでこんな服着てるのー?」
子どもというのは純粋である。まだ穢れを知らず、白色のままで時にこうして大人が恐るようなことを好奇心で行う。この子どももまた好奇心に駆られたようで、ドレスの裾を掴んで上下させながら、彼女に聞いてきた。
「偉い人に会いに行ってたからですよ」
「偉い人?園長とか?」
「そうです。そんな感じです」
アデリーナは子どもの目線になって答える。詳しくことを話しても伝わらないだろうから子どもに同調して話を進める。
「一緒に遊ぼー」
「いいですよ。何して遊びます?」
「こっちきて」
聖女に命令するなど命知らずだが、子どもの視点からすれば、そんなことを知る由もないし、ただ、彼女が人の話を聞いてくれる優しいお姉さんであるようにしか見えていないだろう。ただ、あの短時間で子どもが心許し、遊びに誘ったのはやはり聖女だからなのかもしれない。
「こんなところに公園があるなんて」
子どもに連れられて路地裏に入った時は身の危険を感じたが、路地裏の先には広い公園が広がっていた。こんな秘密の通路のようなところにある公園というのは多少なりともワクワクする。
「砂遊びですか?」
「うん」
「任せてください。私こういうの得意ですから」
砂場でうずくまった子どもを見て、アデリーナもまた腕まくりをして砂遊びを始める。幼少期に何度かしたことがある程度で本当に何年ぶりか分からないが、子どもと共に砂遊びを楽しんだ。
黙々と砂をいじる子は飽きたのか、ブランコの方へと走っていった。子どものその自由奔放なところはいいところであるが、彼女としては心配になる行動でもあった。
「危ないですよ!」
手についた砂を払いながら走る子の背中を見ていると、何かにつまずいたのか、酷い音を立てながら顔から転んだ。彼女はすぐさまその子の傍に行って怪我ないか見ようとした。
「うえーん」
すると、予想以上に痛かったのか泣いてしまう。それに膝にも傷を負ったのか少し血も滲んでいた。
「ちょっと待っててくださいね」
彼女は宥めるように背中をさすり、優しい声で落ち着かせて傷を負った場所に手を置いた。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「あれ、痛くない……」
「良かったですね」
「すごい!」
痛みが引いたことに驚きを隠せない子どもは目をキラキラさせている。まるで空想上にしかいない魔法使いが本当にいるのだと勘違いしているようだ。しかし、これは魔法でもなんでもなく、聖女の力だ。言葉と同時に合わせてやっただけで子ども騙しのようなものだがまんまと引っかかってくれたようだった。
「あまり走らないでくださいね」
「怒らないの?」
「怒る理由はないですから。ただ、怪我をしてほしくないだけなので。ブランコで遊びましょうか」
「うん」
泣いている子どもに怒る方が難しいと思う。怒るよりも心配の方がどうしても勝ってしまうし、怒ったって仕方がないとも思う。
泣き止んだ子どもを連れてブランコに乗る。アデリーナ自身ブランコに乗るのは初めてで、ぶるぶる震えながらブランコに乗っていると子どもも笑みをこぼす。彼女は恥ずかしかったが、これで笑ってくれるのならいいと思った。
「次は何して遊びましょうか」
「うーんとね」
「ようやく見つけた」
ブランコに乗るのをやめて、次は何して遊ぼうかと思っていると後ろから男の人の声が聞こえた。それに驚いた子どもは彼女の腕にしがみつく。彼女も不意の言葉に警戒するが、よく聞いていればそんなに緊張しなくて良かったのかもしれない。
「私だ。クロスだ」
「クロスさんですか。はぁ、良かったです」
彼女は彼の言葉を聞いてようやくホッとした。彼自身もそんな警戒されるとは思っていなかった。
「話し合いは終わったのですか?」
「あぁ、一応。それなりの支援はしてくれるということになった」
「良かったですね」
「ああ、ところでその子は一体どうしたんだ?」
「街で偶然会って、こうして遊んでいるのです」
脚にしがみついてアデリーナの背中でジッとしている子どもを見てクロスは疑問に思った。クロスが来てからというもの子どもは本当に全く動かない。まるで銅像にでもなってしまったかのようだ。彼女の説明を聞いてなんとなく経緯は分かったものの動かなくなってしまった子どもを見てはどうしようかと迷った。彼を相当恐れているようで子どもは顔も見せてくれずに動かない。
「すいません。そろそろ帰らなくてはいけないので」
彼女が声をかけたところで子どもは動かない。これでは、クロスに恐れているのか、アデリーナとの別れを惜しんでいるのか分からない。
「ん?そのブレスレット……」
ほんのわずかな瞬間に見えた子どもが腕に身につけていたブレスレット。クロスはそれに見覚えがあった。少し考えて、ようやくその答えに辿り着く。
「もしかして、この子はアレックス・ミラー男爵の子どもなのではないか?」
彼の言葉にその子はピクッと反応する。父親の名前を知らない人から言われたことに驚いているようだった。
「やはりな。安心してくれ。私は君のお父さんの知り合いなんだ。危害を加えたりはしない」
「怪しい…」
ようやく彼に向けて発した言葉はまさにその通りであった。純粋無垢な子どもにとっても今の彼の発言はとても怪しく見える。変な人にはついていかない。その教えをしっかり守っているようだった。
「怪しくないですよ。私も彼とは知り合いなので安心してください」
その次に彼女もそんなことを言ってくると彼女すら怪しく思えてくるが、すっかり彼女を信用しきっていた子どもにそんな考えは微塵もなく、二人を信じることにした。
「アレックス男爵にも挨拶をしておきたい。家まで案内してくれるだろうか」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
二人は子どもの手を握ってはぐれないようにしながら、その男爵の家に行くことにした。
アデリーナは、街を見てやはりそのような感想が溢れる。というのも、クラベンよりも貧しそうに見えないのだ。家だって新築のものが何軒かあり、水も問題なく通っているようには見える。しかし、表面だけ見て判断するのは良くないと今までの経験から知っている。深く調べることで表面からは見えない問題もいずれ分かってくるはずだ。彼女はそう思いながら、街を練り歩くことにした。
ふと歩いていると花屋を見つける。いつまで花を見ている気なんだと思うが、それでも彼女はやはり気になるようで明かりに引き寄せられる虫たちのようにスッと花屋に入っていった。
花屋を営む店主は彼女が店に入ったことを知ったが、ギョッとして息を飲んだ。今の彼女の格好は大使に会うためにドレスを着ており、その綺麗さと言ったら、丹念に育てた花にも劣らない。その美しさのあまり、彼は息を飲んでしまったのだ。
「花、綺麗ですね。あなたが育てているのですか?」
「ええ。一応」
「私も最近花の手入れをし始めたのですが、このように綺麗に出来ないんです」
「どういう種類の花なのでしょうか?それを教えていただければ、やり方を教えることが出来ますが」
「本当ですか?私が今育てているのは薔薇なのですが」
「なるほど。では、薔薇の手入れの仕方を教えますね」
店主は彼女に話しかけられて緊張し、上手く言葉が出ずにいたが、これも何かの縁だと思い、ワンチャンスあればいいなという下心もありながら彼女に懇切丁寧に手入れの仕方を教えてあげた。彼女は彼が下心を持っているのなんてことは露知らずに説明してくれることに対して何度も頷いた。
「ありがとうございます。ところで最近困っていることなどはありませんか?」
「困っていることですか?」
「ええ、何かあれば」
「この歳でも独り身なのですが」
「い、いえ、そういうことではなく、食料が手に入りにくいとか、景気が良くないとかの方向でお願いします」
「あ、そうですか。そうですよね、はは」
店主は勘違いしていた。そもそも下心を持つような店主である。そう勘違いしてしまうのも無理はないが、彼女とてそうしたいと思って言ったわけではないし、間違ってもその気は起きない。
雰囲気が悪くなり、店主も萎縮してしまったため、何か聞き出すようなことは出来ずに、店を離れることになってしまった。早速、何か聞き出せるチャンスだと思っていたのに、ただ気まずい雰囲気になって別れてしまったのは残念であったが、花の手入れの仕方だけ聞けたのはよしとしよう。気を取り直して彼女はもう一度街を歩く。
彼女は控えめなドレスを着ており、この街でドレスを着て街を歩くなんてことはあまりない。だから、彼女の姿を捉えると何をしているのだろうと気になってつい目で追ってしまう。彼女もまたその視線に気がついているが、目と目が合ってしまうと何か話さな苦てはいけないような気がしてなかなか首を振ることが出来ない。
「ねえねえ、お姉さん」
「は、はい?」
ただ前を見て歩いていると後ろから幼い声が聞こえる。彼女は前だけに集中していたため後ろからの声かけに予想以上に驚いてしまった。
「なんでこんな服着てるのー?」
子どもというのは純粋である。まだ穢れを知らず、白色のままで時にこうして大人が恐るようなことを好奇心で行う。この子どももまた好奇心に駆られたようで、ドレスの裾を掴んで上下させながら、彼女に聞いてきた。
「偉い人に会いに行ってたからですよ」
「偉い人?園長とか?」
「そうです。そんな感じです」
アデリーナは子どもの目線になって答える。詳しくことを話しても伝わらないだろうから子どもに同調して話を進める。
「一緒に遊ぼー」
「いいですよ。何して遊びます?」
「こっちきて」
聖女に命令するなど命知らずだが、子どもの視点からすれば、そんなことを知る由もないし、ただ、彼女が人の話を聞いてくれる優しいお姉さんであるようにしか見えていないだろう。ただ、あの短時間で子どもが心許し、遊びに誘ったのはやはり聖女だからなのかもしれない。
「こんなところに公園があるなんて」
子どもに連れられて路地裏に入った時は身の危険を感じたが、路地裏の先には広い公園が広がっていた。こんな秘密の通路のようなところにある公園というのは多少なりともワクワクする。
「砂遊びですか?」
「うん」
「任せてください。私こういうの得意ですから」
砂場でうずくまった子どもを見て、アデリーナもまた腕まくりをして砂遊びを始める。幼少期に何度かしたことがある程度で本当に何年ぶりか分からないが、子どもと共に砂遊びを楽しんだ。
黙々と砂をいじる子は飽きたのか、ブランコの方へと走っていった。子どものその自由奔放なところはいいところであるが、彼女としては心配になる行動でもあった。
「危ないですよ!」
手についた砂を払いながら走る子の背中を見ていると、何かにつまずいたのか、酷い音を立てながら顔から転んだ。彼女はすぐさまその子の傍に行って怪我ないか見ようとした。
「うえーん」
すると、予想以上に痛かったのか泣いてしまう。それに膝にも傷を負ったのか少し血も滲んでいた。
「ちょっと待っててくださいね」
彼女は宥めるように背中をさすり、優しい声で落ち着かせて傷を負った場所に手を置いた。
「痛いの痛いの飛んでけー」
「あれ、痛くない……」
「良かったですね」
「すごい!」
痛みが引いたことに驚きを隠せない子どもは目をキラキラさせている。まるで空想上にしかいない魔法使いが本当にいるのだと勘違いしているようだ。しかし、これは魔法でもなんでもなく、聖女の力だ。言葉と同時に合わせてやっただけで子ども騙しのようなものだがまんまと引っかかってくれたようだった。
「あまり走らないでくださいね」
「怒らないの?」
「怒る理由はないですから。ただ、怪我をしてほしくないだけなので。ブランコで遊びましょうか」
「うん」
泣いている子どもに怒る方が難しいと思う。怒るよりも心配の方がどうしても勝ってしまうし、怒ったって仕方がないとも思う。
泣き止んだ子どもを連れてブランコに乗る。アデリーナ自身ブランコに乗るのは初めてで、ぶるぶる震えながらブランコに乗っていると子どもも笑みをこぼす。彼女は恥ずかしかったが、これで笑ってくれるのならいいと思った。
「次は何して遊びましょうか」
「うーんとね」
「ようやく見つけた」
ブランコに乗るのをやめて、次は何して遊ぼうかと思っていると後ろから男の人の声が聞こえた。それに驚いた子どもは彼女の腕にしがみつく。彼女も不意の言葉に警戒するが、よく聞いていればそんなに緊張しなくて良かったのかもしれない。
「私だ。クロスだ」
「クロスさんですか。はぁ、良かったです」
彼女は彼の言葉を聞いてようやくホッとした。彼自身もそんな警戒されるとは思っていなかった。
「話し合いは終わったのですか?」
「あぁ、一応。それなりの支援はしてくれるということになった」
「良かったですね」
「ああ、ところでその子は一体どうしたんだ?」
「街で偶然会って、こうして遊んでいるのです」
脚にしがみついてアデリーナの背中でジッとしている子どもを見てクロスは疑問に思った。クロスが来てからというもの子どもは本当に全く動かない。まるで銅像にでもなってしまったかのようだ。彼女の説明を聞いてなんとなく経緯は分かったものの動かなくなってしまった子どもを見てはどうしようかと迷った。彼を相当恐れているようで子どもは顔も見せてくれずに動かない。
「すいません。そろそろ帰らなくてはいけないので」
彼女が声をかけたところで子どもは動かない。これでは、クロスに恐れているのか、アデリーナとの別れを惜しんでいるのか分からない。
「ん?そのブレスレット……」
ほんのわずかな瞬間に見えた子どもが腕に身につけていたブレスレット。クロスはそれに見覚えがあった。少し考えて、ようやくその答えに辿り着く。
「もしかして、この子はアレックス・ミラー男爵の子どもなのではないか?」
彼の言葉にその子はピクッと反応する。父親の名前を知らない人から言われたことに驚いているようだった。
「やはりな。安心してくれ。私は君のお父さんの知り合いなんだ。危害を加えたりはしない」
「怪しい…」
ようやく彼に向けて発した言葉はまさにその通りであった。純粋無垢な子どもにとっても今の彼の発言はとても怪しく見える。変な人にはついていかない。その教えをしっかり守っているようだった。
「怪しくないですよ。私も彼とは知り合いなので安心してください」
その次に彼女もそんなことを言ってくると彼女すら怪しく思えてくるが、すっかり彼女を信用しきっていた子どもにそんな考えは微塵もなく、二人を信じることにした。
「アレックス男爵にも挨拶をしておきたい。家まで案内してくれるだろうか」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
二人は子どもの手を握ってはぐれないようにしながら、その男爵の家に行くことにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
88
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる