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第5章 宇都宮の陰謀 編
第58話 家光の将軍宣下
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西暦1623年、家光は父、秀忠とともに上洛のため、江戸を発った。
目的は、徳川家として三代目の征夷大将軍の宣下を受けるためである。
時の天皇は、後水尾天皇。
すったもんだした挙句、秀忠の五女、和子の入内を受け入れた人物だ。
元来、向こう意気が強く、今の幕府と朝廷の関係に憤然たる思いを抱いていたが、何ともし難い現実は、事実として受け止めている。
幕府に言われるがまま、家光に対して将軍宣下を執り行うことを認めた。
正二位内大臣の任官も受け、無事、征夷大将軍となった家光は、これで名実ともに徳川の世を受け継ぐ人物となる。
但し、家康がそうであったように、今度は秀忠が大御所となり、引き続き表の政治舞台には留まる。
つまり、再び、将軍と大御所の二頭政治が始まることになったのだ。
家康同様、駿府城に行くという案もあったが、将軍と大御所の連携を取りやすくするため、秀忠は江戸城から離れることを止める。
さすがに本丸は、家光に明渡すこととし、自身は入れ替わりで二の丸に移り住むことにした。
二頭政治は、政治を安定させるための処置。
そう割り切る家光は、臆することなく自らによる治世を考え始めるのだった。
家光は将軍となってすぐ、後水尾天皇に対して挨拶とお礼のため、内裏に参内する。
そこで太刀や馬、金子を献上した。
その後、設けられた宴席の場で、入内後、初めて妹の和子に会う。
「皇后陛下、ご懐妊とお聞きいたしました。おめでとうございます」
「私たちは血を分けた兄妹です。昔のまま、和子でかまいせぬ。お兄さまこそ、征夷大将軍の宣下、おめでとうございます」
和子は、この年の十一月に第一子となる長女・興子内親王を産む。この内親王が後の明正天皇となるのだが、それはまだ、だいぶ先の話。
今は二人の慶事を互いに喜びあうのだった。
兄妹は久しぶりの対面であったが、元々、仲の良かった二人。次第に会話は砕けた口調へと変わっていく。
お互いの近況報告の中で、和子が気になった点を家光に確認した。
それは、本多正純の改易のことである。重鎮中の重鎮が、突然、流刑となり徳川家中に動揺などないかを心配したのだ。
「その辺は父上が、各大名に個別に話をするなどの対応で、平静を保っているよ」
「それならばいいのだけれど、思いがけぬことだったので、驚きました」
正純の減封拒否から流刑になった理由は、一般的には日頃の奉公が悪かったとされていた。
ただ、幕府の内情にも明るい和子からしてみれば、本当にそれだけのことで?と疑問が残る人事だっただけに、気がかりとなったらしい。
ここで、家光が周りの者に聞かれぬよう声を落とす。
「実は宇都宮城にて私の暗殺を謀るという陰謀を正純が持っていたのさ。それが明るみになったがため、今回の処置となったんだよ」
「ええっ・・・そんな事があったの」
和子は驚きながらも、家臣団の頂点が、そんな悪巧みを図っていたとは、確かに世間に知られるわけにはいかない。
正純流刑の理由がぼかされるのも仕方がないと思った。
家光は、そこで活躍した天秀と甲斐姫の話も付け加える。
和子の中で、天秀とは自分と大して歳が変わらぬ豊臣の遺児だったと記憶に残っていた。
西暦1614年には和子の入内が決まっていたのだが、その後、宮中の乱れを指摘されたことと、家康の死などが重なり、実際に入内を果たしたのは1620年のこと。
その間、多忙だった和子は、同じ時期に江戸城にいながらも、当時、奈阿姫とは関りはなかったのである。
それにしても、このような形で徳川と豊臣が手を取り合う日が来るとは、和子は思っていなかった。
できれば、正直冷え切っていると言ってもいい、朝廷と幕府の関係も同じように改善されればと思うのである。
和子は、そのために、両者の橋渡し役として、将来、奔走するはめになるのだった。
挨拶の儀も無事終了し、江戸城に戻った家光を待っていたのは、自身の縁談の話である。
相手は、公家の五摂家の一つ。鷹司信房の娘、孝子。
この年の年末に輿入れの準備を開始し、翌年始めには、正式に婚姻を結ぶと彼女は御台所と呼ばれるようになった。
但し、夫婦仲は当初から険悪で、家光と孝子の間には夫婦生活すらなかったと言われている。
私生活は充実しているとは言い難い家光だったが、政務に対しては勤勉に励んだ。
まず、自身の家臣団の刷新を図る。
老中の青山忠俊を罷免。亡くなった内藤清次の代わりに酒井忠世とその従弟の酒井忠勝を老中に加える。
続いて、乳兄弟の稲葉正勝を老中に抜擢した。
将軍となった家光が手をつけようと考えていたのは、幕府の諸制度についてである。
但し、二頭政治と言えば聞こえがいいが、実権はまだ、父親の秀忠の方に分があった。
そこで、全ての実権を握った時にすぐ実行できるように、下調べから始める。
天下人としてすべきことは、庶民の生活の安定であり、そのためには揺るぎない幕府を作り上げなければならない。
天秀から受けた矜持は、今も家光の中に残っているのだった。
目的は、徳川家として三代目の征夷大将軍の宣下を受けるためである。
時の天皇は、後水尾天皇。
すったもんだした挙句、秀忠の五女、和子の入内を受け入れた人物だ。
元来、向こう意気が強く、今の幕府と朝廷の関係に憤然たる思いを抱いていたが、何ともし難い現実は、事実として受け止めている。
幕府に言われるがまま、家光に対して将軍宣下を執り行うことを認めた。
正二位内大臣の任官も受け、無事、征夷大将軍となった家光は、これで名実ともに徳川の世を受け継ぐ人物となる。
但し、家康がそうであったように、今度は秀忠が大御所となり、引き続き表の政治舞台には留まる。
つまり、再び、将軍と大御所の二頭政治が始まることになったのだ。
家康同様、駿府城に行くという案もあったが、将軍と大御所の連携を取りやすくするため、秀忠は江戸城から離れることを止める。
さすがに本丸は、家光に明渡すこととし、自身は入れ替わりで二の丸に移り住むことにした。
二頭政治は、政治を安定させるための処置。
そう割り切る家光は、臆することなく自らによる治世を考え始めるのだった。
家光は将軍となってすぐ、後水尾天皇に対して挨拶とお礼のため、内裏に参内する。
そこで太刀や馬、金子を献上した。
その後、設けられた宴席の場で、入内後、初めて妹の和子に会う。
「皇后陛下、ご懐妊とお聞きいたしました。おめでとうございます」
「私たちは血を分けた兄妹です。昔のまま、和子でかまいせぬ。お兄さまこそ、征夷大将軍の宣下、おめでとうございます」
和子は、この年の十一月に第一子となる長女・興子内親王を産む。この内親王が後の明正天皇となるのだが、それはまだ、だいぶ先の話。
今は二人の慶事を互いに喜びあうのだった。
兄妹は久しぶりの対面であったが、元々、仲の良かった二人。次第に会話は砕けた口調へと変わっていく。
お互いの近況報告の中で、和子が気になった点を家光に確認した。
それは、本多正純の改易のことである。重鎮中の重鎮が、突然、流刑となり徳川家中に動揺などないかを心配したのだ。
「その辺は父上が、各大名に個別に話をするなどの対応で、平静を保っているよ」
「それならばいいのだけれど、思いがけぬことだったので、驚きました」
正純の減封拒否から流刑になった理由は、一般的には日頃の奉公が悪かったとされていた。
ただ、幕府の内情にも明るい和子からしてみれば、本当にそれだけのことで?と疑問が残る人事だっただけに、気がかりとなったらしい。
ここで、家光が周りの者に聞かれぬよう声を落とす。
「実は宇都宮城にて私の暗殺を謀るという陰謀を正純が持っていたのさ。それが明るみになったがため、今回の処置となったんだよ」
「ええっ・・・そんな事があったの」
和子は驚きながらも、家臣団の頂点が、そんな悪巧みを図っていたとは、確かに世間に知られるわけにはいかない。
正純流刑の理由がぼかされるのも仕方がないと思った。
家光は、そこで活躍した天秀と甲斐姫の話も付け加える。
和子の中で、天秀とは自分と大して歳が変わらぬ豊臣の遺児だったと記憶に残っていた。
西暦1614年には和子の入内が決まっていたのだが、その後、宮中の乱れを指摘されたことと、家康の死などが重なり、実際に入内を果たしたのは1620年のこと。
その間、多忙だった和子は、同じ時期に江戸城にいながらも、当時、奈阿姫とは関りはなかったのである。
それにしても、このような形で徳川と豊臣が手を取り合う日が来るとは、和子は思っていなかった。
できれば、正直冷え切っていると言ってもいい、朝廷と幕府の関係も同じように改善されればと思うのである。
和子は、そのために、両者の橋渡し役として、将来、奔走するはめになるのだった。
挨拶の儀も無事終了し、江戸城に戻った家光を待っていたのは、自身の縁談の話である。
相手は、公家の五摂家の一つ。鷹司信房の娘、孝子。
この年の年末に輿入れの準備を開始し、翌年始めには、正式に婚姻を結ぶと彼女は御台所と呼ばれるようになった。
但し、夫婦仲は当初から険悪で、家光と孝子の間には夫婦生活すらなかったと言われている。
私生活は充実しているとは言い難い家光だったが、政務に対しては勤勉に励んだ。
まず、自身の家臣団の刷新を図る。
老中の青山忠俊を罷免。亡くなった内藤清次の代わりに酒井忠世とその従弟の酒井忠勝を老中に加える。
続いて、乳兄弟の稲葉正勝を老中に抜擢した。
将軍となった家光が手をつけようと考えていたのは、幕府の諸制度についてである。
但し、二頭政治と言えば聞こえがいいが、実権はまだ、父親の秀忠の方に分があった。
そこで、全ての実権を握った時にすぐ実行できるように、下調べから始める。
天下人としてすべきことは、庶民の生活の安定であり、そのためには揺るぎない幕府を作り上げなければならない。
天秀から受けた矜持は、今も家光の中に残っているのだった。
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