お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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お弁当と微笑みと

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「おい、服にシワ寄ってるぞ」

会社に行こうと荷物を持って立ち上がったら、吉崎さんがお皿を片付けながらちらりと私の方を見ていった。
確かにシャツがちゃんとパンツに入ってなくてちょっとよれている。

「そんな顔で会社行く気か。どうせまた寝る前にスマホいじってたんだろ」
「なんでご存知なんですか」

……なんだか佐々木さんのことを喋ってから、吉崎さんのお母さん度が上がった気がする。 
目敏いというか、めちゃくちゃ世話を焼かれているというか……一人暮らし社会人生活を送っていたはずが、いつのまにか実家暮らしに戻ったような感じ。

「のんびり触れる時間が寝る前にしかないんです。すみません電車に間に合わないので、いってきます」
「ああ、気を付けて行けよ」

惰性で言っていた「いってきます」と「ただいま」が意味を持ち始めた。返事が返ってくるって、なんだか変な感じだ。
そこからはいつも通り駅まで歩いて、満員電車に揺られながら、人の壁を押し退けて会社の最寄り駅に降りる。
最寄り駅から徒歩5分で着くところが、この会社の数少ない良いところだ。

「あ、佐伯さんだ。おはよう」

駅の階段を下りたところで、唐突に名前を呼ばれる。微笑み王子……佐々木さんがその二つ名に恥じない笑みを浮かべていた。

「おはようございます。あれ?佐々木さんって確か私と方向逆ですよね」

このタイミングで降りてくるってことは私と同じ電車に乗ってたってことだけど……あれかな、お手洗いとかかな。

「いや、うっかり降り過ごしたんだ。1つ先の駅まで行っちゃったよ」
「それは朝から大変でしたね」
「まあちょうど逆方向の電車来てたから、思ったよりはマシだった。佐伯さんはいつもこの電車?」
「たまに1本前とか後とかになりますけど、大抵はそうです」

まさか、朝から佐々木さんと業務以外で話すことになるとは思わなかった。

「そういえば、一昨日から毎日弁当持ってきてるけど、何かあったの?あ、もしかして彼氏でもできた?」
「ち、違います!最近その……料理しようかなという気になったので」

彼氏に作るどころかヤクザさんに作ってもらってますなんて口が裂けても言えない。というか、そもそも彼氏を作っていないです。

「俺もよく料理はするけど、佐伯さんの弁当ほどじゃないなぁ。綺麗なだけじゃなくて美味しそうだし、色々入っててバランスもよさそう」

すごいです吉崎さん、王子にベタ褒めされてます。
見ず知らずの人に褒められて嬉しいかは置いといて、帰ったらお伝えしておこう。美味しいって言われたらいつも満更でもなさそうにしてるし、褒められて悪い気はしないに違いない。

「でも、もし自分の彼女があんなお弁当作ってくれたら毎日やる気出るよな。しかも手作り」

確かに、唯一の楽しみである昼休憩が、今は待ち遠しくて仕方ない。美味しいごはんがあるって、結構頑張れるものですよね。
にしても、美味しいお弁当を作れる彼女かぁ……やっぱり、男の人って料理上手な人に彼女になってほしいものだよね。最近は男でも料理するとか言われてるけど、作ってもらえるほうが嬉しいに決まってる。

「今日も弁当?」
「はい、お弁当です……」

そこで会社の入っているビルが見えてきた。
あ、まずい。一緒に並んで出社なんてしたらお姉様方に睨まれてしまう。

「飲み物持ってくるの忘れたので、ちょっとそこのコンビニに寄っていきますね。佐々木さんはお先にどうぞ!」

よかったそこの角にコンビニあって。本当は水筒持ってきて……というか吉崎さんに持たされてるんだけど、とりあえず一緒に出社だけは避けなければ。
何言われるかわかったもんじゃない。佐々木さんが私の教育係だってだけで最初は色々言われたし、他部署の人が「抜け駆け」してバレンタインにチョコを贈れば、あからさまにネチネチ嫌味を言われる。
ちなみにその人は会社を辞めた。
しわ寄せがこっちまできて、でも嫌味を言った人たちはそれを辞めたその人のせいにして。
私は適当なミネラルウォーターを手に取ってレジに向かう。もし万が一、今の一緒に歩いてたの誰かに見られてたらどうしよう。説明はできるけど、それで納得してくれたらここまで不安にはならない。
ただでさえ、お弁当のことで話しかけられたのをよく思われていないんだから。
コンビニを出ると佐々木さんの姿は見えなかった。よかった、とりあえず一緒に出社するのは避けられた。
私がすごい美女だったり仕事のできる女だったりしたら、違うのかな。偶々一緒に出社する事にさえ怯えてしまうくらいだ。釣り合わないことくらいわかってる。
まあ今は、憧れてるだけってことにしておこう。
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