番(つがい)はいりません

にいるず

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ワーレ王太子視点4

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 ただリチャーズは、私の提案にすぐにはうなづかなかった。きっと心の中で葛藤していたのだろう。

 そんなリチャーズの心の変化を感じ取ったのは、フェロメナだった。女性特有の感という奴だろうか。フェロメナは、リチャーズともっと親交を深めようとしていた。しかしそんなことをさせるわけにはいかない。リチャーズとフェロメナが会う時には私は何をおいても飛んでいった。
 
 リチャーズもまだ決心がつかないのか、それとももしかしたら自分でも気づいていないだけでフェロメナを好きなのか、そこまで番にまだ執着していなかった。
 そんな涙ぐましい私の様子を見ていた侍女のアンネは、私をかわいそうな子を見るような目で見るようになった。おい、私は腐っても王太子だぞ。いや腐ってなんかいない。まだぴちぴちだ。

 リチャーズが葛藤している間に、リチャーズの番の方が先に行動してきた。
 リチャーズの前に彼女自ら現れたのだ。リチャーズをひと目だけでも見ようと、伯爵邸の前でずっと待っていたようだった。伯爵邸の前に立っている番を、外出から戻ってきたリチャーズが見つけた。これにはリチャーズ本人もひどく驚いたようだった。いったい何時間待っていたであろう。その必死な態度にリチャーズが次第に絆されていくのは仕方のないことだった。
 
 番である彼女はそれからもたびたび現れて、そのたびにリチャーズは彼女を家まで送り届けるだけだった。ただそんな少しの間一緒にいられるだけでも彼女はすごく喜んでいたとリチャーズ本人から聞いた。
 そこで私は、リチャーズに提案した。

 「フェロメナには、領地経営の勉強で王都を離れるといえばいい。その間君は愛しい番と会える」

 その時にはもうリチャーズは番に絆されていた。私とフェロメナの三人でお茶会をしているときに、リチャーズはごく自然にフェロメナに説明していた。フェロメナも少しも疑っていないようだった。

 
 ただ王都でのデートは必ず誰かに見られる。まあ私はそのつもりで二人をけしかけたのだが。案の定フェロメナに忠告するものが出た。フェロメナも何人もの人に同じことを言われれば、疑わざるを得ない。それに最近のリチャーズを思えば、あまりに怪しいと疑うはずだ。

 侍女のアンネからやりすぎだとの指摘を受けて、私はフェロメナに会いに行った。フェロメナは、いつものように温室にいた。彼女は、嫌なことがあるといつも温室に行く。
 やはりリチャーズのことがショックだったのか、いつもの元気がなかった。しかし私はなぐさめの言葉ひとつ言うこと見できず、口から出たのはしようもないものだった。

 「知ってるかい? 君の婚約者、番が現れたようだよ」

 ただ彼女は友人から聞いてると、こちらが見るだけであまりにつらくなってしまうほどの切ない顔をしていた。
 
 「彼はもう君の元には戻らないよ。番を見つけたのなら」

 私は、フェロメナにリチャーズを忘れてほしくてつい言ってしまった。そんな私の言葉を聞いて、フェロメナは初めて私の前で泣いた。
 
 私は、初めて私の前で弱い部分を見せたフェロメナに歓喜したが、同時にリチャーズによって泣かされたフェロメナを見てリチャーズに殺意が沸いた。自分が仕組んだというのに。このどうしようもない相反する気持ちに私自身戸惑ったが、フェロメナが泣いている事実を思い出して、体が勝手に動いて気が付けばフェロメナを抱きしめていた。
 しばらくフェロメナを抱きしめていたが、私にはフェロメナが壊れそうなほど小さく感じた。そしてこんなに小さくかよわいフェロメナは、自分が守らなくてはと強い決意をいだいた。
 
 フェロメナがやっと泣き止んだようで、私は静かに席に戻った。フェロメナは、泣きすぎたのか顔が腫れて痛々しかったが、私の口から出たのはまたもやどうしようもないものだった。

 「フィリー、君の顔は今すごいことになっているよ。地味な顔がよけい不細工になっている」

 自分で言っておきながら、言ったとたん後悔して思わず自分の口を縫い付けたくなった。しかしこの私の毒舌が彼女の怒りを誘い、少しだけ悲しみがどこかに消えたようだった。私のどうしようもない毒舌も少しは役立つということで一安心した。

 ただ本音がポロリとこぼれ出た。

 「彼は君には似合わない」
 
 そうだ。フェロメナ、君にはリチャーズなんてふさわしくない。やっぱり君に似合うのは僕だけだ。僕は誰よりも君を愛しているんだから。

 
 それからすぐだった。フェロメナとリチャーズが婚約解消をしたのは。侍女のアンネから聞いた時にはやっとかと思った。なぜならリチャーズはリチャーズなりにフェロメナを大切にしていた。番を前にして葛藤するほどに。
 しかしリチャーズは、婚約破棄を言う時に番をそばに置いていたという。そしてフェロメナの前で抱き合ったらしい。それを聞いた時には、正直違和感しかなかった。あのリチャーズがそんなことするなんて。
 
 その時にふと私が以前フェロメナとの子どもの事を言った時に見た、リチャーズの瞳の揺れを思い出した。もしかしたら?
 でもリチャーズはフェロメナを手放して番を選んだ。もうどうでもいいことだ。これ以上考える必要はないだろう。

 フェロメナに告白して受け入れてもらった私は、いったんトランザ国に戻ることにした。帰りの馬車で来るときに持ってきた日記をもう一度読み直す。
 
 この日記には、役立つ情報が書かれていた。例えばエレメル女帝本人が気に入った者ほど、番の効力が強くなるというものだった。だからこそフェロメナとリチャーズを決して二人きりにはさせなかったのだ。もしフェロメナがリチャーズに少しでも恋をしてしまったら、リチャーズにとってフェロメナが番になってしまう。いくら薬を飲んでいるとはいえ、とても強力な力だそうだ。
 
 そしてこの日記からわかったのは、あのリチャーズに似ている男性がエレメル女帝の一番のお気に入りであり、バモス国に嫁入りした末王女こそあの男性の娘だったという事だ。
 よく肖像画を思い出してみると、リチャーズに風貌は似ているが、瞳の色や髪の色はフェロメナにそっくりだ。
しかもフェロメナを守った法律、番を奪われた妻子を守る法律を作った者こそあの男性だったようなのだ。彼は、知っていたのだろうか。いや知る由もない。まさか自分が作った法律で、自分の子孫が将来守られることになったことを。 

 この日記を残した私の祖先とされる人物は、常にあの地味な男性をうらやんでいたようだった。日記の終わりに書かれていたのは、自分の子孫へのアドバイスだった。もしまたあのような特異体質のものが生まれ、自分の子孫がそのものに恋をしたのなら、この日記を役立てほしいと記されていた。
 これはもしかしたら私の祖先の執念だったのかもしれない。あの時には負けたけれども、自分の子孫には繰り返してほしくないという。

 これは金庫の奥深くに大切にしまっておこう。私のアドバイスも添えて。
 
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