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 聖女は温厚であるとその場の誰もが思っていたことであった。しかし、思いっきり公爵にビンタした後、低い声で威圧した彼女は聖女のイメージとは全く異なっていた。

 実際、長い付き合いをしていたローランも彼女があれほど怒りに満ちているのは初めてのことだった。基本的に大人しく、優しい心を持っているものだと思っていたが、その彼女はもうすでにいなかったみたいで、彼女にビンタされた時、彼は多大な衝撃を受けたのだった。

 話がしたい、と言った彼女に連れられて近場のカフェに来た三人は、無人となったカフェの奥で話し合うこととなった。

「ローラン公爵。私はあなたに怒っています。それがどうしてか分かりますか?」
「ここにまだ残っているからだろうか」
「それもありますが、それ以前の問題です。クロスさんのことについてあることないこと言いふらしたでしょう?それが原因なのです。あなたは誠実な人だと思っていました。しかし、あのようなことがあっては私はあなたのことが嫌いになってしまいそうです」
「その件については謝る。ただ、私も必死だったのだ。お前がいなくなってから国もボロボロでどうにかしなければならないと思っていた」
「だからと言って、クロスさんの事実無根な悪評をばら撒くのはいいことではありません。それに、あなたが決めたことでしょう。聖女の私を追放するということは」
「お前の妹があんなことを言わなければこうはならなかった」
「愛想良くされて気分が高揚して私を不要と判断し、聖女のことについて知ろうとしなかったあなたに責任があります。それに公爵は国民の総意でもあります」

 アデリーナは静かに怒っていた。それは話し合いを済ませたというのに無断でここに残ったからではなく、クロスのことを悪く言ったからであった。

「今ここでハッキリと言わせてもらいます。もうシライアには戻らないと。追放する時、あなたが言ったことを私は忘れていません。過去の傷はそう易々と癒えるものではありません。ローラン公爵、どうか私のことは忘れてください」

 彼女はしっかりと伝えたいことは伝えた。あとはそれを聞いたローランがどう思うかである。

「ああ、後言いたいことがありました。この国の問題が片付き、落ち着いたら新しく領土が欲しいのです。この国は小さいですし。その時、近くにあるシライアを取りに行くかもしれませんね。ただ、シライアは大きな国でだいぶ基盤も出来上がってますし、もしかしたらその土地の統治はそこにいた公爵に任せて、残った問題は私が解決しに行くかもしれません」
「……そうか」
「ええ。妹にもよろしくと伝えてください。ここの問題を終わらせたら早急に向かいますので」

 彼女の言いたいことは伝わったのだろうか。100%でなくとも大部分が伝わっていれば、それでいい。

「ローラン公爵。とりあえず、ここの住民たちの誤解を解いておいてください」
「分かった」
「私たちも頑張りますので。では」

 話し合いを終えた。ローランは最後の最後でようやく納得してくれたようだった。これは口約束のようなものであるが、確かにアデリーナはそれまで頑張ろうと思えた。
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