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第2章 東慶寺入山 御用宿 編

第18話 弥太郎襲撃とその黒幕

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ある吉日。
本人の感情とは別に、辰子は弥太郎との祝言を挙げた。

父親の遺言に従い、堀田道場を存続させることは、惚れている半之助のためにもなるからと、自分に言い聞かせてのことである。

半之助は、弥太郎と同じく堀田道場に通う門下生であったが、剣の腕前はからっきし。
たが、愛想がよく顔もなかなかの男前で、一人娘の辰子が源八郎の弟子の中から、婿養子を選ぶとしたら、間違いなく半之助だと決めていた。

ところが、父が指名した相手は、よりによって弥太郎である。
剣の腕は、確かに道場一だが、辰子の相手と考えた場合、弥太郎では提灯に釣り鐘と言ってもいいくらいだ。

事務的、本当に簡易的な祝言は、あっという間に終わり、辰子はすぐに出かける準備を始める。
もちろん、目指す先は東慶寺だ。

「遺言の義理は果たしました。これからは、私の自由にさせてもらいますよ」
「辰子さん、ちょっと待ってくれ。俺の話も聞いて下さい」
「話すことなんか、何一つ、ありません」

辰子はにべもなく、準備を済ますとさっさと家を飛び出す。
取り付く島もないとは、まさにこの事だ。

弥太郎も追いかけようとするのだが、準備に手間取り、表に出た時は、既に辰子の姿はない。
「本当のことを早くお伝えしないと」
独り言を呟く弥太郎の前に、いかにもガラの悪そうな連中が立ち塞がった。

「何だ、貴様らは?」
「あんたにあの女を追いかけられると困るのさ」

男たちは、問答無用で弥太郎に襲いかかる。腕に覚えがある弥太郎も、相手は、七、八人ほどおり、同時に相手取るのは、少々、厳しかった。

囲まれて、背後を取られた時点で、ある程度、勝負はつく。
木刀で背中を打ち据えられて、地に這いつくばってしまった。

倒れた弥太郎に、とどめを刺さないところ、殺す気がないのだけはわかる。ただ、手に握る刀を持ち去ろうとするのだ。

この刀は、先代の源八郎からいただいた大切な形見。
渡すわけにはいかないと、ごろつきどもに蹴られながらも、弥太郎は必死に守る。

「その辺にしておくがよいぞ」

弥太郎を寄ってたかって、取囲む乱暴者たちに声をかけたのは、甲斐姫だった。
今回の奇妙な祝言のことを天秀から聞き、気になった彼女は様子を見に来ていたのである。

そこで、弥太郎が襲われたのを目撃したのだが、何のいさかいか分からぬため、一度、介入は控えた。

しかし、目的は分からぬが武士の魂を盗もうとする行為には、黙っていらない。
憤怒ふんぬの念にかられて、助太刀することにしたのだ。

声の主に注目すると、たった一人の女性、ごろつきどもは完全になめてかかる。
多人数によってだが、道場の師範にも勝てたことで気持ちも大きくなっていたのだろう。

一人が不用意に甲斐姫に近づいて行った。
「おい、。痛い目にあいたくなかったら、とっと消えな」

無知とは、何とも恐ろしい事である。もし、天秀が近くにいわせていたら、この言葉を聞いた瞬間、巻き添えを喰らわぬように、あっという間にこの場を離れていたはずだ。

怒れる相手に油を注ぐ、恐ろしい発言をこの男はしてしまったのである。
甲斐姫から、放たれた殺気が、この場に満ち溢れた。

「妾にそのような口をきいて、生き残った者はおらぬぞえ。」

まず、軽口を叩いた男が、軽く投げ飛ばされる。人が、こんなにも簡単に、まるで紙風船のように遠くに飛ばされるのを、初めて見た男たち。
驚くと同時に、改めてこの女性をよく目を凝らして観察した。

はつらつとした若さがあるとは言い難いが、女盛りをまさに迎えている感はある。
年齢不詳にして、妖艶な美しさを兼ね備えているが、それより、この強さは、一体、何か?

警戒しながらも、数の利はまだある。強気な態度は崩さなかった。
「俺たちの邪魔をしようってのか?」
「そうなるのう」

話しても無駄と分かった男たちは、一斉に甲斐姫に飛びかかる。
先ほどのように、取囲んでしまえば、何とかなると思ったのだ。

ところが、町のチンピラ風情が甲斐姫の相手になる訳もなく、あっという間に全員が叩き伏せられる。
甲斐姫は、倒れる一人の腕を捩じ上げると、弥太郎を狙った理由を尋ねた。

この男たちには、仕事を請け負った意地も矜持もない。
すぐに、観念して全てを白状した。

「こいつの持っている刀は、特別な一振りらしいんだ。そいつを使って、ある女を殺せば、下手人は、その持ち主になるって、寸法さ」
「ある女?」
「辰子とかいう、道場の跡取り娘だよ」

それを聞いた弥太郎の顔色が変わる。元々、迫力ある顔であったが、より一層、険しくして、男を問い詰めた。
「それは、まことのことか?」
「ああ、今頃、他の奴らが、その女を捕まえに向かっていることだろうぜ」

聞き捨てならないことを聞いた弥太郎は、足を引きずりながらも、東慶寺へと向かう。
辰子は、弥太郎との縁切りを成就させるために、寺を訪れるはずなのだ。
大切な刀も置いて行く、その慌てぶりに甲斐姫は肩をすくめる。

「まったく、大切な刀じゃろうに・・・」
残った彼女は、腕に力を込めると、最後の質問をするのだった。

「お主らを雇った人物は、誰じゃ?」
「いててっ。・・それは、半之助って、優男やさおとこだよ」
「ほう」

甲斐姫の目が細くなる。これは、また色々と問題が起こりそうだ。
もはや、反抗の意思なしと見た甲斐姫は、ごろつきどもを放置し弥太郎の刀を手に持って、後を追うのだった。

「うむ。天秀が下手に首を突っ込まねばよいが。・・・まぁ、無理じゃろうな」
もしや、弟子の大立ち回りが見られることになるだろうが、甲斐姫の目から見れば、まだまだ、未熟。
甲斐姫は、とにかく、その足を速めるのだった。
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