お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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期待と求めるもの

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そしてついに迎えた面接の日。
思った以上に早かった。というか退院の3日後ってどうなの?
まだオフィスそのものは準備中だからと指定されたのは駅前にある貸し会議室の一室だった。
面接の開始時刻は12時だから、まだ30分くらい余裕がある。
コンビニで飲み物を買って駅前のベンチに座りながら有以子に貰った資料を読む。
とりあえず資料は全部読んできたけど、面接なんてそもそも久しぶりだし思い返せば大学生のときの就活は面接でほぼ落とされてた気が……
だめだ、悪い方向ばっかりに考えてしまう。紹介してくれた有以子のためにも頑張らないと。
終わったらとりあえずどこかのお店で美味しいものでも食べよう。あんまりよく寝れなかったし朝ごはんも食欲がなかったからヨーグルトだけで済ませちゃったし。
朝ごはん……吉崎さんのなら食べられたかもなぁ。
結局退院してからも吉崎さんとは会えていない。転職を考えてる事くらい伝えておきたかったけど忙しいらしく、退院の日に運転手として来てくれた小原さんは色々と準備と後始末があるからって言ってた。
あんなことの後だし色々と忙しいのは当然か。
食欲なくてもお腹って空くんだなと思いながら新品ピカピカのスマホで最近のニュースをおさらいしていたら、突然強い力で肩を掴まれた。

「佐伯、やっと見つけたぞ」
「ぶ、部長!?」

鬼のような形相で私の背後に立っていたのは部長だった。色々とあったせいかいささかやつれて見えて、それが余計に怖い。

「お前のせいで大変なんだよ!そのくせしてこんなとこで呑気にサボりやがって」
「いや、退院してからも今週まで休むって入院前に伝えましたよね!?」
「会社の非常時に有給もクソもあるか!そもそも入院ってのも嘘なんだろ?告発するだけしといて逃げる魂胆だろうが!」
「一斉メールのことは有以子に聞きましたけど、告発なんてしてません!」

日頃のあの業務に加えて証拠資料作成なんて、それする時間があったら私なら寝てる。有以子にその資料の一部を見せてもらったけど、綺麗にまとまってた。そんな時間私にはない。

「嘘つけ!お前の入院してた病院に行ったら佐伯なんてやつ入院してねぇって言われたんだよ!」
「そんなはずありません。だって有以子……横山さんは私の病室に来たんですから」

会社にも有以子にも入院している病院の名前しか教えていない。スマホも壊れてて連絡手段だってなかったから、部屋番号だけ教えるなんてこともしていない。

「涼しい顔して内部告発した挙句、即転職しようとするやつの言うことなんて信じられるか!なあ佐々木?」

え、佐々木さん?

「ああ、こっち。転職の面接が今日だって横山さんに聞いたんだ」

声がしたので前を見ると、そこには相変わらずの爽やかな笑みを浮かべた佐々木さんが立っていた。
部長と佐々木さんの組み合わせって初めて見る気がする。

「僕だって佐伯さんを疑いたいわけじゃないんだけどね、これってあんまりにも都合よすぎるでしょ?」
「私が入院したのはたまたまです!」
「事故って聞いてるけど、具体的には何があったの?」
「それは……バイクと接触したんです」
「どこで?会社の近く?」

佐々木さんは笑顔で私の顔を覗き込んでくる。いつもは爽やかなその笑顔が今日はやけに怖かった。

「そうです。ぶつかって肋骨折れたりしたんです!」
「佐伯さんが帰った少し後に僕も会社出たんだけど、騒ぎは起こってなかったよ?」
「大事にしたくなかったから自力で病院に行ったんです」
「英病院だったっけ?でもうちの会社からなら美井病院の方が近いし救急もあるよ?」

佐々木さんまで私を疑ってる?でも事実を言ったところでこの場で信じてもらえるとは思えないし、忙しい吉崎さんに迷惑はかけたくない。

「一応美井病院の方にも行ったけど、佐伯ってお爺さんしか入院してないって。僕は別に斎藤部長みたいに怒ってないからさ、正直に言っちゃいなよ。僕だってブラック企業自業自得って思ってるし。それとも、言えない事情があるとか?あんまり大きな声で言えない知り合いがいるとかさ」

全て知っているかのように佐々木さんは言う。確かに佐々木さんは吉崎さんに会ってるけど、私の知り合いとは言っていない。
確かにあれは挙動不審だったかもしれない。でも、仮に知り合いだからって内部告発なんて頼まない。

「もしかして図星?やっぱりあのときの人、佐伯さんの知り合いだったんだ」
「どういうことだ佐々木。まさか、何か知ってるのか?」
「まあ、それらしい人と一度会ってるんですよ。でも僕の口からよりも佐伯さんの口から説明される方がいいでしょう?」

正直に話した方がいいんじゃないかと佐々木さんの目は言っていた。
確かに吉崎さんとか小原さんとか、裏社会の方々と知り合いになってしまってはいるけど、今回の内部告発に関しては何も関係ない。でもそういう人と知り合いってバレたところで、結局疑いを深めるだけだ。

「斎藤部長も事実を知りたいだけだよ。従業員のほとんどは佐伯さんに感謝してるんだからさ」

確かに有以子もいい気味だったと言っていたし、今回の告発が法を犯しているとも思えない。
でもこうして責められると、何もしていないのに悪い事をしたような気分になる。
道ゆく人たちが私たちのやりとりを遠巻きに見ていて、それがさらに辛かった。

「でもそれでも……私はやってませんし、その人たちも関係ありません!」
「やっぱり、知り合いにそういう奴らがいるんじゃねぇか!」

私の言葉に、部長はいきり立つ。怒鳴られた私の体はビクッと震えて、周りの人たちもいよいよ何事かと騒ぎ始める。

「お前のせいで散々なんだよ!嫁は口聞いてくれねぇどころか子供連れて実家に帰るし、クソ労基の職員どもがくどくど説教してくるしよぉ!弁護士からも電話かかってくるし社長とは連絡が取れねぇ!」

部長は懐に手を入れて棒のようなものを取り出す。
カチカチと音を立てるそれは、会社の備品のカッターだった。
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